寒い夜だから
深夜、ホテルのツインルームでオレは、人の動く気配にふと目を覚ました。
「どうした?」
テーブルのそばに、カップを持って彼女が立っている。
「ごめんなさい、起こしてしまった?」
「いいけど……何してんだ?こんな時間に」
オレはベッドを出て歩み寄った。
湯気のたつカップを包み込むように持ちながら、彼女は中身を飲み干す。
「白湯を飲んでいたの。短時間で身体が温まる効果があるから」
「寒いのか?」
確かに季節は真冬。夜間ともなると一気に気温が下がり、室内だというのに、吐息が白く視認できる。
しかし彼女は首を振って笑った。
「私の出身地は寒さが厳しかったから。それに比べると、ここははるかにマシよ」
そう呟く彼女の手にオレは触れる。
白い指先は暖かいカップを持っていても氷のように冷たい。
「ホントだ。ずいぶん冷たいな。お前、末端冷え性か?」
「何それ」
手だけでなく、身体ごと包む込むようにオレは、背後から彼女を抱きしめる。
「寒いんなら、暖めてやるぜ」
優しさから出た言葉ではあるが、含まれる下心は否めない。
当然彼女は即座に察知し、腕からするりと逃れた。
「明日は朝が早いのよ。もう寝なくちゃ」
やわらかな口調ながら明白な拒否に、オレは肩を落とす。
彼女はカップを置き、再びベッドへ戻ってゆく。
オレも残念そうに溜息をつき、自分のベッドへと戻った。
「ねえ」
ふいに、澄んだ声がオレを呼ぶ。
振り向くと、彼女は毛布の上掛けを少し開けた。
「こっちへ来ない?」
「えっ♡」
オレは思わず喜色満面の声を上げる。
「言っておくけど貴方は体温が高くて暖かいから、そばにいた方がよく眠れそうだと思っただけよ。――― 今夜は寒いから」
即座に釘を刺され、オレの期待は一瞬にして消え去った。
「オレは湯たんぽですか…」
こぼしながらも、枕をかかえて隣のベッドへ移動する。
そして寝転がると、擦り寄るようにして彼女もコロンと横になる。
しなやかな感触と甘い体臭が、オレにとっては嬉しくも辛い。
「…けっこう拷問だな、コレ」
「だったら隣のベッドへ戻る?」
「……がんばります」
クスクスと笑う彼女を多少恨みがましく思う。それでも一人寝よりはずっと良いので、オレは苦笑いをしつつ、彼女の肩を抱き寄せた。
互いの体温が伝わり、暖かな空間が二人を包む。
「やはり暖かい」
「南国生まれの男は、ハートに太陽が宿ってるからな♪」
オレの気取った台詞に、彼女はまた笑った。
次第に上昇するのは、物理的な温度だけではない。
愛しい相手の体温を感じる。
それは心までも、ぬくもりに満たしてゆく。
嬉しくて、穏やかで、なんだかとても幸せな気分になる。
安堵と心地よさの混じったまろやかな感情が睡魔を誘った。
「…なぁ、せめておやすみのチューくらい…」
だが視線を移すと、彼女は既に瞼を閉じている。
「もう寝たのかよ?」
返事は無い。
この状況下で、なんというつれない相手であることか。
もう少し甘い展開があっても良かろうに。
それでも安心しきった表情で静かな寝息をたてる彼女に、オレは保護者の心境で満足気な微笑を浮かべる。
そして白い頬に唇を寄せ、ささやいた。
「……おやすみ」
寒い夜は二人でいよう。
そばにいて、抱きしめて、暖めて。
一緒に幸せな夢を見よう。
END




