りょうちゃん
りょうちゃんは、私のヒーロー兼幼なじみだった。
りょうちゃんに出会ったのは幼稚園の時だった。その当時りょうちゃんはまだ3歳だったが、幼いながらに顔も整っていて天使のようだった 。しかし、その見た目に反して外で遊ぶことが大好きで、足が速く、鬼ごっことかの遊びでは負けたことがなかった。また、誰にでも優しく思いやりがあり、曲がったことが嫌いで、よく誰かをかばって喧嘩をしていたように思う。そんな感じだったから、一部の子には嫌われることもあったけど、概ねみんなから好かれていた。そしてよく気の弱い女の子を守ったりしていて、女の子にモテた(まぁそれは大きくなっても変わらないのだけども)。
かく言う私も、恥ずかしながら幼稚園や小学校の頃などよく守ってもらっていた。今はもう大人になったので人との付き合いを大分覚えたが、あの頃の私は引っ込み思案で同級生の男の子などによくからかわれたものだった。からかわれて困っているときは大抵りょうちゃんが助けに来てくれた。その頃から私の中ではりょうちゃんはヒーローなのだ。
私達は同じ小学校を卒業して地元の同じ中学に入学した。私達は学校での仲良しグループは違ったものの、お互いの家が近くときどき一緒に遊ぶこともあったので、まぁまぁ仲が良かった。
中学でもりょうちゃんは相変わらず人気者だった。明るく溌剌としていてスポーツも勉強もよくできた。中学に入って急に身長が伸び、すらっとした長い手足が印象的な魅力あふれる人になっていった。部活は陸上部に入って短距離を専門にしていた。走っている姿は誰もが注目してしまうくらいに格好よかった。
一方私は運動することよりも室内でなにかする方が好きだったので、文化部をいろいろ見て回り、結局美術部に入部した。黙々と一人で作業できる空間は私に向いていたのだと思う。そして、美術室はグラウンドのすぐ横の一階の教室だったため、陸上部の練習がよく見えた。一応言っておくが、決して陸上部目当てで入部したわけではない。これは本当に偶然だった。まぁ、ちょっとテンション上がったけども。
その頃、私は格好よくてモテて勉強もスポーツも何でもできるりょうちゃんに確かに憧れていた。
2年生の時、りょうちゃんは生徒会長になった。それからりょうちゃんはすこし忙しくなった。3年になると徐々に私達の間には距離ができ、話すことも減っていた。性別も違うし交友関係も違っていたので当たり前だと思うとともに少し寂しさを感じた。
私は、中学を卒業して高校に入学した。りょうちゃんほどではないが成績が良かった私は、県立の中の上くらいの進学校に入学した。
あぁ、りょうちゃんとはもう会うことは殆どないかなと思いながら入学式に出席していた。
一体誰が予想できただろう。
新入生代表挨拶を、りょうちゃんが務めるなんて。
りょうちゃんは県内でも有名な超進学校に行くと誰もが思っていたし、私もそう思っていた。
入学式が終わって放課後どうしても気になってりょうちゃんに何でこの高校にしたのか聞いて見みたが、笑うばかりで何も教えてもらえなかった。
後後この理由は明らかになるのだけれど、この時は教えてもらえないことが不満でちょっと悲しかった。
高校でもりょうちゃんは人気だった。相変わらず成績がよくスポーツもでき(高校では弓道部に入った)、人当たりがよく、顔も整っている。教師からの信頼も厚く、1年生の時から生徒会に入っていた。欠点が見つからない。モテないわけがない。りょうちゃんには男女かかわらず友達が多かった。また、それだけ人気なのだからりょうちゃんは学内で知らない人はいないほど有名だった。
地味で目立たない私はりょうちゃんに関わることはもうなくなるだろうなぁと最初は思っていた。
しかし、高校では違っていた。
校内でよくりょうちゃんは話し掛けてくれた。すれ違ったら必ず挨拶したり軽く立ち話したりした。また、なんの因果か3年間クラスが一緒だったためか、関わることが多かった。一緒の委員をしたり(私が手を挙げた係に大抵りょうちゃんもなった。気が合うなぁとその時はちょっと嬉しかった)、行事の時に一緒に作業したりと言った感じだ。りょうちゃんは有名人になってしまった後も変わらず私と話してくれた。すごく嬉しかった。
りょうちゃんと関わっていくうちに、いつしかヒーローに対する幼いあこがれが恋に変わってしまったのは……必然だったのかもしれない。
りょうちゃんと一緒に行動することでいろんな人と知り合うことができた。りょうちゃんと一緒に委員や作業をすることでいろんな人と関わった。りょうちゃんは私の世界を広げてくれた。
恋を意識し始めて、情けないことに私は上手くりょうちゃんと話せなくなってしまった。りょうちゃんが告白を断るときに好きな人がいると言っていることを知り、胸が痛んだ。りょうちゃんをみると避けようとするようになった。
それにりょうちゃんはすぐ気づいたようだった。
高校3年生の冬も終わりに近づき、受験も落ち着いた頃。
私達は卒業式を迎えた。
私はその時は既に県外の私立大学に推薦で合格を決めていて、余裕を持って卒業式に出席していた。当然答辞は生徒会長だったりょうちゃんが読んでいた。堂々と読み上げる姿はいつも以上にかっこよかった。あぁ、今日でここに通うことも終わりなのかぁ……とそう思うとなんとも言えない感情が胸にこみ上げてきた。
高校生活は途中りょうちゃんに生徒会に入れられ最終的に副会長になったり今までに比べて忙しかった。それでも……辛いこともいろいろあったけど、3年間楽しかったと思えた。
それもこれも何もかも、消極的で引っ込み思案な私をりょうちゃんが引っ張ってくれたからだ。りょうちゃんがいなかったら、私はここまでいろんな人と関わろうとはしなかっただろう。やはり高校でもりょうちゃんは私のヒーローだったのだ。
卒業式の日、本当は告白しようか迷った。ずっと好きだったこと……言ってしまいたかった。
3年間で少なくとも私に対して悪く思ってないことはわかっていた。
でも、もし、それは全部ただの優しさだったら……?本当はなんとも思ってなかったら……?
