第1話 異世界におっこちる(挿絵あり)
それは部屋でネトゲをしようとした時だった。
サービス開始2日目ともなれば、冒険に胸膨らませている時期。
今日もやるか! と、PC前に座り、椅子へと腰かけ電源を入れた時、畳みの上に黒い穴が出来た。
「へ?」
何がどうした? と思う間もなく、落下しているような感覚を覚えた。
……
……
で、気付いたら、ここにいた。
ここというのは、アレだ。
一言でいえば砂浜だ。
テレビでみたようなハワイ諸島のどこかみたいな感じの砂浜だ。
もちろん水着を着た女性達はいない。
「……何が起きた?」
座っていた椅子はすでにない。いつの間にか消えたらしい。
身長のわりに体重が軽かったせいなのか、落下による衝撃ダメージはほとんど無かった。
「海岸―…だよな?」
ボーっと周囲を見渡しながら言う。
間違えるのも難しい波の音が聞こえているし、地平線も見えている。
顔を反対へと向けると、そこは木々が茂っている平地。
うん。おかしい。どうしてネトゲをしようとしたら、砂浜にいるんだろう?
理由が全く分からないが、自分の身に着けているものを確認してみる。
年季のはいった黒いジーンズ。
薄暗い紫のトレーナとズボンのポッケにはいっていた携帯電話。
あとは何もない……これからネトゲをする時は、携帯食料ぐらいは手にしておこう。
携帯を開いてアンテナは……予想どおり駄目だった。時間も文字バケしている。
一応GPSもチェックしてみたが案の定これも駄目。
携帯は無意味か? 充電だけはしばらくもちそうだが2、3日で切れるだろう。
「夢じゃないよな?」
自分の頬を抓ってみる。
定番だ。俺のイケメンでもブサメンでもない一般人の顔がわずかに歪む。
歳のわりには成長している方だろうか?
15歳で170センチある。
クラスの中では背丈が高い方でちょっとした自慢。
髪が短く黒いのは整えるのが面倒だからという理由だけにすぎない。
眼前に広がる海に入ったところで意味は無いと思うし、海岸沿いを歩いて行けば何か見つかるかな? あるいは林の方に行ってみるとか? でもこれ下手に歩いて良いんだろうか?
どうしようかと考えていると、頭上から風を切る様な音がした。
気になり見上げると、見慣れない服装の女の子? と思えるような物体が落下してきた。
「んなぁ――!? ちょっ!」
あの高さはやばい! ……ってなんかあれ???
「遅い?」
自由落下しているにもかかわらずスローな感じで落ちてきている。
まるで某アニメを思い出すような光景だが、光っているわけではない。
高さ的に危険な気はするが落下速度が不自然なほどに遅いし……これ平気か?
そう思いつつも、落下予想地点へと足を進めさせてみた。
「砂浜でよかったかな?」
海に落ちるのであれば大変だ。なにしろ俺は泳げない。
溺れた女の子を助けにいって二人そろって水死とか笑えない。
そんなことを考えていると落ちきた金髪美少女? っぽい女の子の目が見開いた。
「ぇえ!? そこ、どいてぇええええ―――――!!!」
状況に気づき手足をばたつかせたものだから大変だ。
背中から落ちてくるものだと思っていたのに、態勢を回し下の方に顔を向けると怒鳴り声をあげた。
落下速度も普通になったものだから俺も慌てだしてしまう。
「なんでいきなり!」
さっきまでの速度なら、どうにか受け止められそうだったのに、これはむりィいい――! と思いつつもその場を離れられず、
「いやぁああああ―――――――!」
「どわぁああ―――――!」
二人そろって奇声をあげながら衝突。
――人間不慣れな事をするもんじゃないな。
これでお約束ごとが起きたのなら良いんだが、彼女の両腕が折り畳まれており、俺の胸めがけて肘がぶち当たって……一瞬、心臓が止まりかけたような気がする。
ダメージが回復するまで黙って胸を抑えた。
どのくらいたったのか良く分からないが、なんとか正常な呼吸が出来るようになったので、落ちてきた彼女に横になったまま尋ねてみた。
「……生きてるか?」
「なんとか……。た、助けようと……したのよね?」
なぜ疑問系?
