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第11話 牢屋



 錆びた匂いに気付き、目を開くと牢屋だった。


 ボケではない。本当に牢屋だ。


 部屋には俺一人で、鉄格子を挟んだ向かいの牢の中には誰もいない。

 手足には木の枷がついており、金具で止められている。立つ事ぐらいなら出来るが、歩くとなるとかなりキツイ状態だ。


 誰かいないだろうか? と周囲を見ると近くにミリアがいるのが分かった。鑑定スキルのおかげで壁向こうに隠れているぐらいなら分かる。

 早速声をかけてみようとした時、


「だから、何言ってるのか、わかんないって!」


 そう叫ぶ声が聞こえてきた。


「おや、急に言葉が分かるようになりましたね。これがそうなのですか?」


「はい。ヒサオが目覚めたのでしょう」


 今度は年若い男の声とテラーさん。

 いや、テラーでいいか。あいつの声も聞こえてきた。


「ふむ。通訳スキルは報告にあった通りのようですね。『偽勇者』の場合ではこうなるのですか。やはり便利そうです」


「利用しますか?」


「ちょっと! あんたたち、ヒサオをどうする気!」


 牢屋全体に反響しているおかげで3人の声が良く聞こえる。


 男の方を鑑定してみると、ラーグスという名前が見えた。称号は文官長となっている。それなりの地位の奴が、テラーと一緒にミリアの前にいるということは、尋問じみたことをしていたのだと思う。

 だけど言葉が通じなくて全く進んでいない。と、まあ、こんな状況だったのだろう。


 そこで俺が目覚めて会話が出来るようになって…って、これ俺は寝ていた方が良かったんじゃ?


「そのつもりです。後でドワーフもこちらに連れてきましょう。アレを貴族連中に渡したままにする気はありませんよ」


「分かりました。ミリアからは最初の予定どおり情報を?」


「何も言わないわよ! というか、テラー! あんたに呼び捨てにされたくないわ!」


 自分も呼び捨てにしているようだが、気持ちは分かるから軽く応援しといた。もちろん心の中で。


 ところで『偽勇者』って何だ?

 どうも俺の事のようだが、意味が分からない。まるで覚えがないよ?

 ここ数日やっていたのは荷物運びだ。ステータスは交渉人なのにね。


 そんなことを考えていると、ツカツカと歩いてくる足音が聞こえてきて、見れば先の2人だった。

 俺の前に2人が到着する。

 年若い男の方。ラーグスを見てみる。


 こいつを単純に言うと美青年だ。

 外見はそうなんだけど、口元や目に狂気じみたものが感じられ、仲良くなることはないだろう。

 着ている高そうな、白い仕事服は洗ったばかりのようにサラサラ。偉そうにマントなんて着けているが、こんな錆びの匂いがする牢屋に着てこなくても良いんじゃないだろうか?


「声は聞こえていたようだね。なら、状況は把握できたかな?」


 ラーグスが俺に尋ねてきた。

 俺は首を横に振って返すと、大きくわざとらしい溜息を一度ついて、俺に蔑む目差しを向けた。


「目覚めたばかりなのだから仕方がないか。だけど同じ事を説明するのも疲れる。テラー。簡単に説明を」


「分かりました」


 そうした会話で説明する事になったテラーを見れば、俺達と一緒にいた時のような服装ではなかった。

 黒と茶の2色で染めた軍服。

 厚い布地で作られている感じで、前に着けていた革鎧より丈夫そうに見える。


「ヒサオ。まずここは王都の一画につくられた牢獄です」


「牢屋なのはわか……って、王都ってアルツ?」


「そうです。私の仕事は、あなた達を調査し、ここに連れて来る事でした」


 だいたい予想どおりか、と考えたが、それを顔に出さないようにし聞いてみる。


 テラーの説明によると、ガーク村の海岸には昔から異世界人が出現する事があるらしい。周期的なものは不明だが、いつやってくるか分からない為、見張りが置かれていたとのこと。

