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夏も後半に差し掛かってきた頃、伊勢は映し出される画面を見て、ため息をついた。
テイマーの協力のおかげで、八割方の調べは済んだ。残っている箇所の中で、ある一点だけをじっと見ていた。
「この調子だと、この線はハズレですかね?他の可能性も考える必要がありそうですね」
部下の1人が、同じく地図を見ながらそうつぶやいた。
「伊勢さん?」
「…あの場所を調べてないなんて…いえ、調べられないのかしら?」
「どうかしたんですか?」
「あの神社」
指さした神社は、大きな神社だ。分社ではない、聖遺物だって置いてあるだろう。
「えっと…三峰神社、ですか?」
「えぇ。あそこは前に聖遺物が汚染されていて、浄化したの。ウィーリングの当主が命をかけて…ね」
「え…ウィーリングの当主って、確か玲香さんじゃ」
「彼女は長女、長男がいたのよ。私の1つ下でね」
「ということは、伊勢さんもその現場に居合わせたってことですか?」
「私はいなかったわ。あいつが勝手に行って、それで死んだって報告だけ受けたわ。
でも、フィオナの話じゃ、浄化するかわりに死んだそうよ。確か、雷に貫かれたって話よ」
あまりにも淡々と離す伊勢に、さすがに何も思わないのかと思ったが、その目が睨むようにその神社を見ていて、何も言えなくなった。
葉月は袋から揚げ餅を取り出すと、それをかじりながらそのチラシを見ていた。
≪ 8月31日! 魂礼祭!! ≫
関東で最も大きく、夏祭りの最後を飾る祭りだ。とはいえ、一度も来たことはなかった。
「お嬢様、遅いなぁ…」
昨日、玲香に呼び出され来たのだが、肝心な玲香がこない。本来、今日も神奈と共に回らなければならないのだが、さすがに玲香からの呼び出しということで、神奈は休んでいいということになった。
もう一つ取り出した口に入れたタイミングで、待っていた声が聞こえた。
「相変わらず、のんびりしてるわね」
「食べる?」
最初こそ微妙な顔をしたが袋をゆすって、食べることを促せば、やっとひとつ摘んで食べた。
「あら、おいしい」
「だろ?」
「意外ですわね…ただ揚げただけなのに」
「ただ揚げただけって言うな!塩も醤油もかかってるから!全く、お嬢様はもっと手の込んだオヤツですか?そうなんですよね?
マカロンとかケーキですか!ずるいですね!!」
「いえ、さすがに毎日ケーキ…というわけではないですが、ティータイムにはマカロンやクッキーをいただいてますわ」
「…」
これ以上言い返したところで、虚しくなるのは葉月だ。
「それより、今日はどうしたの?」
「…気づいていないの?」
「?」
首をかしげる葉月に、本当に気づいていないのかとため息をついた玲香だが、その目はひどく悲しげだった。そして、ゆっくりといった。
「ここは…あの聖遺物がある場所よ」
その言葉にようやく合点がいったのか、周りを見渡し納得した顔をしたあと、また眉をひそめた。
「嶺哉さんが浄化したんじゃないの?」
「…その、はずよ」
2人が初めて出会った場所。そして、当時はもう1人いた。
「とにかく、確認のために中にはいるわよ。もう許可は貰ったから」
その手に握られた鍵はおそらく神主から借りたのだろう。玲香は、本殿に向かい、葉月も慌てて追いかけた。
「貴方は知らないでしょうけど、今の状況は、前の時とよく似てるのよ」
さすがの葉月もそれがいつを指すのかは冊子がついていた。
「だったら、宗兵衛とか呼んだほうがいいんじゃないの?」
宗兵衛もフィオナも近くに入るが、ここにはいない。周辺の様子を見ている。
「貴方がここにいるのだから、ここは違うのでしょう?」
「そ、それはそうかもしれないけど…」
葉月がこうした普通に表側にいることができるのだから、バグはいない。そう考えるのは当たり前のことではある。ただどうしても不安は拭えなかった。
