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カエル

作者: イナエ

恋愛小説のはずだった。

ショーケースで飼われている不細工なウシガエルを見ながら、時計が夜中の12時を指すのを待った。

ぼくは子供のころ、キスでカエルから元の素敵な王子様に戻る、児童書定番のあの話に憧れて「将来はカエルになる」と、息巻いていた。

もちろん、そんなおとぎ話みたいなことが起きるわけもなく、くだらなく実りのない日々は、坦々と過ぎていき、気がつけば明日には三十路になろうとしていた。

この歳まで恋人と言うモノができたためしはなく、異性としっかり触れ合ったのは、学生のころ行われたフォークダンスで手を繋いだくらいである。それすらも、緊張で手に大量の汗をかき、代わる代わる現れる相手の手をベトベトに犯すと言う、自分史上最高に恥ずかしい黒歴史の一つである。

散々な過去を思い出し、声にならない叫びをあげ、自分自身の頬を「バカ!バカ!」と罵りながら叩き、冷静さを取り戻した。

時間は待ってはくれない。時計の針は刻一刻と進み、短針と長針の間にいる私を今にも押しつぶそうとしている。

この針が重なり二十代の私は潰れ死に、三十路と言うどこを通っても地獄へ通じる道を歩まなくてはいけないのだ。

恥の多い人生でした。

秒針がリズムよく刻み、短針と長針を12時を刺した。

ああ、あわよくば来世ではカエルになりたい……。

12時に並んだ三本の針のうち、一番細い針が列を乱すかのように一定のリズムで横に動いた。

さようなら20代、そして、こんにちは30代。

虚ろな瞳に滲む涙を、三本の指で払った。水に触れる手が心地良い。乾ききった三十路の茶黒い肌に涙がしみ込み潤いを与えるように感じた。

男は30からとも言う。まだまだ人生を諦める訳にはいかない。きっとそのうち、カボチャの馬車に乗ったお姫様や、小人を連れたお姫様、竹筒の中に入った姫君だって現れないとも限らない。

カエルになれるなら、ミドリカエルが良い。ミントグリーンの艶やかな肌に、小さいけれど引き締まった体。そしてつぶらな瞳。この眼に見つめられて落ちない姫などいないはずだ。

妄想を膨らませていると、グウォグウォっと口から笑い声が漏れてしまった。

恥ずかしくなり、ぶつぶつ膨らんだ頭を掻いた。ベトベトした手の感触。また手に汗をかいてしまったのか、この症状は大人になってもなおらない。

手を洗いに洗面台に向う。ぷっくり膨らんだお腹が重く、足もベチャンベチャンと糊でもついてるかのように粘り付く。

洗面台についている鏡が目についた。ぼんやりと光る部屋に、175センチほど高さがあり横にどっぷり膨らんだ影。

突然の影にビクッと体を揺らしてしまったが、よく目を凝らして見ると、なんてことはない――。





――いつも見ている、ショーケースの中のウシガエルじゃないか。

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