07
映し出されるグラフはほぼ横這いだが、数ヶ月で緩やかに上がっている。
「これは、バグの発生件数です。ここ数ヶ月で数が増えています。原因はまだ分かっていませんが、主に関東で増えているようです。これからも増えるのか、一時的なものかも分かってはいません」
「原因がわからないって…そもそもバグとか、色々説明が足りないよ」
琉美が呆れたように聞けば、伊勢も痛いところをつかれたのか、難しい顔をした。
「そもそも、裏世界について、あまり解明されていないんだ」
答えたのは安倍清哉だった。
「裏世界が暗く荒廃している理由。この表世界と鏡のように同じ建物がある理由。バグだけじゃない。エネミーだって、彼らが何からできているのか、そもそもなにものなのか。わからないことだらけだ」
「待ってください!エネミーについては、協力的なエネミーのおかげで研究が進んでいます!それに、バグの発生パターンや対処方法、それについては研究が進んでいます!全部が全部わからないというわけではありません!」
さすがに何も知らないというわけにはいかないのか、伊勢が慌てて訂正した。
一度グラフを閉じると、新しいファイルを開く。どうやら、今回の会議で話す予定はなかったらしく、準備に手間取っている。画面に映った日本地図は大きな都市に、グラフが立っている。
「バグの発生ですが、主に大都市での発生が多く、離れれば離れるほど少なくなります。対処は、バグの中に存在する核を破壊すること。他の部分を破壊しても、時間によって回復します。特定の誰かを狙うわけではなく、目の前のものを破壊する。それがバグの主な行動原理だと思われています」
そのため、バグを取り逃がすということはなく、対峙すれば必ず倒せる。途中撤退という言葉は、バグには存在しない。
「エネミーについても、バグと同じく核が存在しています。我々がテイマーを判別するための検査は、この核から出される波長とテイマーから出る波長が一致することから作られています」
これが、最近学校で身体検査と共に受けることが多くなってきた検査だ。だが、まだすべての学校というわけではなく、私立を中心とした中学、高校のみだ。もちろん、個人的に受けることはできる。公立で受けるのはごく稀だ。だからこそ、葉月がその検査があり驚いてきたのだ。
「じゃあ、なんで俺の時わかんなかったんだ?」
こっそりと葉月に聞けば、首をかしげた。
「新生エネミーだったからでしょう」
答えたのは玲香だった。
「エネミーには継承するタイプと新しいタイプの2種類が存在してるの。伊勢さん。時間をもらっても?」
「えぇ。構いません。元々、新たなテイマーの為の会議ですから」
「では…先ほど言ったとおり、エネミーには前の世代から受け継ぐタイプと、新たにその人につくタイプがいるの。
私や安倍さんは継承タイプの代表みたいなものよ。継承タイプはその高い知性が特徴。エネミーによっては、昔のテイマーを覚えているエネミーもいるわ。
新生エネミーは、あなたのように、誰かから譲り受けたエネミーではないエネミーのことで、あまり知識を多く持ち合わせていないのが弱点よ。戦闘力も個々でばらつきが激しい。これは、テイマーの才能が大きく左右していると考えられているの」
玲香は一度葉月の方を見て、そして睦月に視線を戻した。
「だから、あなたの場合エネミーが生まれたのが、検査よりもあとだったのよ」
「そうだったんですか…ありがとうございました」
一応、納得して、礼をいえば玲香は微笑んだ後座った。
「その検査でテイマーが波長を出す物。エネミーであると核のような何か重要な鍵があるようです。それが、エネミー発生の起因となっているようです」
「え?そこははっきりしてないの?」
「はい。すみません。現在、研究中です」
先程、玲香が言っていた継承タイプのエネミーであれば、多少その鍵に予想がつくというが、新生エネミーではそれがなく結局わからないという。
「何か質問があれば、できうる限り答えますが」
誰も手を挙げなかった。というよりも、挙げられなかった。今、説明されたことを現実として受け入れるには、随分と大きすぎるもので。伊勢も悟ったのか、端末からいつでも聞きたいことがあれば聞いていいと言われた。
「では、今日はこれで終了とします」
解散は自由らしい。
「あー終わった終わった」
飛鳥が時計を見ると、ため息をついた。
「俺ら、先に帰るな。飛行機の時間あるし。東京土産買って帰りたいし」
「相変わらず急ぎだな。北海道は」
「本州じゃねぇし…帰るのも時間かかるしな。そのくせ、明日普通に学校だし、テストも近いしな」
「北海道はでっかい――」
「ん?なんかいった?」
「ナンデモナイデス」
