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ライラック色の少女たち  作者: 斉藤なめたけ
第1章 不機嫌な少女の接吻
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02

 すぐさま内側から鍵のかかる音が聞こえると、立ち尽くしていた岬は自分の手を後ろに組みながら、先ほど自分が制服に着替えた部屋の前まで訪れた。


 キスで追い出そうと考えた一条さんも十分おかしいですよと苦笑しながら、ルームメイトが出てくるまでの間、岬は特にすることもなかったので、彼女と初めて出会うまでのことを振り返ることにした。


 ◇ ◆ ◇


「一条和佐とは会わないほうがいい」


 岬にそう忠告したのは、同じく一年生になる予定の(ひがし)()(あか)()であった。


 実のところ、岬はこのとき初めて自分のルームメイトの名前を知ったのだった。というのも、岬が聖黎女学園の寮に訪れたのは消灯過ぎのことであり、出迎えてくれた寮母から名前を聞き出すことも、部屋割りで相手の名前を確認をする余裕もなかったのである。


 だが、それにしても、ルームメイトに会うなとはずいぶん穏やかではない。


「っていうか、むしろ会うな。私は附属幼稚園の頃から一条の奴を知ってる。そのうえで言うぜ。あいつに関わるとろくなことにならねえぞ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 相手の勢いに呑まれて岬は思わず両手を広げていた。


「東野さんって言ったっけ? いきなりそんなこと言われても困るよ。確かにあなたは一条さんのことを知ってるだろうけど、あたしは彼女のことは何にも知らないんだよ?」

「私のことは暁音でいい。こっちも岬って呼ぶから」


 東野暁音は印象的な少女だった。男っぽい言葉遣いもそうだが、外見もお嬢様学園の中ではめったにないだろうと岬は感じていた。

 背丈は岬と同じくらいか、少し高い程度。肌はうっすらと日に焼けている。気の強い印象を感じさせる栗色の猫目に、きつく結ばれた唇。瞳と同じ色の髪はミディアムショートで、前髪は目元の邪魔にならないようにピンで留めていた。

 寝間着の代わりだろうか、飾り気のないTシャツとホットパンツという格好であり、そこから伸びる手足は長く、細く引き締まっていた。


 暁音は寮母と話していた岬を待ち構えていたらしく、ほの暗い廊下を歩いていた岬を笑顔で出迎えた。それから有無を言わさず人気のない二階の給湯室まで連れ込み、ルームメイトに会うな、というわけである。


 顔には出さなかったものの、岬は内心ため息を吐きたくなった。

 いちおう話を聞く姿勢にはなっていたが、さっさとシャワーを浴びてベッドに転げこみたいというのが正直な感想であったのだ。


 もっとも、暁音も時間を無駄にするつもりはないらしい。訝しむ岬にさっさとくだんのルームメイトについて説明を始めた。


 一条和佐は、格式のある家柄のお嬢様が住まう聖黎女学園の生徒の中でも特にトップクラスの名門に生まれた娘らしい。和佐の父親は大企業の二代目社長で、国内よりも海外で知名度が高いそうだ。だから、暁音は和佐が金持ちの令嬢であることしか知らないらしい。


(まあ、彼女は他人の家柄なんて興味なさそうだもんね……)


 岬は暁音を見てしみじみとそう思いながら、その彼女が一体何をしたのかを尋ねることにした。


 暁音の回答は岬の予想を裏切るものだった。


「……あいつ、三年前にルームメイトにキスしたんだよ」

「はい?」


 岬はキョトンとなった。あまりにも意表を突かれて、思わず突拍子もない質問をしてしまった。


「そのルームメイトって……女の人だよね?」

「てめえはアホか!? ここをどこだと思ってやがる!」


 呆れ返って叫ぶ暁音に、岬は疲れたように耳を塞ぐ仕草をした。


「じょ、冗談だってば……。でも、それがどうしたっていうの?」

「それがって……。お前、そういうの平気なのかよ?」

「そういうのって?」

「だから、女子同士でキスすることだよ」


 話題が話題だけに暁音は何とも言いにくそうに切り出したが、それに対して岬は楽しそうな笑い声を立てて答えたのである。


「えへへ、そういうのは全然平気~♪ こういうことを予想して、あたしは一生懸命特訓したんですから♪」


 給湯室の照明は消えていたが、室内にある業務用冷蔵庫に電球が使われ、割と明るい状態になっている。

 その明かりで暁音は三つ編みの少女の場違いなほどの茶目っ気たっぷりの笑顔を見ることになった。最初はあまりの反応に愕然としていたが、編入生の性癖をさとった瞬間、がっくりと肩を落として長いため息を吐いていた。

 疲れたように言い返す。


「お前さあ……。そいつは女子校全体を誤解しすぎ」

「でも誤解って言っても、あたしのルームメイトになる人がキスをしたのは事実なんじゃないの? 暁音の話だとさ。特訓はさすがに冗談だったけど、あたしは本当に女の子からキスされても平気だよ」

「……………………」

「あ、信じてないな? だったら、本当かどうか試してあげる」


 意味深な笑みをたたえながら岬は暁音に接近する。

 暁音はうんざりした表情でそんな編入生の身体を押しのけて言った。


「試さねえよ。てめえが変態だってことはよくわかったからさ」

「あらら、それは残念。でも、これであたしが大丈夫だってことはわかったでしょ? 暁音が危険だって伝えに来てくれたのは素直に嬉しかったけどさ」


 そう答えて、岬は給湯室を出ようとする。

 だが……。


「待ちやがれ、岬。てめえは一条のことを何にもわかってねえ」


 強い力で服の袖を引っ張られる。

 声もまた随分と剣呑なものに変わってしまっている。

 岬は内心ひやりとしながら暁音の真剣な猫目を見た。

 そして、真面目くさったように言う。


「……そりゃあ、あたしはここに来たばかりですから、生徒のことは何も知らないけど、一条さんってそんなにとんでもない人なの?」

「少なくともお前よりはな」


 それはそれは、たいそう説得力のあるお言葉である。

 暁音は岬の袖から手を離すと、改めて説明を始めた。

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