01
「睦月選手、ナンバーワン・テイマーに決定いたしましたァ!!!」
舞い散る紙吹雪、知ってる顔も知らない顔も俺を見て、嬉しそうにおめでとー!!と言ってくれる。
俺はその声援に手を振りありがとうと返した。
「感想をいただけますか?」
俺はただがむしゃらに頑張っただけだと答えた。エネミーと共に、とそういって自分のエネミーへ目を向けたが、そこには何もいない。
辺りを見渡そうとしたところで、現実に引き戻す無情なアラーム音。
「最悪だ…」
目覚ましを止めながら、先程の夢を思い出してはそれを消すように頭を横に振る。
テイマーとは自分のエネミーを持つ人たちのことだ。ただテイマーになれるのは、極一部の特別な才能を持つ人であり、その人たちは、とある特殊なスポーツの選手になることができる。
これほどはっきりと他人と違った才能を持つテイマーは、人々から憧れとなっていることが多い。
そして、この俺もテイマーに憧れはある。というよりも、子供の時にその特殊なスポーツ、『バトルゲーム』と呼ばれる、テイマーにしかできない、別次元で行われるサバイバルゲームをみたら、虜になってしまうものだ。小さな時に姉と真似事をしたことがあるほどだ。
「…」
知り合いにテイマーが1人いるが、あいつは少し他のテイマーとは違う気がする。テイマーっていうのはもっと、こう…真面目な気がする。
自堕落を具現化したようなあいつとは違う気がした。
「おはよう。アンタ、相変わらずギリギリだね」
母さんが俺の起きる時間について文句を言っているが、正直言って起きてすぐに飯食っていけるならいいじゃないかと思う。
そこで、寝癖がところどころ立っていて、邪魔なのか前髪を無造作にピンで止め、今にも死にそうな顔で朝食を取っている姉、葉月は俺よりも20分は早く起きてるというのに、朝食を食えないタイプらしく、この時間から俺が食っても姉貴より早く食い終わる。
その昔、朝食を食べられないからといって、おかずだけや主食だけといった方法を取ったときがあるが、見事に両親の反感を買い今は大人しく朝から姉にとっての苦行をこなしている。
飯食ってるだけなのにあの絶望感…なかなか出せるもんじゃない。
さすがに、こんな相手に声をかける元気は俺にはないので、黙って食い終える。
「ごちそうさま!」
いつも通りの登校時間で、友だちと途中で合流し歩いていけば、校門のところにザ・メイドって女の子がいた。
「おい。あれって…」
有名なメイドだ。俺も実物は見るのは初めてだが、モニター越しになら何度も見たことがある。
現在のナンバーワン・テイマーである、玲香・C・ウィーリングのエネミーだ。
「お前の姉ちゃん待ってんじゃねぇの?」
「多分…」
テイマーはその特殊な才能から、超がつく有名な学校から推薦がくる。しかも、学費などの勉学に掛かる金額は免除、生活が大変な人には補助金まで出るという破格な対応。
そのため、テイマーは基本的に俺たち、普通の公立学校に通っている生徒とは違い、私立学校に通っている生徒がほとんどだ。
しかし、姉貴はすごく珍しいタイプで、ごくごく一般的な公立学校にいたテイマーで、テイマーの素質があることは気づいていたらしいが、めんどくさいことには参加したくない精神の元、入学するまで黙っていた。だが、入学後の検査ですぐに発覚してしまった。
当時の姉貴は『普通の学校でテイマーの検査あるとか馬鹿じゃねぇの!?』と見事な逆切れしていた。
もちろん、その後、編入をしないかと勧誘してくる学校もあったが、丁重にお断りしておいたそうだ。
「…」
姉貴に素質があるなら、俺にも…と何度も思ってるが、人生は中々うまくいかないものだ。
葉月はそのメイドに気がつくと、何もみなかったフリをした。
「葉月様」
「…なにさ。連絡なんて電話でも入れればいいじゃん」
「忠告に参りました」
「はぁ…」
「あまり関東地方テイマーとして恥を晒すようでしたら、次の演習で、直々に私たちが倒しにかかりますと」
それだけ言い終えると、メイドは消えた。実体化を解いたのだろう。
はぁ…とまたため息をつくと、携帯とは別の端末を開く。テイマーには特別に配給される『C.W.T』と呼ばれる端末だ。電源が入ると、画面から長いマントを羽織った小さな猫又が現れ、葉月の肩に乗る。
「やれやれ…血の気の多い奴らだな」
「本当に…別にお嬢様が1位ならいいじゃない。ねぇ?」
「いや、そこは同意しかねるが…」
猫又は、呆れたようにため息をついた。
午前の授業は、というよりも全ての授業において居眠りをしている葉月は毎度のごとく、器用にペンを持ったまま眠っていた。
時折、風が強く吹き、カーテンが窓際の葉月と同じように寝ていた生徒にぶつかる。