東北チームの中でも、北海道の2人は、先に帰ってしまう。葉月も手を振っていた。睦月は、背中を叩かれてやっと気がついた。
「日野?」
「琉美でいいよ。アタシも帰るから、挨拶くらいしておこうかなって」
「あ、そっか」
「…なんかさ、やっとスッキリした感じするんだよね」
「え?」
「先輩がさ、黒い変なののことになると妙にはぐらかして、私だけでできるからーって、あんまり近づけさせなかった理由っての?やっとわかったからさ。睦月もそんなんじゃないの?あの姉ちゃんとかに、はぐらかされてたんじゃないの?」
睦月の場合、はぐらかすというよりも、突然のバトルゲームへの参加で、聞くタイミングなんてものが無かった。それを葉月が狙っていたかと言えば、もちろん狙ってなどいない。
「そうだ!アドレス交換しとこ!」
ほらほら!と急かされ、アドレスを交換すると、その勢いで帰っていってしまった。
その頃、葉月はのんびりとお茶を飲んでいた。
「何事もない?葉月」
「問題ないでーす。毎回心配してくれなくても大丈夫ですよ?宗兵衛いるし」
「そう。よかった」
安倍はそういえば微笑んだ。ただ隣にいる九十九は目を細めた。
「あら…ずいぶんと信用されているようですね。猫又」
「ははは…だからといって、色々やんちゃをされるのは困るんだがな」
「今回の主人は、随分と手間の掛かる御方のようで。…まぁ、楽しそうには見えますが」
「すまない。最後の方、なんといった?」
「まるで親子のようだと言っただけです」
「それはどうなんだ…」
宗兵衛が呆れるのだった。玲香もじっと葉月を見ていた。
「な、何?」
「いえ。貴方は何も言わないくせがありますから…私は関東テイマーのリーダーなんですから、そういうことは知っておく必要があるの」
「ぇ…あ、はい。ありがとうございます…?」
「素直じゃないわね」
美優が苦笑いする。
徐々に人は減り、ついに関東チームだけになった。玲香が労いも込めて、家に招待すると言われ立ち上がった。
「あ、あの…」
「何?」
郁弥が帰ろうとする玲香に声をかけた。
「もし、バグとの戦いで死んだら…両親とかには」
「事故で死んだと処理されるわ」
「そんなのって」
「慈悲で教えたとして、どうなるっていうの?どうにもならないのに」
「…」
「最悪っ!要はただバグを倒して、負けたら忘れて捨てられるだけの駒!」
神奈がその場にいた全員を睨みつけ、そして出ていった。
「あ、神奈ちゃん!」
慌てて追いかけていく郁弥と、睦月も追いかけた。
「もしかして、あの子も…」
玲香の呟きに葉月が反応したが、何も言わなかった。
追いかけた2人だったが、見事に神奈を見失っていた。
「ど、どこいったんだ…?」
「…」
「俺、あっちの方探すから」
「先輩」
「何?」
「もういいです。たぶん、帰ったんだと思います」
「でも…」
あの怒り方は尋常じゃない。1人にしておくわけにもいかないだろう。
「神奈ちゃんが怒るのも無理ないです。僕も今日の話を聞いて、正直嫌でした」
「…何かあったの?」
「小学生の時、僕と神奈ちゃんと、もう1人、女の子と一緒によく遊んでたんです。でも、その子は、テイマーでバグに殺されたんです」
「!」
「僕はバグが出るとよく引き込まれる体質だったみたいで、もちろんその子はテイマーですから、すぐに助けに来てくれました。でも、神奈ちゃんは来れなくて、僕とその子でその話を教えていたんです。その時は、これを話しちゃいけないとは知らなかったので。
それで、ある日、その子が目の前で殺されて…学校では事故死ってことになってました。でも、神奈ちゃんには、ちゃんと教えないとって、僕が本当のこと教えたんです」
睦月は何も言えなかった。2人の間に漂う空気を見事にぶち壊したのは、葉月だった。
「2人共~お嬢様の家にいくよー」
「…空気読めよ」
「男2人の空気なんて読みたくないよ。…まさかいい雰囲気だったとか…?」
「違うし!読めないの間違いだろ!!」
「その可能性はなきにしもあらずかな!」
「あ、あはは…あ、でも…神奈ちゃん、帰っちゃいました」
「あらら…それは伝えとくよ。でも、君はこないと、こいつが男1人になるから、来てあげなよ」
「というか、俺は参加決定なの!?」
「え…だって、いつも私が夕飯いらないって言ってるから、お母さんたぶんお前の分用意してないよ?」
考えてみればそうだ。同じ場所に行って、姉は必要なくて、弟が必要なんておかしな話だ。
「ね?」
「あ、はい」
郁弥が頷くのと同時に、踵を返して歩き出す。玲香の家は、ここから歩いて行ける範囲にあるらしい。
「はーやーくー」
「は、はーい!」
「こういう時だけは元気だなっ!ホント!」
急いで葉月を追いかけるのだった。