 その見張りというのが、テラーのような獣人達だったわけで、数人で交代しながら見張っていた。


 俺達3人がこの世界に来た時に、彼女だけが森の中で眠っている状態だったのは、俺たちを騙し、仲間として同行できそうだと判断した為。


 本来であれば、テラーは俺たちの後を追ってくる手筈だったが、できるだけ情報を集めた方がいいと判断し計画変更に出たらしい。

 同じように異世界からきた存在として仲間となり、旅をし、情報を引き出し、それを後から付いてきていた連絡員に渡す。これを俺達に知られずにやっていたと言うのだから驚きだ。


「後ろから付いてくる奴がいたのか。ミリアの鼻を、よく騙せたな。あいつだって匂いには敏感だったはずだろ?」


「私達は獣人です。匂いを嗅ぐだけではなく、誤魔化すことも知り尽くしています」


 いつものごとく表情を変えず応えてくる様子に、彼女がまったく変わっていない事を知った。

 テラーは本気で裏切っている。

 ……いや、最初から彼女にとってこれが普通なのだろう。

 俺は裏切ったと判断しているが、彼女にとって俺達は仲間じゃなかったんだ。


「で、俺たちを連れてきた理由は?」


 完全に騙されていた事を知り苛立った。

 感情を隠すため腕を上げ胸の前に枷をおいた。少し後ろに下がり、壁に背を付ける。

 こいつ等から、距離を置きたかったんだと思う。自分で意識してやったわけじゃないから、理由なんて分からない。


「利用する為ですよ。ただどう利用するかは不明です。異世界人の事に対しては託宣がありませんから」


「考えなしに捕まえたのか? 何で?」


「危険だからじゃないでしょうか? 色々な意味で。どういった理由で最初の異世界人が捕らえられたのかは私にも分かりません」


 首を軽く横に傾け言う。


 彼女にとってどうでもいいのだろう。あまりその辺りについては詳しくないようで、聞いた話をそのまま俺に話しているように見える。

 そうした会話を俺達がしていると、ラーグスが近づいてきた。


「それ、俺の携帯!?」


 よく見ると、俺の携帯を手にして、色々と指で弄っている。


「これは携帯というのか。しかし、何も光らないな。テラーが言うには、光っていたらしいが、どうやるのかな?」


「は?」


 どうやるも何も、光るって画面がだろ? なら開ければ勝手に……あ、


「電池切れ! ここにきてか!」


「ん?」


「それ一度、何か音がならなかったか? ちょっとした音楽みたいなの」


「音楽? テラー知っているか?」


「そういえば、そのような報告を看守から聞きました。荷物整理の最中に音が鳴っていたと」


「それだ。もう、その携帯、何もできないよ」


「なぜだ? 魔道具なのだろ?」


 まどう……まあ、何を言いたいのか、だいたい分かるが、魔法が使える道具の一種だと思っていたのか。ファンタジーにありがちな考えだな。


「説明が面倒だ。とにかくそれは動かない」


 全部説明してやる必要性もないので、話を終わらせた。


「なんだつまらない」


 そういい、携帯を足元に落とす。ガシャンという音がした。


「おい!」


「使えないなら不要だ」


 落とした携帯を踏みつぶし、ガシャリと音を鳴らす。画面割れたな……くそ!


「てめぇ! 絶対ゆるさねぇぞ!」


「そんな事が言える立場だと? さっきのエルフといい君といい。テラー。少し痛めつけろ」


「分かりました」


 ラーグスの命令に、頭を下げる。

 そんなテラーに苛立ちを覚えたが、それどころじゃない。


「いらねぇなら返せ! その携帯はバァちゃんに買ってもらった大事な物なんだよ!」


 格子の外へと手を伸ばし床に落ちた携帯を拾おうとするが、枷が邪魔して届かない。あがく俺の髪をテラーが掴み、無理やり立ち上がらせた。


「テラー!」


「……」


 名を叫ぶ俺の腹に、容赦のない膝蹴りがはいる。

 一発で、胃の中の物を出しそうになりながら、冷たい格子に顔をつけ地面に膝をついた。


「立場をわきまえなさい、異世界人」


 声と同時に、テラーの拳が俺の顔面にはいる。

 あまりの痛さに顔面を押さえながら壁に背をつき、膝をつき座った。

 この世界にきて初めてといってもいい痛烈な痛み。これはゲームじゃない。現実世界だと俺の体に刻み込むような痛みに思えた。


「そのくらいでいい。もう状況が分かっただろう。向こうにいるエルフはともかく、君をそこに入れたままにしておくのは簡単そうだ。しばらくは、おとなしくしていてもらおうか。そのうち利用してあげるよ。この携帯とかやらは返してやろう。私は優しいからね。ハハハハ」


