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ライラック色の少女たち  作者: 斉藤なめたけ
第1章 不機嫌な少女の接吻
3/53

03

 給湯室の中、業務用冷蔵庫の照明を受けて暁音の真剣な顔が浮かび上がる。


「お前のことだからどうせ、女の子同士のキスと聞いて、お互いがラブラブイチャイチャしてるところを想像したんだろ」

「あたしじゃなくても誰だって想像するけどね。むしろ、そうじゃないキスなら同性どうしでも大問題だし」

「わかってるじゃねえか」

「えっ?」

「だから、一条はその大問題をしでかしたんだよ。今から三年前に」


 岬はさすがに笑えず、表情を引き締めて男勝りの少女の顔を見た。


「つまり何? 一条さんは相手が嫌がるとわかっててキスをしたわけ?」

「その通りだ。よくわかったじゃねえか」

「全然わからないよ。一条さんはどうしてそんなことをしたの? ルームメイトのことが嫌いだったの?」

「違うな。一条は人間そのものが嫌いなんだ」

「…………」


 どう反応すればいいかわからず沈黙する岬に、暁音は一条和佐についてさらに説明した。

 彼女が白髪の少女であること。そして、その白髪のせいで周囲の人間と距離をおくようになったこと。

 暁音は乱暴に自分の栗色の髪を掻きむしった。


「先生らはなんとしても一条を私たちとくっつけようと企んでたみてえだが、だいたい一条にその気がねえんだから放っておきゃよかったんだ。それなのにあいつが中等科に上がるなり、連中は無理矢理ルームメイトを押し付けたんだ」


 義憤さめやらぬ調子で暁音は言うが、これは言われた教師のほうが気の毒だろう。

 ルームメイトとの共棲生活は、協調性と共同社会における理不尽さを涵養かんようするための大事な場であるのだ。いくら人嫌いの和佐とは言え、その洗礼から逃れることは許されないだろう。


「一条がルームメイトと一緒に生活できるわけがねえ! ……そう思ったのは私だけじゃなかったはずだ。そして、その予感は大当たりだった。あの人間嫌いはルームメイトを壁に押し付け、嫌がるのを無視して唇をむさぼるようなキスをしたんだ!」


 暁音が廊下に響き渡らんばかりの怒りの声を張り上げる。

 岬は反射的に暁音の口を塞ごうとしたが、聞きたいことがあったことを思い出したので、さらに怒らせないようにと慎重に尋ねた。


「でもさあ。一条さんは人嫌いなんでしょ? ルームメイトにキスなんてするかなあ?」

「実際にしたことは一条も認めてる。よりにもよってなんでキスだったのかは知らねえがよ。それに、ルームメイトが朝になって寮母に泣きついたもんだから、一条のキスのことは自然と生徒全員に知れ渡ることになったんだ」

「ちなみに、一条さんは寮に入ってから何日目でキスをしたの?」

「一日目の夜だ」


 それはそれは、随分と辛抱の足らない少女である。

 さすがに岬が呆れ返っていると、暁音はさらに怒れる口調でまくしたてた。


「そのルームメイトはなあ。一条に嫌な顔をされても、どうにかしてあいつのために尽くそうとずっと考えてたんだよ。それをまあ、仇で返すような真似をしやがって……! やはり一条の奴は誰かと関わらせるべきじゃなかったんだ」

