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不思議とその境内には何もいなかった。

だが、確かに胸が締め付けられるようなそんな感覚が体を襲う。

「葉月。大丈夫?」

「あれ?お嬢様が心配してくれるの?うれしーなー」

「この中じゃ、あなたが一番影響されるでしょう。その様子じゃ、平気そうね」

葉月が平気そうなのを確認すると、そのまま歩いていく。

「それにしても、ここにはバグはいないんですかね?」

郁弥の言うとおり、境内の中には1匹もバグはいなかった。

しかし、代わりにもう一つ反応があった。

「バグとはいえ、ここは神の領域。土足で踏み荒らしてよいところではありませんよ」

「三日月…」

建物に入るための扉の前に、いつもと変わらない姿で神奈のエネミーである三日月が立っていた。

「やはりいましたか…」

玲香はため息混じりに三日月を見た。もう一つの反応は、神奈の端末の反応だった。

昨日からずっと神奈の端末の反応があり、動くことはなかった。端末だけが奪われ避難している可能性が大きいと思われていたが、避難所にいなかった。

その時から既に可能性は2つだけだった。ひとつは、端末を奪われ、玲香や葉月たちと同じくエネミーに襲われた。もう一つが、エネミーやバグを表世界に放り出している張本人か。

ここにまともな姿でいるということは、つまり後者ということだ。

「どうしてこんなことを…!」

郁弥が三日月に問いかければ、三日月はたった一言だけ

「復讐」

そう答えた。

「復讐?」

「何も分からない、理解しない奴らへの復讐」

「…それって、和美ちゃんの?」

その名前に聞き覚えがあった。神奈や郁弥と昔仲が良かったという、テイマーのはずだ。

郁弥はポケットからその亀を取り出し、三日月に見えるように掲げた。

「神奈ちゃんのエネミーなら、これも知ってるよね?和美ちゃんの大切にしてたお守り」

「…私はただテイマーの願いを叶えるだけですよ」

「やる気か」

ベリアルが楽しげに剣を構え、三日月も鎖を構えた。

そんな一触即発の空気の中、この場で唯一、武器を何も持たない男が声を上げた。

「そんなの、わかるわけないだろ!復讐とかいう前に、もっとお互いに知ろうとしろよ!」

「睦月…?」

睦月の言葉に、その場にいた全員が何事かと睦月を見つめ、睦月はただ三日月を睨むように見た。

「多分、神奈と俺は似てる。だから、ハッキリ言ってやる!テイマーの素質が高いとか、そんなこと言われたって、わかるか!!生まれてからずっと姉貴といるけど、理解なんて全くできねぇよ!」

