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魔法使いと魔女  作者: 東耕市朗
那由他様
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魔との邂逅③

何でこんなところに須藤がいるのかは分からなかったが見知った顔を見て安心すると、体のあちこちが痛むことに気が付いた。肩も背中も、払われた足などは靴下に血がにじんでいるのがみえる。その下がどうなっているのかあまり見たくない。

とにかく、生きていてよかった、と女からそろりそろりと離れながら体を起こし―――


「うぇっ!?」


女の全身が目に入って思わず呻いた。

その異形ももちろんそうだが、女の腹部と胸部に、深々と二本の刃物が刺さっていたからだ。普段使っている包丁などよりかなり大きい。握りの部分は木の削りだしで、いわゆるナイフなどに使っている形とほぼ同じだが、刃渡り30センチはあるのではないだろうか。それが月光にさらされて、白々とした光を放っていた。


「どうしたの?内臓を痛めた?」


外傷から内臓を痛めた経験はないので分からないが、おそらくそれは大丈夫だ。それより、こいつはこの状況でなんともないのか?と須藤の顔を見る。

須藤はいつも通りの顔をしていた。

それもそうか。状況がわかっていないのは俺の方だ。どう考えても、これをやったのは他ならない須藤なのだから。


「いや、大丈夫……あちこち痛いけどな」


須藤は俺の顔をしげしげと見る。


「頭部は軽傷ね。これくらいの外傷なら問題ないわ」


平気なわけないだろ。あちこち痛いつってるのによ。

とは思っても、そこは男の性なのか、虚勢を張って立ち上がってみたりする。

かなり痛い。動けないほどではないが、座りこんで休みたい。立ち上がったりするんじゃなかった。もう一度座り込むのが恥ずかしいじゃないか。

だがその虚勢は無駄ではなかったらしく、須藤は俺が立ち上がったのを見て一応は安心?したようだった。

何の躊躇もなくすたすたと女の体に近づいていく。

女はぴくりとも動かない。が、もともと色を失ったその顔に無表情だ。顔に傷がついていない分だけ、生きているのか――分からない。


「そいつ、もう動かないのか?」

「うん。体の基本的な構造は人間のそれを利用しているから」


利用?


「利用ってどういうことだよ」

「循環器や消化器は人間のそれを流用していることが多いということ。もちろん、体組織や構造に変化がある場合はあるけれど、こんな風に外観として大きな変更がない場合は、重要な器官の配置にほとんど変更はないの。

体を動かすために重要な臓器に致命的な損傷を与えているから、これはもう動かないわ」

「いや、そうじゃなくて……それって人間なのか?」

「もとは人間よ。今はこうなってしまっているけど」


おいおいおい。


「ちょっと待てよ。じゃあ、人を殺したってことか!?」

「そうしなければ阿蘇品君が死んでいたわ」


それは議論の余地のないところだ。あのまま助けが入らなければ……想像したくもないが、頭から食いちぎられていたのは間違いないはずだ。しかし、だからと言って、目の前のこ。れがもとは人だと聞かされて、そうですか、と割り切れはしなかった。

目の前のこれは元人間の女性だ。

そう、元、人間。


「先輩……?」


俺はその顔をまじまじと見た。髪が振り乱されて、上下逆さまで、口をぽっかりと開けてその奇怪な中身を晒して、肌が紙のように白くて……印象があまりにもかけ離れていて気づかなかったが、それは確かに岡松先輩だった。

見知った顔が蝋人形のようにかたまり、ぴくりとも動かない。その首から下を目で辿っていくと、無数の蟲の足のようなものと、腹部に突き刺さった刃物が見えた。

俺はこみ上げる吐き気に体を折った。

口をあけてえづくが、賄いも食べていなかったので液体しか出てこない。しばらくそうやっていてどうにか落ち着く。体の反応が落ち着いただけで眩暈はまだ感じ、しばらくしゃがみこんでいた。

俺が落ち着くまで待っていたのか、須藤が動いた。

それを感じて、俺は思わずびくりとした。

須藤は岡松先輩の腹に刺さった刃物に手を伸ばす。途端、深々と女の体躯に刺さっていたそれがずるりと傾いた。さらに切れたのか、と思ったがそうではない。

岡松先輩の体も、その背中から生えていた足も、黒い砂のようになってさらさらと虚空に解け始めていた。須藤は刃物をするりと抜き取ると、スカートをたくし上げる。

見れば、内腿のあたりに、ガーターに似たベルトと鞘があった。そこに慣れた手つきで刃物をしまう。最近の女子高生にしては長めのスカートだと思っていたが、そんな物を隠していたのか。

ふっと須藤と目が合った。須藤の目はこちらの視線に気づいた。


「知り合いだったの?」


須藤がそう尋ねる。俺は岡松先輩との間柄を説明するのに少し迷った。


「部活の先輩の顔だった」


まだ、さっきまでそこにあったものがあの岡松先輩なのだと理解することを、心のどこかが拒否していた。


「そっか」


須藤はあっさりとした返事をした。俺は須藤の顔を凝視した。驚きも、哀しみも、そこには何の感情もなかった。普通の、須藤杏奈だった。


「これで終わり。行こう?」


さっきまで全く人気がなかったというのに、俺たちをヘッドライトで照らしながら軽自動車が通り過ぎて行った。



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