仇討ち
ある晴れた日のことである。
子の百足は住処から外へ出た直後、何者かに襲われた。何者かは子百足を発見すると棒でもって散々に追い回し、痛めつけ、満足げに去っていった。理由が知れぬ子百足は言葉なく涙し、ふらふらと住処へ逃げ帰った。
子百足は、母百足の姿を目にした途端、安堵したように倒れ伏した。子百足の足はもげ取れ、節々はひしゃげ、体液は止めど無く流れ出ておる。子百足の無残な姿を見て母百足は憤怒した。
―― 誰がこのようなことを! 坊や、しっかりおし。死なないでおくれ。
呼びかけながら、母百足は懸命に子百足の看病をした。薬草を摘んで傷を手当てし、樹根の水を飲ませたりもした。けれど、子百足の容態は悪くなる一方であった。
―― 人の子だよ。人の子が卒然、棒で殴ってきたんだ。ああ、真っ暗で怖い、怖いよ、おかあさん…。
母百足の看病もむなしく、子百足は三日ともたずに落命した。子百足の亡骸に母百足は泣き縋り、一晩中叫びつづけた。
―― 人の子め、人の子め! 私の可愛い坊やを、よくも…!
母百足は決心した。
朝、住処から出て物陰にひそみ子百足の襲われただろう場所を探し、見つけ、昼に、そこへ人の子が来るかを確かめ、やってきた人の子の特徴を覚え、そして夜、人の子の住処に忍び込んだ。
人の子の住処は巨大で、穴だらけであった。隙間風の吹き荒ぶなか静かに、速やかに目当てを探して駆け抜ける。本を乗り越え、毛布をくぐり、畳を這い回ってようやく辿りついた場所は、幾人かの人間の、寝息の満ちる部屋だった。
母百足は、丹念に記憶と照らし合わせた。人間の男、いや違う、人間の女か、これも違う、並んだ人の子が、二つ…。
―― 見つけたよ、坊やのかたき。さあ、覚悟おし!
母百足は布団にもぐりこむと、がむしゃらに突き進んだ。狙いの服裾に入り込み、具合を確かめ、急所を狙う。と何かが母百足をわしと掴んだ!
―― えいや!
母百足は力いっぱい、その何かを攻撃した。すると何かは遠くで悲鳴をあげて母百足を力の限り放り投げた! 母百足の長細い体は宙に舞った。
―― まだだ、坊やの痛みはこんなものではないよ!
母百足は人の子を睨み、見据えた。途端、目映い光が部屋を充たし、母百足は油断した。
―― ああ! 坊や、坊やあ!
母百足は叩き潰された。何度も、何度も、何度も。母百足は絶命した。
* * *
刺された人の子は手指をおさえ、声を上げて泣いていた。
―― 痛いよう、痛いよう。
もう一人の人の子は、苦い表情をして呟いた。
―― きっと、あのときの百足だ。復讐をしに来たんだ。
女は、子の手指から毒を吸い出し、吐き出しておる。男は、紙をくしゃくしゃに丸めて捨てた。
―― なんでこっちが刺されなきゃならないの、お前がやったのに!
―― 知らないよ、そんなこと。
人の子は、捨て箱の紙を一瞥し、ふん、と鼻をならした。
「虫けらのくせに。」
そう言って、たまたま通りかかった蚊を両手で叩いた。
蚊は、まっ平らに潰れて死んだ。
起、事の発端。 承、復讐を誓う。 転、決行と末路。 結、認識の程度。