華麗なる転身
桜前線の到達には、未だ少し時間を要する時期。別の桜が咲いた者がいた。
「やったぁあぁぁぁっ!! 待ってて私の夢と希望の大地、北海道‼︎」
合格発表の画面を凝視しながら、雄叫びを上げる有希。怖いから一緒に見てくれと懇願されて付き合っていた和美は、狂喜乱舞する友人に苦笑まじりに告げる。
「本当に、有希が獣医学部に受かるとはねぇ……。エイプリルフールはまだ先よって、言いそうになったわよ」
「どうとでも言って! 冬の妖精シマエナガに、会いに行くぞ! おーっ!」
有希がシマエナガを一目見た時、その愛らしさに魅了されて諸々のグッズに手を出していたのを知っていた和美は、受験期間に諸々を封印していたから仕方がないなと思いつつも、一言忠告した。
「ちょっと待ちなさい。雪山に分け入るわけ? 土地勘がない所で止めなさいよ。下手すりゃ遭難するわよ?」
「え? そんな過酷な事しないわよ。夏休みに行くのに決まってるじゃない」
真顔で返されてしまった和美は、そこはかとなく嫌な予感を覚えながら確認を入れる。
「……有希。あんたもしかして、シマエナガが《冬の妖精》と呼ばれている意味、知らないの?」
「え? どういう意味?」
「ちょっと待って」
そこで和美はスマホを取り出し、素早く検索をかけた。すぐに求める画像を探し出した彼女は、それを有希の眼前に突き出す。
「これ見て。夏のシマエナガの画像」
「夏? 夏だったらどうだって言うのよ?」
怪訝な顔になりながらも、有希は素直にそのスマホの場面に視線を向けた。その次の瞬間、奇声を上げて固まる。
「ほわぁっ!?」
限界まで目を見開いている有希を見て、和美は深い溜め息を吐いた。
「やっぱり夏のシマエナガの姿を見たことがなかったのね……」
「なっ、なんでこんなに痩せてるのよっ!? 別人ならぬ別鳥じゃないっ‼︎」
そんな非難混じりの訴えに、和美は半ば呆れながら解説を加える。
「言っておくけど、ダイエットしたわけじゃないからね? 単に冬は寒さから身を守る為に、長い羽毛の下に空気をたくさん含ませて羽毛を膨らませるから、身体全体が丸くなっているだけよ。だけど暑くなってくるに従って羽自体が短くなってスリムになる上、首周りの羽毛の色が黒っぽくなってくるから、印象が結構変わるだけだから」
「…………」
それを聞いた有希は、まだ画面を凝視したまま微動だにしなかった。そのまま数秒経過し、さすがに和美が心配になって声をかける。
「ちょっと、有希。大丈夫?」
「うん! 冬の妖精は、夏のイケメンだねっ!」
「……あんたの言語中枢がバグるほどの衝撃だったわけね」
力強く宣言した有希を見て、和美は軽く脱力した。
今度冬が巡ってきた時、有希が冬の妖精の姿を求めて雪山に分け入るかどうかは、定かではない。