こういう時の第六感は嫌なほどよく当たる。だが、何かに責め立てられるような様子の玲香は、そのまま目的の部屋についた。
大きな南京錠に封印の札。物々しい雰囲気に普通の人ならば、開けるのをやめるだろうが、玲香は一度深呼吸をすると、鍵を開けた。
同時に、もうずいぶんと慣れた何かがズレる感覚。
「玲香…!」
普段と違うのは、全身の毛が逆立つほどの悪寒が襲ってきたところだった。何かを考える前に、玲香の腕をつかむと、その場から逃げ出した。本能的な恐怖に近いそれ。
他とは違い神社の境内に壊れたものはないが、得体のしれない何かが境内を覆い尽くしていた。
「バグがいないのに…?」
振り返った玲香は、その場に何もいないことをしっかりと確認し、足を止めた。自然と腕をつかんでいた葉月の足も止まる。
「なにしてるの!?」
「葉月?」
呼吸も乱れ、怒鳴る姿は普段の姿からは想像できない様子だった。
「こんなところにいたらみんな死んじゃうよ!!」
自分以上にこういった環境の影響を受けやすい体質だからこそ、この空間に当てられたのかもしれない。
そう考えたら、状況を整理するよりも先に葉月を落ち着かせてこの場所から遠ざける方が先だと、混乱した頭がようやく落ち着きを取り戻してきた。
「私は死にたくない!!嫌だよ!?い――」
「落ち着いて。葉月。慌てて階段を降りたら、落ちてしまうわ。ね?」
できる限り優しく声をかけ、手をとれば、落ち着いてきたのか力が抜けていく。階段を降りる途中、本殿に振り返れば、何か黒いモヤが湧き出していた。
「ここまでくれば大丈夫ね。葉月も落ち着いたかしら?」
階段を降りて、少し歩いたところのバス停のベンチに座っていた葉月は、ずいぶんと落ち着いたもので頷いていた。
「ごめーん。お嬢様」
「構わないわ。それより…」
バグに位置を知られないためと単純にうるさかったという理由が半々できられたサイレンが、先程から鳴りっぱなしだった。端末を見る限り、バグが異常発生しているおかげで、どれが危険度が高いのかわからない状態だった。
「…これ、全部だったどうしよっか?」
「縁起でもないわね」
幸いこの辺にバグの影はない。葉月のこともあり、フィオナと宗兵衛に来てもらうかしようと連絡を取ろうとしたが、なかなか連絡が取れないでいた。
視界の隅で、自分を守るように腕を掴んでいた葉月は突然立ち上がると
「宗兵衛…!?」
「どうしたの?」
「嫌な感じ…感じない?」
確かに胸の奥がざわつくような感覚はあった。これが、自分のエネミーの危機を知らせているのかもしれない。
確かめる手段は、実際にエネミーの元に駆けつけるしかない。
「葉月、もう大丈夫なの?」
「うん。平気。心配かけてごめん」
「あなたの謝罪はいつも誠意がこもってないわ」
「え゛…ホントに思ってるよ!?」
「あなたらしくていいけど…それなら、お互い宗兵衛たちに会えたら連絡を取りましょう」
「はーい」
2人はバグに注意しながら、それぞれのエネミーの元へ急いだ。
同時刻、睦月たちは裏世界にいた。目の前にいるバグを倒し終えると、その端末に映るバグの多さに2人は顔を見合わせていた。
「こ、こんなに…!?」
「どういうことだよ!?これ」
「と、とにかく連絡を取らないと…!!」
郁弥が端末を操作するが、誰ともつながらない。近くにいる端末の反応も全てバグの近くにある。
「みんな戦ってるんだ…僕も何かしないと…」
郁弥の言葉に睦月ももう一度画面を見ると、バグの反応が近づいていた。姿が見えるのと、2人のエネミーが動くのは同時だった。
金属音と銃声が響く。
「どうやら、単細胞ではない奴もいるようだ」
「私たちを狙ってる」
「そのようだな」
目的がわかると、ホムラは睦月から離れ、ベリアルは剣を構えると
「なかなかの手練だな。楽しめそうだ。郁弥、俺の楽しみの邪魔をするなよ?」
郁弥のことなど気にせず、敵に突っ込んでいった。