「ったく…」
今だに夏とは言えないおかげで、エアコンは使えない。そのせいで、窓を開けるしかないのだが、カーテンが邪魔で葉月と同じように居眠りをしていた男子生徒はめんどくさそうに、起き上がると窓を閉めた。数分後、内側の生徒に文句を言われ、また開けることになる。
結局、徐々に絶え間なく吹き始めた強風のせいで男子生徒の睡眠時間は削られていく。
そんなこと、廊下側の真ん中が最高だと豪語する葉月には関係ないことで、ちょうどいい睡眠時間になっていた。
ガクンッ
突然、何かがずれる感覚。決して、眠りこけて倒れかけたわけではない。
おかげで、葉月の脳内は既に覚醒していたが、目を開けたら負けな気がした。
「って…ダメか」
数秒間は葛藤したが、さすがにダメだろうと、ため息混じりに目を開ければ、やはり教室が廃れていた。座っている椅子も錆び付いている。窓の外も日の当たることのない暗い世界。
この世界のことはよく知っているし、このようなことが起きるのも久々だがなかったわけではない。
端末を取り出し、連絡をつけようと思った時
「無事みたいだな」
「あ、ヤッホー」
「ヤッホーではない」
呼ぶ前に現れた猫又は、その葉月のマイペース振りにため息をついた。
「にしても、さすがに久々だったからビビッたよ」
「驚いたのなら、すぐに起きてほしいものだがな」
「う゛…それはーそのぉ…ごめんなさい。今度からはそうします」
一瞬だが、本気で目が据わった猫又に即行で謝った葉月は、立ち上がると伸びた。
「んじゃあ、やりますかぁ…!お嬢様にも釘刺されたわけだし」
「そうだな。奴は校庭だ」
「校庭ね…」
校庭の見える窓際に歩きながら、やはりぼやくのは今の状況。
「なんでうちの学校なんだよ」
「運が悪かっただけだ」
校庭にいる黒い生き物のような固まり、これを葉月たちはバグと呼んでいる。
「だが、早く倒さなければ、現実の学校すらも壊れるぞ」
既にボロボロの学校を見て、思ったことは
「実際にこんなことになったら休みになるよね」
「…」
「ごめんなさい!ごめんなさい!!怒らないで!」
本気で睨まれたのでもうやめよう。真面目にやろうと、心に決めた葉月が窓から身を乗り出し、校庭で竜巻のようなものを起こしているバグを見つけた。
「…ぇ?」
「あれは…」
「うっそぉ…」
その竜巻の中、つまりバグの目の前で腰を抜かして座り込んでいる弟、睦月を見つけた。
時は数分前。体育の授業に出ていた睦月は、風が強いなぁ…など当たり前のことを考えていた程度だった。
だが、めまいのような感覚がした次の瞬間には、景色が変わっていた。明るかったのが突然夜になったように暗くなったのだ。空を見上げてみれば、まさしく夜だった。
「なんだこれ…」
夢でも見てるのかと、視線を前に戻したとき形容しがたいその化け物が目の前にいた。
「うわぁぁあ!?」
あまりの恐怖に足がもつれ尻餅を付いた。立ち上がることもできず、化け物はやっと睦月に気がついたのか近づいてきた。
「く、来るな!!くるなって!!」
必死に逃げようとしても、立ち上がれず腕に力も入らず後ろにも下がれなかった。
「睦月!こっちにこい!」
珍しく怒鳴っている葉月に、睦月は手を伸ばすしか出来なかった。
「姉貴っ…?」
こっちにこようとしている1人と1匹は、その竜巻に阻まれすぐには近づけないようだった。
化け物はもう目の前だった。腕らしく鎖を振りかぶると、その鎖の先についた刃が睦月に向く。
(あ…俺死ぬんだな…)
妙な達観は不思議と先程までの恐怖を和らげてくれた。口元には笑みを浮かべられるくらいだ。
その刃がスローに見えた。自分に突き刺さるその瞬間まで、よく見えるなぁ…などと考えていた時だ。
ズガンっ
轟音と共に、その鎖が消えた。何が起きたのか理解する前に、次々に爆音と共に目の前の土がえぐれ、土埃が立つ。黒い影も先程よりも小さく、ふらふらとしている。
その爆音が一度止まると、目の前に降りてくる小さな少女。
「対象を確認。排除します」
目の前に降りた透き通った青い髪を持つ少女は、腕を前に出すとそこにグレネードランチャーが現れた。
バグも蠢きながら、核となる部分だけで屋上へ飛び逃げようとしたが、少女はそれを見上げながら、バグに向かって撃った。
何が起きたのかと聞かれても、睦月には説明できない。ただ少女がバグを倒した。ただそれだけだった。
「あいつは…」
「エネミーだろうねぇ」
その様子を見ていた葉月は、睦月に近づき様子を見れば、睦月は放心して少女を見上げていた。少女は近づいてきた葉月たちに目を向ける。
「あー戦闘はしない方向で。平和に行こう。平和に」