恋人を作らないのはずっと好きな人がいるからだという噂を聞いた。
もし、それが単なる噂ではなく、真実だったら……?
りょうちゃんに困った顔をさせたくなかった。
だから私は逃げることにしたのだ。
伝えることはせずに、笑顔で別れようと決めた。
私は生徒会で記念写真を撮る、と言う話をりょうちゃんから聞いていたので、聞いていた時間に生徒会室に向かった。
これでりょうちゃんに会うのも最後か……と思うと後悔が全くないわけではなかったが、これでいいんだとむりやり自分を納得させた。
生徒会室に入ると、りょうちゃんしかいなかった。
りょうちゃんは私に気づくとぱっと笑顔になった。
相変わらず笑顔が眩しかった。
お互い高校生活の思い出を語り合う。
なかなか他の生徒会メンバーは来なかった。
私はりょうちゃんに、みんな遅いね、と言った。
するとりょうちゃんはちょっとバツが悪そうに笑って、ごめん生徒会で集まるって嘘なんだ、と言った。
なんでそんな嘘を……。
疑問に思って聞くと、りょうちゃんは緊張したように、実は言いたいことがあって……と切り出した。
私はあの時のことを一生忘れないと思う。
「よかったら……第二ボタンくれませんか……?」
*****
「何してるの?」
後ろから声をかけられて、私は、掃除の時に見つけた高校の卒業アルバムを閉じた。
「ごめん、高校の卒業アルバムをみつけちゃってつい見てた」
「あー!懐かしい~!うわー、若いなぁ」
「そりゃそうだよ、この時は私も涼子も十代なんだから」
「それはそうだけど。でも、この頃はまさかあなたと結婚するなんておもわなかったわ」
りょうちゃん―――涼子が私の手からアルバムを奪い、懐かしそうにめくる。
「私だって思わなかったよ。まさかあのりょうちゃんが私のこと好きだったなんて」
「わたしだってまさかあなたがわたしのこと好きだなんて知らなくて、避けられ始めたときは嫌われたかと焦ったし、卒業式のときすごく緊張したんだから」
私と涼子はあの卒業式の日を境に恋人になった。それから、大学を卒業して就職して結婚して―――もう25年になる。
りょうちゃんが私のことを好きでいてくれて、高校も私が志望したからあの高校にしたと聞いたときは、すごく驚いた。
全然気づかなかった私は、本当に人の感情の機微に疎かったんだなぁと頭を抱える。
「だけど、あなたもわたしのこと好きだったんでしょう?それならそうと早くいってよ」
「仕方ないだろ……あの頃きみはとても人気で学校のアイドルみたいだったんだから、とても自分が釣り合うとは思わなかったんだ」
「なによ、それ情けないわね」
ストレートな妻の言葉に苦笑を禁じえない。
彼女はアルバムを閉じて、そういえば第二ボタンどこにしまったかしらと言った。
私は彼女がまだそれを持っていることに驚いた。とっくに、捨ててしまっているのかと思っていた。
そう告げると、涼子は少し怒ったふうに、あなたとの大切な思い出のものを捨てるわけないじゃないと言った。
結婚して随分たってもそんな風に言ってくれることがすごく嬉しいことに彼女はきづいているだろうか。
「まぁ告白は君に言われたけど、プロポーズは私が言ったんだからおあいこってことでいいよね」
さっきの情けないと言われたことに反論してみる。
「そうねぇ…そういうことにしといてあげるわ」
「あの時、私がプロポーズの言葉を言ったら君は『わたしでよければ』と言ったよね。あの頃はまだおしとやかだったね」
意趣返しとばかりにプロポーズのときのことを言ってやると、涼子は恥ずかしがるどころか、笑い出した。
「あはは、確かにそう言ったわね。でもなんでそう言ったかわかる?」
なぜ涼子がそんなに笑うか私には分からなかったし、なぜそう言ったかもわからなかった。
降参して答えを求める。
「あら、あなたすっかり忘れちゃってるのね。わたしが卒業式の日、第二ボタンをくださいって言ったとき、あなたはこう言ったのよ」
そう言われて、私はあっ、と声をあげた。
そうだ、たしかあの時……
*****
「よかったら……第二ボタンくれませんか……?」
りょうちゃんの口から出たのは、予想外の言葉だった。
私は予想外のことに頭が真っ白になりながら反射的に答えた。
「ぼ、僕でよければ」
今思えば何とも締まらない答えというか、やはり私はりょうちゃんには敵わない。
fin