17
私がまだ7歳の時だ。当時のナンバーワンテイマーであった兄である嶺哉について、神社に来ていた。その暗い神社に、たった1人でポツリと立っている同じくらいの少女がいた。
「君は?」
「佐倉、葉月」
「葉月ちゃん?君は、どうしてここに…」
「知らない。気がついたらいた」
「…そっか。怖かったよね?もう大丈夫だよ」
「別に怖くないよ?そーべーいるし」
「そーべー?」
その時、通った風は葉月の元に降りるとフィオナを見て驚いていた。フィオナも同じように驚いていた。
「…知り合い、みたいだな」
「はい」
「ウィーリングか…悪いことは言わない。ここから離れるべきだ」
「そうはいかない。私はここでやることがある。貴方は、どうやらここの状態について知っているようですが」
「ここにきてわからないようなら、なおさら行くべきではない」
「…わかっているからこそ、ここで食い止めなければ被害が出てしまう。そうだ、妹を頼んでもよろしいですか?」
その猫は私をじっと見ていた。後ろにいる葉月は、宗兵衛の袖をそっとつかんでいた。何か怯えるように、私を見ていた。だから、私はウィーリングとして、当たり前のように葉月の前に行くと
「私は玲香・C・ウィーリングですわ」
「…外人?」
「これでも一応、日本人ですわ。少し、西洋の血も混じってますが。貴方は、葉月というんでしょう?」
「うん…」
頷く葉月を満足気に見ていれば
「玲香、彼にちゃんとついて行くんだ」
「…え?お兄様は」
「俺はやることがあるんだ。しっかりやるんだよ」
それは今考えれば遺言に近いものだった。でも、私は気づかずに素直に頷いた。
しばらくたってから、フィオナだけが帰ってきて、お兄様の死を告げられ、次期頭首となることを告げられた。もう何もかもが遅かった。嫌だと手を伸ばしても、お兄様は消えてしまった。
穢れてしまった聖遺物を浄化するため。たった1人で、もっとも優れていたテイマーが。
「私いかなくていいんですか?」
「怪我ひどいんだから、ちゃんと休んで。それに、玲香ちゃんたちも心配だし」
翌日、情報を集めるため、別々に行動することになったのだが、怪我人である葉月とエネミーが現在いない睦月と玲香は屋敷に残ることになった。
葉月は睦月の部屋を覗くが、まだ寝ているらしい。
「そっとしておいてやれ」
「…うん」
宗兵衛にそう諭され、静かに部屋の外に出た。
「葉月?」
「玲香、どこに行ったんだろ」
部屋にはいなかった。食堂にも、応接室にもいなかった。疲れたように応接室の椅子に座ると、宗兵衛も隣に座った。
「大丈夫か?」
「へーきだってば」
「嶺哉さんは、失敗したってことなの?」
「…いや、そうは考えにくいな」
「じゃあ、なんで」
その疑問は、美優も持っていた。昔の事件の時はまだテイマーではなかったが、伊勢から話を聞いてはいた。
「伊勢さんがいうには、前とは状況が違うらしいの」
「そうなんですか?」
「エネミーがこちらに来たことですか?」
「そう。テイマーがいなければ…というよりも、端末がないとこっちにくることはできないはずなの」
「でも、実際来てますよね?」
「…」
「とにかく、伊勢さんと合流しないと」
今、伊勢たちは国民にこの状況をどう説明するかということに、追われていた。別次元として、娯楽としてみていたエネミーが実際に襲いかかってくるなど、どう説明されたところで、まともに聞き入れる人はそうはいないだろう。下手すれば、テイマーが批判を浴びてしまう。それは避けなければならなかった。この状況を解決できる可能性があるのは、テイマーだけなのだから。
葉月は一度深呼吸をすると、携帯を取り出した。
「葉月?」
「…あ、安倍さん?どーも。…やっぱり知ってるんですね。…はい。それで、聞きたいことがあって…はい」
そのあとは、しばらく電話の向こうの声が続いた。葉月はしっかりと聞き終えると
「…それだけなんですね。わかりました。ありがとうございます」
そういって、電話を切った。その内容を察したのか、宗兵衛が驚いた表情で葉月を見ていた。
「お前、まさか…!」
「私がなんとかできるなら、やるよ。」
震える手をそっと包み込めば
「お前は、もう1人ではない」
玲香は庭にいた。いつもなら後ろにいるフィオナは、今はいない。
「私は、ふさわしくない…」
当主の指輪を見ながら、そうつぶやいた時、嫌な予感といつも感じていたその気配を近くに感じた。振り返れば、フィオナがいた。ただ、いつもとは違う、冷たい眼差しを向けて。
「フィー…」
「玲香。貴方はウィーリングには、ふさわしくない。弱い人間」
正しい言葉だった。本来ならば、当主になるはずもない人間だったのだ。ふさわしくない当主が、仕えていたはずの使用人に殺される。それは仕方ないように思えた。ナイフを構えたフィオナは、近づくと玲香に向かってそれを振り下ろした。
「!」
それが玲香に届く瞬間、フィオナは飛び退いた。
「どうして、私を…!」
そこに立っていたのは、宗兵衛と葉月だった。
「なんでって、私の最初の友達だから!」
「――っ!」
あの神社で初めて会った時、嶺哉が行ってしまったあと、葉月に手を差し出し
『あなたとお友達になってあげるわ』
『私、ルール破るよ?いいの?』