「あなたからは、マスターと似た生体反応を検知しました」
「そりゃ、一応兄弟だし」
「一応をつけるな。一応を」
「ハハハ。で、君は?こいつのエネミー…だよね?」
頷く少女に、頭をかくと
「うん…そう…どうしよっか…これ」
猫又に声をかければ、猫又も低く唸った。なんとなくバグの逃げた方を見れば、炎がバグの壊れかけた核の影を照らしていたが、すでに消えかけている。
見た限り少女は強力なエネミーだ。
「はぁ…」
いろいろなことに頭が痛くなってきた。
目の前に迫る化け物。その刃が俺を突き刺そうとした。
「うわぁぁぁぁあああ!?」
叫び声と共に、睦月は飛び起きた。
「起きたか」
その声に顔を上げれば、見たことのある人…ではなく、猫だった。
「ぇ…?えぇ!?なんで宗兵衛がいるの!?」
「あぁ。それはな…」
子供をあやすように言う宗兵衛に、睦月も驚きながらも視界に写ったそれを見て、また声を上げた。
「なななな!?」
「とりあえず、まずは落ち着け」
「だだだって!?」
少女を見て、指を指して言葉に詰まる。宗兵衛も低く唸る。あのあと気を失った睦月を連れて表世界に戻った葉月は、至極めんどくさそうに保健室に運んだあと、宗兵衛に任せてとある場所に出かけていた。
「まぁ…なんだ。睦月、お前にもエネミーがいたらしくてな」
混乱している睦月にもわかりやすく、簡潔にまとめて教えれば、
「え…えぇ!?じゃあ、この子が俺の…エネミー?」
「もう、しゃべってもいい…?」
少女が、じっと宗兵衛を見ながら聞けば、宗兵衛は頷いた。
「あぁ。というよりも、お前たちが話すべきだろうしな」
睦月にもやっと何が起きたのか思い出してきた。バグに襲われそうになったとき、彼女に助けられたのだ。
「私は、テイマーを探してた」
「それが、俺ってこと?」
頷かれる。それに、高揚しつつも、落ち着いて自己紹介をした。
「俺は、佐倉睦月。君は?」
「ホムラ」
「ホムラか。よ、よろしく」
もちろんテイマーの素質があったことは、睦月にとっては嬉しいことだ。だが、入学時の検査ではなんともなかった。それはいいか悪いかと言われれば、睦月にとってはあまりよくはない。
「睦月?」
「なんでもないよ。それより、姉貴は?なんでいないの?」
色々と聞きたいことがあるのだが、保健室のどこにもいない。
「葉月なら、役所だ」
「役所?」
役所という言葉に、首をかしげる睦月だった。
「ただいまー」
ちょうどそのタイミングで帰ってきた葉月は、睦月が起きてるのを見ると持っていた茶封筒を投げた。
「それとっとと書いて、今日中に自分でもう一回役所行ってきて」
「おい。もう少し説明してやってもいいんじゃないか…?」
「えー…だって、わかってるでしょ?」
「いや、わかんねぇよ」
あまりのテキトウさに、宗兵衛も睦月も呆れていたが、当の本人はえー…と文句を言っていた。
ただ部が悪いと悟ったのか、仕方なくその茶封筒を指しながら
「テイマーの正規登録のための書類」
「……えぇ!?」
そんなもの投げるなよ!!っていう文句はおいといて、封筒を開けて書類を出して書き出した。
なにかとホムラはじっと睦月のことを見ていた。
「ねー睦月君」
「なに?」
「そろそろ疲れてきたから、そっちの女の子の具現化のパス私からお前に戻したいんだけど」
「え?」
なんのことかと、書類から顔を上げて葉月を見れば、葉月も驚いたまま動かない。
そんな無言の空間に、宗兵衛が全てを察したように、葉月に理由を説明するように促して、やっと気がづいたようだ。
本来エネミーは裏世界にしか存在することはできない。そのため、表世界に来るためにテイマーの力が必要であり、普通は省エネモード(葉月命名)で具現化することが多い。
省エネモードは、エネミーをそのまま小さくするので、原寸大のままよりも負荷が少ない。
どちらにしろ、エネミーを具現化するには、テイマーの意思が必要なのだ。最も、慣れや才能によっては特に意識的にやらなくてもできるようになるのだが。
だが、初心者であり、今まで意識がなかった睦月がそんなエネミーを無意識に具現化など出来るはずも無く、ホムラがここにいるのは、端末がなく、エネミーと会話ができない睦月の為に、一時的に力をホムラに力を渡している葉月のおかげだ。
正直なところ、説明を全てホムラや宗兵衛に任せるためというのもなくはないのだろうが。
宗兵衛もすでに省エネモードになり、葉月の肩に座っている。
「や、やってみる」
「んー」
他のテイマーから力を渡すのは色々とコツが必要だが、本来の契約関係であれば問題なく力の受け渡しはできるはずだ。
睦月も特に問題もなく、ホムラへの力の供給ができた。