まあ、確かにあの場合はどいた方がいいのか? 下は砂場だし。
でも急に落下速度が上がると思わないし、そもそも俺の時はダメージがなかった。
……俺の時? 俺も彼女と同じように落ちたのかな?
とりあえず返事はしておこう。
「一応そのつもりだけど、やらないほうがよかったかも知れない」
素直に思ったことを口にしながら起きると、少女は自分の足の両膝を胸元に抱え込みさすっていた。おそらく落下時にぶつけたのだろう。
だが俺にぶつけた肘のほうは平気そうだ。なんだか理不尽なものを感じる。
少女が起き上がる。
見たところ14、5歳? あるいはもう少し上かな? もしかしたら17、8かもしれない。
長い金髪が編まれ、肩に乗っていた。おさげ髪というやつだろうか?
耳は長く小説や漫画等に出てくるエルフのよう。胸も悲しい事になっているな。
顔は小さく、身体が華奢だな。
着ている服は白を基調としたローブのようなもの。手にもつ杖は、枯木を粗削りしたような粗悪品に見える。というか、これは……
「魔法使い? それもエルフ?」
のコスプレ衣装だな。
「そうよ。まあ分かりやすい格好よね」
「あ~ はい。そういう設定ね」
「設定? 嘘とかいう意味? 違うわよ。いきなり失礼ね!」
なぜか知らないが目を吊り上げ睨んできた。せっかく青く澄んだ瞳が台無しな気がする。
魔法使いとか言われても何の冗談だ?
30すぎて童貞なら魔法使いになれるとか言うが、彼女はどう見ても中学から高校レベルだ。俺のクラスメイトのような年齢じゃないかな?
……てか、その長耳はどうしたんだ? ローブは徹夜で作ったとか? 色々頭の中で思っていると彼女がキョロキョロと周囲を見た。
「で、ここはどこ? あなたが私を召喚したの?」
「召喚? なに言ってんだ?」
「え? 召喚でしょ? それ以外、何があるのよ?」
「それ以外って……」
周囲を見渡すと誰もいない海岸。太陽はまだ高いし、何かと言われたらナニカを連想……うん。やめよう。
妙な妄想を止めて、互いに名乗る事にした。
おれは日永 久雄。
彼女の名はミリア=エイド=ドーナとか……ミリアでいいな。
「うーん。まぁ、あなたが召喚したわけじゃないのは分かったわ。どう見ても魔法使いじゃなさそうだし」
「だから、なんだよその設定。まだ言うのか?」
「設定じゃないって。もういいわ。それで、ここがどこか分かる?」
嘆息をつき言うミリアの顔はわりと魅力的だった。気が強いタイプは嫌いじゃない。
そういえば年齢を聞きそびれたが、思った年齢とは違う気がする。背丈や容姿なんかは俺と同年代のように思えるが態度に余裕を感じるからだ。
ミリアに聞かれた事には当然Noと答えると、ガクっと顔を落としはしたが、手にしていた杖に力をいれて立ち直った。
「まあ、そうじゃないかとは思ったわ。とりあえず何がどうなったのか付近の調査でもする?」
「……そうだな」
と、俺が言った瞬間、見知らぬ樽のような体形をしたオッサンが空から落ちてくるのが見えた。
「またか!?」
「え?」
ミリアは俺の声を聞き、目線を追いかけ両手で口を抑えた。
俺が先に駆け出すが、落下予測地点を見るとそこは海だ。
俺が行っても泳げず水死体の出来上がりが思い浮かぶ。
しかし、オッサンの場合遅いな。ミリアのように気付けば落下速度が速くなるんだろうか?
「魔法でもかかっているの? 落ちてくるのが遅いわね」
「お前、こんな時に」
まだその設定使うのか? と言いそうになったが、思えばこの状況は俺の知っている現実ではありえない。それに、ミリアの容姿的な特徴はどう見ても俺の知っている地球人ではない。
……うん。ちょっと試してみよう。
「なあ、あのおっさんに魔法かけて落下止められないのか?」
「浮遊の魔法のこと? 出来ないわ。今は攻撃系だけなの」
駄目か。それができれば魔法使いだという事を信用してもよかったのだが。
まぁ、それは置いとくとして、オッサンの落下速度がミリアの時と違って遅いままになっているな。あれなら受け止められそうだけど海中となると俺には無理だ。
色々考えてみた。
なぜ、ミリアが行かないのかとも考えてみた。
一言いえば彼女は行くのかもしれないが、なんだかこう、自分が動かないのにアレコレ言うのは気が引けた。
これは困ったなぁー…。そう思っている間に、落ちて来たオッサンが海の中にチュポン…って、悲し気な音をたて入ってしまう。
……
……
少し待ってみたら、海中に顔を出してきた。
「プハ―!」
海面に顔だけだしてキョロキョロと周囲を見渡している。器用に立ち泳ぎしているな。
見た目的にいえば5、60あたり。
短めの白髪に年季のはいった茶色く鋭い目つき。
鼻の下に白鬚なんぞを生やして渋さを演出しているようだが中身はどうだろ?