 ラーグスが嫌な声で笑い俺の携帯を蹴りとばし、牢の中へと入れてきた。


「じゃあ、またね『偽勇者』君」


 満足したような下卑た声を出し、通路奥へと歩いて行った。途中で会話のようなものが聞こえてきたが、俺はそれどころじゃない。


(絶対ゆるさねぇラーグス! あいつだけは)


 痛みに耐えながら携帯を手にした。壊れたとはいえ、元いた世界の大事なものだ。とっておきたかった。

 俺が手にした瞬間、カシャリと音がした。

 最初は割れたガラスが落ちた音か? と思ったが、違う事をすぐに知った。


 携帯を開けてみる。

 すると、割れたはずの画面ガラスから徐々にヒビが消えていって――


「なにこれ?」


 完全に画面が元通り。

 おまけに、電源スイッチを試しにいれてみると、


「動くじゃないか……どういう事?」


 電源がはいり、いつも目にしていた画面が表示される。

 充電メーターを見てみると、徐々に回復していってフル充電状態に……ホント何これ?

 これって、俺が持つと携帯の電池が充電されるってこと?


(いや、違うか)


 自分で自分の考えを否定。

 なにしろ割れたはずの画面が修復されたのだ。

 電池ばかりじゃない。

 ……だが、理由が全く分からない。

 

「ヒサオ? ヒサオいるのよね?」


 ミリアの声に考えが中断。

 殴られ鼻血が出ている顔を起こし、


「いるよ。ミリア聞こえる?」


 反響を気にせず、大きな声を出した。


「ええ。あのクソ獣人の言う事は聞こえなかったけどね!」


 かなり苛ついているようだ。怒気が声から感じられる。


「男の方…ラーグスっていう名前だったけど、俺は入れておくのに簡単そうだとか言っていた。そっちってなんかある?」


「それたぶん、地面に書かれた魔法陣の事だと思うわ」


「魔法陣? 何か意味があるのか?」


「説明していたと思うけど、言葉が通じなかったわ。たぶんになるけど、これ魔法封印だと思う」


 封印? ミリアの魔法を警戒しているのか?

 ありえそうだな……

 まてよ? ミリアって杖が無くても魔法は使えるのか? と、尋ねてみると返事は駄目らしい。


「杖じゃなくてもいいけど、魔力を集約できる媒体がないと無理よ。神官なら教会の印やメイスなんか使うし、魔法使いであれば杖や宝石を使うわ」


 つまり、今のミリアは魔法陣がなくても魔法を使えないってことか。

 彼女の装備から世界樹の杖が消えているところを見ると奪われたのだろう。まあ、そりゃそうだ。

 ちなみに俺の革防具はそのままだが、リュックが無くなっている。

 トレーナーやジーンズは持っていかれたな。……携帯が戻って来ただけでも良しとするか。

 だけど、あの2人はいつか殴る。


「そっちは、手や足に枷付き?」


「ええ。たぶんそこは一緒ね」


 となれば、お互い歩くのも一苦労か。これは困ったな。


 あ……困った事がもう一つある。

 俺は牢屋に入った経験がない。

 そりゃ中学生で経験があるとか普通じゃないし、それはいいんだ。


 だが牢屋ってさ、トイレが付いている事なかったっけ?

 洋画で見た時は、隅っこに隠れてトイレがあったんだけど、今この牢屋にはそれがない。

 ってことはさ……トイレしたくなったらどうすればいいの? 

 それに、ミリアの方はどうなんだ? もしかして、もしかするのか? これ聞きたいけど、聞きにくいよな?


「誰かいないか?」


 もしかして放置なのか? トイレとか完全に『そこらで出せ』って扱い? いやいや、それは流石にまずい!