「じゃあ、一条さんにそれ以降ルームメイトは……」

「つかなかったに決まってるだろ。誰が好きこのんであいつのところなんざ行くか」


 吐き捨てるように暁音は言ったが、実のところ、岬は気になっていることがあった。

 言うべきかどうか迷っていたが、結局、口に出して尋ねていた。


「暁音はあたしにそのことを伝えにわざわざ待ってたの?」

「お前のことを心配しちゃいけないのかよ?」

「ううん。ちゃんと教えてくれたことは感謝してるよ。でも、消灯過ぎまで待つのってすごい根気がいると思うんだ」

「ハッ、一条の毒牙にかかるのをみすみす見過ごせるかってんだ」


 暁音はわずかに胸を張った。腹を突き出しているわけではない。

 だが、岬はいまだに半信半疑の表情を浮かべていた。

 彼女には悪いが、彼女はとても正義感で動くような少女には見えなかったのである。

 さすがにそれを口にするのは失礼すぎる気がして、代わりに別のことを尋ねた。


「毒牙から逃れるとなると、あたしは今日の寝床を失うことになるんだけどな」

「寝床については心配いらねえ。私の部屋がある。幸い、私のルームメイトは熱でしばらく来れねえからな。そこで一夜を明かして、明日の朝、寮母に部屋替えを頼めばいい」


 岬は疲れたように首を振った。


「そんなの、無理だよ。ルームメイトに会ってすらいないのに寮母さんから部屋替えの許可をもらえるはずがない。それに、あたしは一条さんに会わないつもりはないよ」


 怒るだろうな。と思いながら、岬はあくまで申し訳なさそうな口調で自分の本音を述懐する。

 一方、せっかく夜まで待っていた暁音は、編入生の少女に自分の提案をはねつけられて、かなり傷ついたような顔になり、それから怒りで肩と唇を震わせていた。


「……てめえは一条に唇を奪われても構わねえってのかよ」

「うん、ぜんぜん」

「………………」

「嘘だと思う? だったら、今度こそ暁音にホントかどうか試してあげようか? まあ、認めようが認めまいが、あたしは一条さんの部屋に行くつもりだけどね。寮母さんからルームキーをもらってるし」

「………………」

「あたしのこと、気に入らなかった?」

「あたりめえだろ!」


 またしても大音声で暁音が吠えた。

 それから今度は、泣き出しそうな声でまくし立ててくる。


「なんなんだよ、てめえは! こっちは岬にこのことを伝えるために入寮期間の初日からずっと待ってたのに!!」


 そこまで待っていたとは岬は知らなかった。さすがに焦り、わざわざそんなことしなくてもいいのにと思ってしまった。まさか暁音もやってきた編入生がそこまで変態な性癖だったとは思いもしなかったのだろう。それも含めて岬は申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、怒れる少女に対して岬はあえて笑顔を浮かべて言うのであった。


「ごめんね暁音。でもさ、あたしのことが気に入らないなら、このまま送り出してくれないかな? 一条さんのルームメイトになったら酷い目に遭わされるんでしょ? 暁音にとっては願ったり叶ったりじゃないかな?」

「別に願ってねえよ。いくら変態だろうが一条の犠牲者になるのを見逃すなんて私の沽券に関わるんだよ」

「暁音は優しいね。沽券がなんなのかは、あたしにはよくわからないけど」


 岬は別に嫌味のつもりで言ったわけではない。本心が別にあるとしても、暁音が自分のことを心配してくれている心に偽りは感じられなかったのだ。

 彼女と相反することは岬も心苦しかったが、だがルームメイトに対する誘惑は消すことができなかった。


「でも、あたしはやっぱり一条さんのことがあたしは気になるんだよ。どうしてもね。別に暁音の言葉をないがしろにするつもりはないけどさ。一条さんのルームメイトになるかどうかの最終判断はあたしに委ねさせてくれないかな。本当に一条さんがルームメイトとなるに値しない人物とわかれば、明日の朝、きちんと寮母さんに部屋を替えてもらうよう頼むからさ」


 岬にしては、割と誠実な態度で暁音を説得したつもりである。

 だが、それでも暁音は頑として首を縦に振ってくれなかった。


「……駄目だ。岬を一条の元には行かせねえ」


 ずいぶんとためらった口調である。

 だが、誠意ある言葉に耳を傾けてくれなかった彼女に岬の顔に初めて冷めた色が宿った。

 長旅の疲れも出たのだろう。岬は可憐な顔とは打って変わった静かな声で言った。


「あのさ、暁音。あたしは問題ないって言ってるんだからさ。素直に行かせてよ。それとも他に一条さんに会わせられない事情でもあるの?」

「……どういうことだよ?」


 暁音の顔が今やどす黒く変色している。声もまた、地の底から震えるかのようだ。


「例えばだよ? こんなこと言いたくないけど、もし暁音が一条さんを貶めようとして嘘を吐いてる可能性も否定できないじゃない。自分の目で確認しないことには……」


 言葉を選ぶべきだった。そもそも、こんなことを言うべきではなかった。

 岬がそう感じたのは、暁音に容赦なく突き飛ばされたときだ。床に倒れ込みはしなかったものの、暁音は見た目通りと言うべきか、明らかに喧嘩慣れしていた少女だった。

 それでも、今の一撃は十分手加減してくれたものだと岬はわかった。


「……私が岬に嘘吐いたと? 一条をはめてると言いてえのか?」

「暁音の言葉を嘘と決めつけるつもりないけど、事実かどうか判断できる材料は今の暁音の証言だけでしょ? 実際に一条さんに会わないとあたしは納得できないよ」

「だったら、他の連中の話を聞かせてやるよ! 一条がどれだけクズな奴かをなあ!」

「だから、他の人の意見じゃ意味がないんだってば!」


 岬は声を荒げ、暁音も臨戦態勢に入る。

 このままでは突き飛ばされるだけじゃ済まないだろうなと思いながら岬も緊張の面持ちで構えた。

 その瞬間である。


「……あなたたち、こんな時間に何してるの?」


 いきなりの第三者の声に、岬も暁音も心臓を飛び上がりそうになった。

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