着ているのは工場のオッサンが着ていそうな薄汚れた茶の作業服で……あ、こっち見た。
「睨んでない?」
ミリアに同意するように俺は頷いた。
こっちに気づくなり平泳ぎしてくるが、オッサンの目が俺達を睨んだまま動かない。
何か怖い。今すぐ逃げたい気がするのだが足がすくむ。
「ね、ねぇ」
「あ、うん。どう見ても俺達を疑ってるな」
ついさっきミリアに疑われたばかりだ。その考えはすぐに浮かんだ。
ミリアと違いまったくの無言でこっちにズンズンと近づいてくる様子は『そこ動くな小僧ども』といわんばかり。
足がつくようになったのか、泳ぎを止め歩いてくる。
砂浜につくと足をとめ身体をブルン! と震えさせる。まるで犬のようだ。
樽のような体形をしているオッサンで、一言でいえばドワーフっぽいか?
「おい」
ズンと低い声がオッサンから聞こえた。聞こえたと言うか響いた。耳ではなく腹に響いた。
「お前らか?」
「違うっす!」
即答してしまう。何が? とは聞かない。聞けるような状況ではない。
ミリアは首を横にふって違うことをアピール。声を出すのも怖いのだろう。
「おまえらだろ?」
「だから違うってば!」
疑問から確認するような声に変わった。
「素直に言えば」
許してくれるのか? ……っていや許すもなにも俺達じゃない!
「許さんけどな。とりあえず」
そう言いつつ右手をブンと一回りさせると、オッサンの手に小さなハンマーが握られていて、どっから出したんだ! と、ツッコミを入れたくなった。
「聞く耳なさそうね。私は逃げるわ!」
口に出すなりミリアが走り出した。
もちろんオッサンとは逆方向の林地帯の方。
「一発で許すから動くな、ガキども!」
「だから違うって言ってるだろ!」
そう言いつつ俺もミリアの走った方へと逃げ出す。
あんなもので殴られたら色々ヤバイ!
「こっちこないでよ!」
「おいてくな!」
「待たんか!」
林地帯へと全力疾走する俺達と、片手ハンマーをもって追うオッサン。遊んでいるわけではない。
「え?」
あ、転んだ。
俺じゃなくて先を走っていたミリアが。
林に入ってすぐの場所で何かにつまずいて大きく転がった。
うん。転ぶというより転がった。
クルクルと転がって木にぶつかって目を回している。
実際にこういった光景を見るのは初めてだ。とりあえず見事に転ばしたソレを見てみると、
「人? だよな。なんだ?」
人は人でも、それは獣人と言うべきだろうか?
頭にはワンコのようなフサフサな耳があり、お尻には茶褐色の尻尾がついている。スタイルはといえば、出るとこが出ておりボンキュッポンで……どうみても犬系の獣人っぽい。
茶髪の髪は短く、容姿は影を背負っているような魅惑的なもの。
体毛に覆われた体を皮の胸当で隠し、腰に長剣がぶら下がってる。
鼻は出ていないな。
顔は人間と同じだが、全身が犬のように体毛に覆われていると言った感じ。
「今度は獣人? なにこれ? 次はドラキュラとか?」
そんな時に殺気を感じハっとなった瞬間、
ガツン!
という音と衝撃が頭に響き、あ、これやばいダメージやん! と思うまもなく視界が暗く……
「ふん! 逃がすとでもおもったか!」
そう言うオッサンの声を最後に気を失ってしまった。
ミリア=エイド=ドーナ
挿絵は、作者がきゃらふと というソフトを使い作成したものと、北城らんまる様から頂いたFAです。
ありがとうございます!