全力で否定された姉である葉月は、頬を膨らませて宗兵衛に小声で愚痴をこぼしていたが、片手間になだめられるだけだった。

三日月は、しばらく何も言わずただ立っていた。

「!玲香」

周りにはバグのような黒いモヤが生まれ始めていた。

「とにかく中に」

「行ったところで、挟み撃ちですよ。さぁ、今のうちに逃げたらどうですか?」

三日月を倒し、建物に入ったところで、強大なバグが奥に控えていることは確かだ。

この発生しているバグが中に入ってきては、逃げ場もなくなる。

「玲香さん。僕、神奈ちゃんのこと、止めてきます」

「説得に応じるとは思いませんが」

「所詮は親玉を倒せばいい話だ。よいではないか」

「ここは二手に分かれるのが良い方法では?」

「…そうね」

玲香が葉月に目を向けた時、肩に手が乗せられた。

「お嬢様。一緒に居残りしよ?」

「はい?わ、私と葉月が外!?」

「だって睦月は戦えないし?」

「う゛…」

先程の仕返しとばかりに、ニヤニヤと睦月に向かっていう葉月に何も言い返せないでいたが、玲香も表情を引き締めると頷いた。

「確かに、説得するにしろ、睦月は必要不可欠…ね」

きっと同じなのだ。睦月と神奈は。テイマーとして、素質が開花しにくかったことも、憧れも。違ったのは、周りのテイマーだけだ。

「ガンバレー!男の子!」

「言われなくても!」

「はい!」

2人が扉に向かって走ると、三日月は鎖を飛ばしてきたが、ベリアルがそれを弾き、すれ違いざまに致命傷を負わせると、3人は扉を開けると中に飛び込んだ。

そして、振り返ったときにはその扉は真っ黒に染まっていた。

「さて、これで私が死ぬまで隔離出来るわけだねーちゃんと守ってよ?宗兵衛」

社は全て黒い箱に包まれていた。

「無論だ。だが…ワザと通したのか?」

宗兵衛は刀を抜きながら、消えかけている三日月に問いかけたが、返事はなく、ただ静かに笑っていた。

「玲香。前とは違います。貴方が思うがままに」

「えぇ。今度こそ…」

「さぁ、参りましょう」

この夏、最後の戦いが始まった。


社の中へ入った睦月と郁弥、ベリアルは、禍々しい気配のする方へ進んでいた。

「先輩…あの、さっきのは」

郁弥が聞き辛そうに聞けば、睦月はその視線から逃れるように目を泳がせるが、困ったように笑った。

「郁弥から聞いただけだけどさ、なんか似てるような気がしたんだ。身近にテイマーがいて、自分はその力がないって、そういう状況が」

葉月の場合、テイマーなんてそんなもののことを知らなかったから、いつの間にかいなくなってしまい、その理由すらはっきりせず、ただ周りを不気味がらせ、睦月をいらつかせていただけだった。

きっと、ほかのテイマーだって周りがテイマーということを知らなければ、同じ状況だったはずだ。

睦月と神奈はそんなテイマーが近くにいたという意味で、似ていた。だが、決定的に違うものがあった。

「俺は、姉貴のこと、自分がテイマーになるまで全く理解できなかったし、嫌でも姉弟って諦めてたんだ」

「だから?」

その冷たい声は神奈のものだった。

札が剥がれた開け放たれた扉の前で、3人を睨みつけていた。

「わからなかったから和美にしたこと、全部許してとでも言いたいわけ?」

「違う!わかるように教えてくれんきゃ、わからな――」

「結局、嘘つき呼ばわりするじゃない!」

遮られた言葉に睦月は言葉を詰まらせた。

どんなに必死に伝えても、理解できなければ1人の言葉など、簡単に消されてしまうことを。昔、自らがやっていたことだ。

「だから、これで身をもって教えて、それで和美と同じ目に合えばいい!!」

「和美ちゃんはそんなこと思ってなかったはずだよ!」

郁弥の言葉に、神奈は郁弥を睨む付けた。

「そんなのわかってる!だから、何?これはアタシの復讐…アタシの勝手な復讐よ!!あんたみたいに、はい、そうですか。なんてできないわよ!!」

顔を上げた神奈の目には涙がたまっていた。

「頑張ってた和美だけがひどい目にあって…!!それで、どうして、あいつらが――!!!」

感情を抑えられなくなった神奈が泣き叫ぶ。

その時、後ろの部屋から、大きな白と黒の女のようなエネミーが現れ、口元を歪め、神奈に近づく。

「ふむ…あいつが親玉だな」

ベリアルが当たり前のことを当たり前のように言う。そして、そのエネミーは神奈を包み込んだ。

「神奈ちゃん…!」

「復讐…そう。復讐よ。誰かのために頑張ってた和美を裏切ったあいつらに、希望も、幸せもくれてやるか…!!

 アタシの心はあのときから復讐しか考えてなかった!」

その言葉には憎悪しか含まれていなかった。涙は溢れることなく、神奈はただ恨みを込めた視線を郁弥たちに送る。

「救えたのに救わなかった、あんたたちも同罪」

ベリアルが構えたが、郁弥はそれを止めると前に出て聞いた。

「じゃあ、どうして三日月が神奈ちゃんのところにいるの?」

エネミーは、テイマーの才能、そして、夢や希望といった感情が集まってできたもの。

憎しみしかないという神奈の元にエネミーが現れる訳がない。

「あいつは…ただの…道具よ」

その時、何かが壊れた音が聞こえた。

「そう。私は、復讐のために生きてるんだ」

その言葉と共に、女のエネミーは口元を大きく歪ませた。

その表情を最後に睦月たちの意識は暗闇に落ちていった。


目を覚ませば、のどかな光景だった。小学校だろうか。長い黒髪の少女と、茶髪のショートの少女が話していた。

「怪我してない?大丈夫?」

「大丈夫だよ。ほら!神奈がくれたお守りもあるし」

それは五円の周りを糸で編んで作られた亀のキーホルダーだった。

「私もそっちに行ければ手伝えるのに…」

「そんなことないよ!神奈ちゃんが待っててくれるって思うと、がんばれるもん!」

「でも…郁弥みたいに才能の欠片もないのに」

「まーたっ!ネガティブになってるよ」

「や、やめてって!」

じゃれ合う2人は、そんな穏やかな時を過ごしていたのだが、ある日、茶髪の少女が男子の集団に呼ばれると、電波だのおかしな子だの、悪口を言われ、それは日に日にエスカレートしていった。