「誰かいないのか~?」


 2度目の声に誰も反応なし。これは色々な意味でやばい。


「おーい! ちょっと誰かー!」


 声を出せるだけ出すと、テラー達が立ち去った方向から足音が聞こえてきた。言ってみるものだ! というか、鑑定すればよかった。


「うるせぇな。まったく新人の癖に……って、この時間に呼ばれる託宣なんて無かったぞ?」


 ブツクサいいながらやってきたのは、デブった男だった。

 青銅の胸当てなんか着けていて、右手に槍を持っている。

 むくんだような顔だちで、黒い短髪がボサボサのままだった。

 漫画やアニメに出てくるようなヤラレキャラに見えた。


「煩いのは、お前か。なんの用だ?」


「いえ、もしトイレに行きたくなったらどうするんです? それと食事はどうなっていますか?」


「そんな事か。トイレだったら貸してやる。飯なら一日一度だ」


「貸す? トイレを?」


「当たり前だろ。お前知らないのか? さては田舎者か? ちょっと待ってろ。持ってくるから」


 ムスッとした表情を見せたわりには、チャカチャカ音を立てながら走っていく。きっと職務には忠実なのだろう。


「ほれ。これだ」


 戻ってきた男が見せたもの。

 それはまぎれもなくオマルだった。これを見るとは思わなかった……


「使い方分かるか? とはいっても、中に置いてやるから、あとはするだけだけどな。綺麗に使えよ? 洗うの俺だから」


 余計なことを言う男だ。こんなデブった男が洗うとか想像するだけで嫌になる。

 いや? え? いや、それマズクないか?

 ちょっと思いついてしまったので、聞いてみる。


「あの、もしかしてですけど、奥にいるエルフの人のは?」


「お前よく知っているな。そういえば一緒に運ばれてきていたが、仲間か?」


「ええ、まあ」


「そうか。まあ、予想どおりだ。そっちも俺だ」


「あ、はい。もういいです」


 何気に俺たちは視線を外した。

 何かこう、これ以上考えるのは色々な面でやばいと本能が囁いたのだ。


 男が続けて言うには、食事は昼に一度くるだけらしい。

 そして今は午前らしくて、もう少ししたら飯を運んでくる。

 オマルは……まぁ、大声を出せば持ってきてくれるらしいが、正直それってどう……いや考えないことにしよう。


 と、とりあえずだ。分かった事が一つある。

 トイレの度に、牢屋の見張りらしい男がオマルを持ってきて置いてくれる。

 つまりその時、鉄格子は開かれるわけで脱走しようと思えば出来るわけだ。

 ただ、この枷があるせいで上手く走れないし、五体満足に動かせる見張りをどうにかするのも難しいだろう。


 それに脱出出来たとしても、すぐ捕まるだけな気がする。

 あとオッサンのこともある。おそらく、こっちに連れて来られると思うが、オッサンを助けないと後味が悪い。


 そう考えている最中に思ったが、助けるだけの力が今の俺達にあるか?

 手と足には枷がつけられて不自由なわけだし、ここがどうなっているのかもわからない。そしてミリアは魔法が使えないときた。


 力で思い出したが俺のレベルって20超えていた。10超えたときは鑑定が真鑑定になっていたし、また変化でもないかな? と自分のステータスを見てみると、


 レベル24 ヒナガ ヒサオ 

 称   号 通じるもの。

 アイテム  革の軽鎧。携帯電話。

 ステータス 2流交渉人。

 ス キ ル 通訳、解読、真鑑定、交渉術 等


(2流交渉人。だから交渉したことすらないっての)


 いまだもって未経験なはずなのに、なぜか上がっていた。

 あとスキルのほうにも変化があって、通訳、解読、真鑑定、交渉術、等 になっている。どこまで交渉押しなんだよ!


「文字数制限で『等』になっていたわけじゃないのか。どういう事だ?」


「ヒサオ~ 聞こえる~?」


「あ、うん。どうした?」


 奥からミリアの声が聞こえてきたので自分のメニュー画面を消した。《交渉術》とかいうのは後で考えよう。


「うん。ねぇ、ここって、トイレってどこなの?」


 危惧していた事柄が聞こえてきて、俺の頭の中から《交渉術》について考えるという事が消えていった。


 これ、俺が説明しなきゃ駄目なのか?

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