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ライラック色の少女たち  作者: 斉藤なめたけ
第2章 白いドレスの聖花
10/53

01

 食事を摂り終えた岬は寮母に別れを告げてから、一度は寮部屋に戻った。

 それから午前9時にもう一度、玄関ホールに訪れる。

 というのも、席を立つ際に寮母がこう言ったからであった。


「寮長に上野さんの案内を頼んだわ。本当は私がするべきなのでしょうけど、寮母同士の定例会などで忙しくてね。私が不在の時に困ったことがあれば彼女に尋ねるといいわ」


 三号棟の寮長の名前は広瀬ひろせマキ。高等科三年で、陸上部部長という。

 外貌は一言で言えば、ひたすら男性らしく、背が高いとのことだ。

 寮母からもらった情報を胸の中で復唱しながらホールへやって来ると、情報通りの先輩はすでに待機していた。


 寮長とおぼしき人物は他の誰かと話しているところであった。


 身長は170センチは軽くあるように見えた。質量を感じさせるが、均整のとれた体格をしている。

 硬質な髪を短くばっさり切っているので、まるで男子のようだ。ジーンズと黒のタートルネックという格好だから余計にそう見える。

 もっとも、本物の男子が布地を盛り上げるほどの胸を持っているはずがないが。


 岬がそっと近づくと、その存在に気づいた二人は会話をやめて顔を向けた。


「きみが編入生?」


 声をかけてきたのは背の高い先輩のほうだった。落ち着いたアルトの声。

 優しく見下ろしてくる先輩に、岬は思わず背筋をピンと張った。


「はい。先輩が寮長さんですか?」

「ああ、302号室の広瀬だ。すまない。話に夢中ですぐに気づけなかった」

「いいえ。それで……そちらの方は?」

「ああ……彼女は……」


 陸上部かどうかは断定できないが、彼女もまた運動部の少女であることは予想できた。朝練を終えたところなのか、彼女はネイビーブルーのジャージを着ていたからだ。

 こちらも立ち姿が少年のようにしか見えなかった。背は岬と同じくらいだが、体つきはほっそりとしている。髪は先輩同様短いが、彼女の場合、それが柔らかくうねっていた。


 広瀬先輩はそんな彼女を紹介した。


「陸上部の後輩の(たか)(はし)()()()だ。中等科の三年だから、きみの後輩にあたるな。……有美流。悪いけど私はこれから編入生を案内しなくちゃならないんだ」


 だから、続きはまた今度……とマキが言おうとしたその時。


「わたしも同行させてください」


 有美流と呼ばれた少女が初めて口を開いた。意思はあるが、なんとも平坦な静かな声だ。

 岬もだが、それ以上に真希のほうが強く驚いていた。このようなことを言い出す少女ではないのだろう。岬も薄々それを感じていた。


 有美流の顔はポーカーフェイスと呼ぶにふさわしいもので、顔からほとんど表情が読み取れない。あまり積極的に他人と関わろうとはしなさそうと岬は勝手に結論づけた。どこぞのルームメイトのように他人を無下に拒絶したりはしないだろうが、彼女の発言の意図を岬は推察せずにはいられなかった。


 マキもまた不思議そうにジャージ姿の後輩を見下ろす。


「有美流、どうした? 一緒に行っても楽しくも何ともないと思うが」

「構いませんよ。……先輩、いけませんか?」


 後半の先輩は、編入生の岬に向けられたものらしい。確かに、年齢だけ見れば岬は有美流の立派な先輩である。

 岬はまじまじと一学年下の少女を見つめ、それから意見を求めるように寮長を見た。


「いかがしましょう。広瀬先輩?」

「上野さんがよかったら、私はどっちでも」


 先輩のお墨付きを得た岬は少女に晴れやかに笑いかけた。


「だってさ。一緒に行こっか、有美流ちゃん」

「ゆ、ゆみるちゃん……!?」


 感情の乏しい顔が一瞬で紅潮した。今までそのように呼ばれたことがないのは明らかだ。

 すました顔がうろたえる少女のそれになるのは、どこかのルームメイトとよく似ていた。

 顔を赤くする後輩の顔を、寮長は珍しいと同時に面白そうに見つめていたが、編入生に案内する役目を思い出して、二人の後輩を促して寮を出て、敷地内を歩き出した。


「週に一度、生活指導の先生が抜き打ちで部屋のチェックをしてくるから、いつ自分のところに来られてもいいように部屋は常に綺麗にしておきなよ。言っておくが、鍵をかけても無駄だからな。先生たちは寮母からマスターキーを借りて部屋を開けてくるから」

「は、はい」


 岬は神妙に頷いた。

 他にも給湯室の冷蔵庫に飲み物を入れるときはマジックで名前を書かなくてはならないだの、生活用品を切らしたら食堂近くの購買で買えるだのということなどを説明してから、寮長は遠くにある正門を指差して言った。


「ここ一帯にあるのは生徒の生活に関する施設だけで、校舎とかの学習施設は別にある。それぞれ寮棟区りょうとうく学舎区がくしゃくと呼ばれてるが、二つは国道にある横断歩道で繋がってるんだ」

「運動場や図書館は学舎区に建てられてるんでしょうか?」

「ああ。体育館やグラウンドは中等科と高等科の両方にあるが、でかい図書館は中高共有になってるな。他にもテニスコートや温水プールなんかも学舎区の外れに共用として建てられてる。私たち陸上部もそうだが、ここの運動部は基本的に中高間の垣根が低くてね、合同練習もしょっちゅう行われたりするんだ。……学舎区もちょっと見るかい?」

「はい、ぜひ」


 寮棟区の正門をくぐり抜けて国道を横切ると、もう一つの門があった。学舎区の正門だ。

 敷地内を歩く最中、あちこちに桜の木が見える。まだ満開とは言えず、つぼみから白い花びらを半分ほど覗かせているというものが過半数を占めていた。


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