「大丈夫だって!和美には幽霊のお友達ばいっぱいいるらしいからよ!」

そんな心無い言葉に、黒髪の少女は怒鳴るが、それがなおさら彼らの行為をエスカレートさせていった。

そして、少年に言いづらそうにあることを告げられた。

「和美ちゃん…向こうで…」

それは、自分のエネミーに襲われて死んだという話だった。

「どうしてっ…!!なんで!あいつらじゃなくて和美なの!?あいつらなんて――!!!」

叫ぶ少女が聞いた言葉は、彼女が昔から望んでいた力であり、復讐するために必要なものだった。

睦月は始めて見たその場面に、はっきりと理解した。


やはり、自分と同じだ。


違うのは、その願いがどちらに向いたのか。そして、身近にいたテイマーの少女の強さ。

睦月の最も近くにいる少女ならば、言い返すことなどいつものことだ。そんな強さはきっとテイマーだから、そしてバトルゲームで憧れたテイマーの姿。

要はそれだけの違いであり、それが決定的に違った。

「っ!?」

神奈はその光に目を細める。

「何…?」

随分と久しぶりに見た気がする。透き通った青い髪を持つ少女は、睦月を見ると

「ここが、小さな希望。そして、多くの絶望との狭間」

壊す?と続けられた言葉に、睦月は力強く首を横に振った。自分と似た願いを持っている少女を本当の意味で救いたいと思った。

「手伝いたいと思ったその心は本当なんだ。だから…!俺は、そそのかしたあいつを許さない!!」

睦月の言葉に答えるように、ホムラの体から炎が溢れ出し、暗闇を焼き付くし、青い髪は紅く染まる。

小さな手を伸ばせば銃が現れ、前とは比べ物にならない炎が女のエネミーを焼く。

「やだ…やめて…!」

その炎が神奈に届く前に、神奈の腕は引かれ、2人はバランスを大きく崩しながら床に倒れこんだ。

「郁弥…?」

「だ、大丈夫?神奈ちゃん」

慌てて郁弥の上から降りれば、背中が痛むのかさすりながら郁弥が起き上がる。

「僕だってもう嫌だよ。友達がいなくなるなんて」

エネミーは黒こげになり、炭になって崩れる体で神奈の方を見た。

体を竦ませる神奈を庇うように、郁弥が立ち上がると、ポケットからそれが床に落ちた。

「目標の生命反応微弱。攻撃続行します」

ホムラの銃撃を受けながらも、黒い影は近づいてくる。近づくほどに、何かに侵食されていく感覚。

逃げたい。そう思っても足が動かない。

「逃げてよ…なんであんたまで…」

それを手に取り、大事そうにそれを抱きしめる。

「逃げない!僕も和美ちゃんも、世界を救うためになんて言ってたけど、そんなの無理だったんだよ!僕たちはただ…

 3人でまた一緒に遊ぶために戦ってただけなんだ!」

郁弥のその叫びに神奈は、その抱きしめた亀のキーホルダーを見つめた。

「復讐とかそんなめんどくさいことじゃないだろ!神奈がやりたかったことは!」

睦月の言葉に、それを握りしめると、黒いそれに、恐怖に負けないくらいの大声で言い返した。

「うるさい!!わかってるわよ!そんなこと!!あんたに言われなくたって!」

その蠢く黒いそれを見据えながら、言う。

「和美たちと一緒がよかった!それだけよ!!だから、だから!とっとと消えろ!!このバケモノ!!」

そう叫んだ瞬間に、黒いそれは、目の前から消え、代わりに現れた同じく黒いそいつは、呆れたように腰に手を立てた。

「いつもギリギリになってから呼ぶ癖、まだ治りませんね…」

三日月は、少しだけ嬉しそうに笑った。


バグが消え、境内に寝転んだ葉月の視界に、呆れ顔の宗兵衛が現れた。

「汚れるぞ」

「もう汚れてるって…」

空は相変わらず暗い。だが、先程までの禍々しさはない。

「魂礼祭、できるんじゃない?」

「貴方って人は…でも、確かに無理ではなさそうですわね」

「お嬢様?」

起き上がると、やはり少し汚れている玲香がいた。隣にはいつも通りのメイド姿のフィオナ。

「あれ?いつも通りの姿なの?」

「あなたこそ」

「だって疲れるんだもん」

晴れ渡ることはない空に、笑い声が響いた。


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