『ルール?』
『隠れんぼでいつも途中で抜けちゃうの』
『…それは、バグのせいでしょ?それに、もしあなたが、葉月が隠れても必ず私が見つけてあげるわ』
それは、ウィーリングとして正しくあろうとした結果で、葉月への同情に近かった。だが、初めてのその手のぬくもりは忘れることはなかった。
「同情ですよ。友人のいなかったあなたへの」
「それでもいいよ。別に」
はっきりと言い切った葉月は、笑顔で言った。
「私を友達だって認めてくれたのは、玲香が最初だったの。友達だから守る。それだけ」
有無を言わせないその声色に、フィオナも眉をひそめた。
『ウィーリングは、良いテイマーの象徴なんだ。誰よりも強く、正しくあらねばならない。それに、命をかけてでも人を守らないといけないこともあるかもしれない。
でも、俺はそれでも後悔はしないと思う』
『お兄様が死ぬなんてイヤ!!』
『あぁ…もちろん、俺は死なないよ。例えばの話だ』
『…』
『当主として、知らない誰かのために命をかける必要があるかもしれない。でも、それは結果として、玲香を助けると信じているから、命だってかけられる。でも、玲香は当主じゃないんだ。だから、命をかけてもいいとものを探すんだ。ゆっくりと時間をかけてでも』
いつか交わした会話。
「そう、でした…」
「!!!」
フィオナは何かに驚くと、ナイフを構え玲香との距離を詰める。
「くっ…!」
宗兵衛がギリギリでそれを止めた。だが、先程のようなにらみ合いではなく、受け流すようにそのまま玲香の喉元に迫る。だが、それが触れる直前2人は光に包まれた。
「忘れていました。ウィーリング家は、テイマーの象徴であり、頂点の存在」
「貴方は頂点にふさわしくない」
「えぇ。そうね。だから、お兄様や葉月に嫉妬して、フィーにまでそんな姿をさせてしまった…ごめんなさい。
でも、私はウィーリング家の当主!いつまでも、嫉妬し続けはしない!あなたたちを越える!」
そっと手に触れるものがあった。
「では、貴方のその望みへ、私は導きましょう」
いつものメイド服ではない、神々しい服を身にまとったフィオナは柔らかく微笑んだ。
光が収まると、フィオナはいつものようにメイド服を着ていた。
「あ、戻った」
「先程までは失礼いたしました」
「…私もごめんなさい。当主だというのに…」
「別に当主なんていいんじゃないの?」
「象徴というものはどんなものにも必要なのよ。だから、ウィーリングの名にかけて、この事件を収めるわ。葉月たちを守ることにも繋がるんですものね」
頬を微かに染めて、別の場所を見る玲香にニヤニヤと笑いながら
「顔赤いよー?」
「う、うるさいわよ!伊勢さんたちに連絡して、状況を整理しますわよ」
「はーい。私も、協力するね」
その葉月の表情を見たのは、きっと宗兵衛だけだったのだろう。
睦月は、先程の光景を窓からずっと見ていた。
「…俺は」
自分のエネミーすら救えない。その時、携帯が鳴った。ディスプレイには、日野琉美の文字。
「もしもし」
『ちょっと!?大丈夫かい!?』
「…あぁ。大丈夫だよ。玲香さんがいるんだから…」
『そうじゃないよ!アンタ、エネミーが消えたって!』
「俺にはみんなみたいに力がないから、仕方ないんだ」
当たり前のように出てきた言葉に、電話の向こうで琉美が息をのんだのが分かった。しばらく、無言が続き、そして聞こえてきたくすぶったような小さな言葉。
『今のあんたなら、アタシは引き分けになんかにならなかったね』
そして、その声は怒りに満ちたものに変わった。
『力がないってなんだ!あんたは、武器を持っていたアタシに引き分けたんだよ!?』
「それは…」
『アタシが弱かったって言いたい!?』
「違う!強かったよ…あの時はたまたま」
『たまたま…ねぇ、アタシの先輩が言ってるんだ。運も実力のうちだって。少なくとも、その幸運をつかむために信じて、前を向くしかないんだって。前のアンタは信じてたから、幸運をつかんだ…でも、今のアンタはどうなんだよ!?引きこもってるだけで!うじうじ悩んで!
誰かに頼って!全部丸投げで任せるんだね!!それじゃあ、なんでアンタはテイマーになんてなったんだよ!?』
「…」
『ホムラが帰ってきても、そんな顔じゃ見せらんないね』
その予想外の言葉に、顔を上げた。
「今なんて言った!?」
自分でも驚くほどの大きさの声が出た。琉美も驚いたらしく、困ったように答えた。
『え…ホムラが帰ってきてもそんな顔見せられないね…?』
「ホムラが帰ってくる可能性があるの!?」
『あ、あぁ。あるよ。死んだはずのエネミーが生き返ったって話は聞いたことあるからね』
「どうやって!?」
『し、知らないよ!そういうのは、そっちの方が詳しいんじゃないの?』
「玲香さん…わかった。聞いてみる」
『え、あ、う、うん……それだよ。やっぱ、ライバルってのはこうじゃないとね』
向こうで、琉美が笑ったのが分かった。ふと先程までのことを思い出すと、すごく迷惑をかけていた気がした。
「ご、ごめん…なんか色々」
『いいよいいよ!そういえば、高二になったら、修学旅行でくるんだろ?その時、2人共案内してやるから、ちゃんとくるんだよ』
「…うん!ありがとう」
その言葉には確かな力があった。




