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魔法使いと魔女  作者: 東耕市朗
那由他様
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変わる日常⑦

阿蘇品一樹の一日はそれなりに平穏で忙しい。

その中身は主に家事と、パティスリー「ひげのくまさん」及び居酒屋「味吉」でのバイト、そして同好会活動だ。

うちの高校では5人の部員を確保できなければ、よほどの実績がない限りは同好会として扱われる。普通の部活動との差は予算の配布や活動場所の確保、公休の許可や文化祭体育祭などの行事における優遇などといった恩恵がある。それらの優遇措置は確かに魅力的ではあるのだが、積極的に人をまとめるのに向いていないと自己分析した俺は、もっぱら単独での活動を行っていた。


同好会の名前は「味覚研究同好会」

うちの高校にはかなりしっかりとした家庭科室があるのだが、昨今の授業内容の革新のあおりを受け、家庭科の授業時間自体が少ないため、せっかくの家庭科室の機材もほとんど使われずに眠っている。包丁、鍋、お玉、計量器具などはもちろんのこと、高火力・安全消火機能付きのガスレンジや新しいオーブンレンジ、ミキサーにフードプロセッサーにとなかなかの品ぞろえだ。そこで、俺は許可をとってこの機材を有効に活用するため、同好会を立ち上げたのである。

と、まぁなんのことはない。学校で暇な時間に思う存分趣味に没頭する場所を確保したかっただけの話だ。

今日はバイトがないので、簡単な焼き菓子でも作ろうと意気揚々、家庭科室のドアを開けた。

ガラッと空いた引き戸に、中にいた女子たちがビクッとこちらを向いた。


「なんだ、桜庭君か。脅かさないでよ~」


女子4人が机を囲んでいる。その手をみれば、見覚えのある鉛筆と棒を結び付けたもの。


「こっちも那由他様ですか……」

「そうそう。女子の秘密なんだからね!こっち来ないでね!」

「はいはい。どうせ見ても分からないでしょ」


いたのは家庭科部の面々だった。

最初に口を開いたのが岡松先輩。たしか、どこかの運動系の部活と掛け持ちで家庭科部に入っているはずだ。それからメガネの中嶋部長と、俺と同学年で二年の本橋と村木。

家庭科部のメインの活動は手芸だ。なかなか実績もあるらしく、とくに部長は時々コンクールでも賞をとっているそうだ。

家庭科部とは家庭科室をシェアして使用している同士、それなりに親しくしている。時々は俺が作った菓子を食べて感想をもらったり、家庭科部の作った手芸の作品を見せてもらったりなんてこともある。

しかし、ほんとに女子ってこういうお呪いとか好きだな。

俺が近づかないのを確認すると、4人は再び那由他様の方に向き直った。

俺はそんな4人を後目に材料を広げ始めた。粉を振るって、エッグセパレーターで卵の黄身と白みを分け、黄身だけはつぶしてよく混ぜ、卵白を混ぜ……ここは泡立て器ではなく電動ハンドミキサーで。以前に手でやってみたら辛すぎて、つのが立つ頃には俺の腕が上がらなくなっていた。

材料に砂糖も混ぜ込んで真ん中に穴の開いた特殊な型に流し込む。真ん中の穴は熱を通すためと、内側からも支えることでふんわりした生地が崩れるのを防ぐためらしい。

よく温まったオーブンレンジに型を入れて、待つこと数十分。段々と甘さと香ばしさの混ざった香りが室内に立ち込めていく。

俺はその間に器具の片づけをほとんど済ませて、湯を沸かして置いた。これに合うのはやっぱり紅茶だ。

そろそろ焼きあがるかな?とレンジの中の記事が膨らんでいるのを外から何度も眺めて確認していると、部屋のドアががらっと開いた。


「一樹ー!何か作ってんの!?」


入ってきたのは成人だった。

こうしてここで活動していると、どこからともなくやってきて御相伴にあずかろうとするのだ。目端が利くのか、鼻が利くのか、あるいはその両方か。

家庭科部の面々が、小さくざわつく。成人君だ!成人君が来たよ!というようなものだ。失礼ですが、俺が入ってきた時の反応と違いすぎやしませんか?


「なんだよ。成人。お前の分はないぞ」

「えー。そんなこと言うなよ。親友だろ?」

「俺はお前とそんなもんになった覚えはないって」

「お!シフォンケーキじゃん!いいねいいね!」

「人の話を聞け!」


俺は食わせないと言っているのに、勝手にオーブンの中をのぞき込みはしゃぐ成人。

頭の中で計算する。そこそこ大き目のケーキを作ったので、八等分カットくらいならいけるはずだ。しかしこいつは大食いだから二つ分くらい要求してくるからなぁ……そんなことを考えながら、ふと岡松先輩の様子がおかしいことに気づいた。家庭科部女子の面々は成人をテレビのアイドルを見るような目で見ているが、岡松先輩だけは少し渋い顔をしている。

俺の視線に気が付いてそっぽを向くが、確かに成人に向けたものだったはずだ。

それの意味するところが分かる前に、笛付きのやかんが甲高い音を鳴らした。俺は慌てて火を止めて紅茶の準備を始めた。


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