プロローグ
見られているのを感じる。
私はその視線に気づきながら目を合わせることを躊躇って、ずっと足元を見つめ続けている。
私の頭上より少し上、そちらに顔を向ければ相手と目をあわせられるのは分かっている。しかし、ただ目を合わせるそれだけの行為が、私には恐ろしくて堪らない。
体を小刻みに震わせて、足元も定まらないままに逃げることもできずに立ち尽くす。そして体は心とは裏腹に動き出す。
序々に首がぎしぎしと音を立てながら反り返っていき、視界が地面から空間へと開いていく。私の意識は悲鳴を上げる。怖いもの見たさなどという生易しいものではない。自分の存在を脅かす何かに魅入られるようにして、抗いがたい欲求が私の体を突き動かしているのが分かる。
答えを知りたい渇望が、私の鼓動を止めようとしている。
中空からぶら下がっている何かが私の視界の端にかかる。白い一足の靴下。それから繋がるふくらはぎ。カーテンの様に垂れたスカート。紺色の上着。えんじ色のスカーフ。
上に行くにしたがって、私の鼓動は早くなり、今は割れ鐘のように頭のなかまで響いている。体中から血が抜かれる感覚に襲われ、いっそ貧血になって倒れこんでしまえばいいのにと思うのだが、力の入らぬ両足は絶妙なバランスで地面にしっかりと立っていた。
そうして、私はとうとうそれを見る。
搾り出された遠吠えのような絶叫が自分の喉から出されたものだと理解できるのに数秒の時が要った。
私があれほど忌避したものは何なのか。それは結局分からなかった。