第3幕 翁の証言
「はい、あの男は、たしかに私の娘の夫でございます。」
翁はモゴモゴをあごを動かして語りだした。
「年は二十七、平凡な公僕でした。草や木にまで思いやりを掛けるような優しい気立てでございました。ですから、人から遺恨なぞ、受けるはずがございません。本当に良い男でした。」
「娘、でございますか?年は二十五。・・・ふふふ・・・これは男にも劣らぬ位、勝ち気な女でございますが、まだ一度も、あやつ以外の男とは付き合ったことはございませんのです。なんと、“は・つ・こ・い"たっだんじゃよお!!!」
「おっと!ホッホ。二人は今年で付き合い出してから七年目、結婚三年目を迎えたのです。本当に仲睦まじい誰もが羨むような夫婦でした。」
よよと目頭を抑え、翁はしくしくと泣き出した。
あの新鮮たる時の回想ーーー
「君が、大学を卒業したら、結婚しよう!」
「えー?!なにそれ!!わたしたち、出会ったばっかりなのに。もうっ!突然、何云うのよ。」
娘は、けちょんけちょんにプロポーズを吹き飛ばすように豪快な大笑いをして言った。
「冗談云うなら、もっとセンスいい冗談をいってよ!ププッ!ナンセンスだわ。」
「冗談じゃないさ!これはつまり、結婚を前提に付き合ってくれって云ってるんだ。」
「あなたって、変な人ねぇ。・・・判ってる?大学卒業まで、まだあと四年もあるのよ?」
青年は、眼鏡を指先で持ち上げて、レンズをキラリ光らせると、真剣なまなざしを娘へ向けた。
「判ってるさ。でも感じたんだよ、インスピレーション!君は絶対、僕の奥さんになるってね!」
娘は、恥ずかしさのあまり、男がぶっ倒れるぐらい背中を何度も叩いて恥じらった。
「やっだぁ・・・!照れるじゃないよぉ!!きゃっ!」
時代遅れなぶりっこ動作で、ちょろりと舌を出した。
「でも、まァ、実際、どこまで本気かは判らないですけどぉ。」
「冗談で云えることじゃないよ。」
「判った。君の潔さに免じて・・・付き合ってあげようじゃあないですか!」
「決まったぁ!!」
飛び上がってガッツポーズを決め、娘へ無邪気に抱きついた。
翁は回想を終えると、再びよよと泣き出した。
「本当に・・・本当に、ごくごく平凡な、平凡な幸せを願っていた夫婦じゃったというのに。全く酷い・・・。」
嗚咽で一瞬声を詰まらせてから、
「それにしても娘は、娘はどうしたのでしょうか。婿のことはどうでもいいとしても、どうか、どうか、この老いぼれの一生のお願いでございます。どうか、草の根を分けましても、娘の行方を・・・娘の行方を突き止めてやってください。兎に角、憎いのはその成金不動産とかいうところのセールスマンだとか名乗るやくざものでごさいます。婿ばかりか、娘までも・・・!!」
そのあとは、激しい嗚咽で、言葉にならなくなった。