9.KOしてみた
刃兵衛は梨衣南と奏美にそっと振り向いた。
「いきなり僕とか阿須山君が出ていったら色々拙いんで、先におふた方、助けに行ってあげて下さい。もし力仕事になったら、タイミング見て僕が速攻で始末します」
「えー、何で?」
よく分からないといった調子で梨衣南が小首を傾げた。奏美もいまいち理解が及んでいないらしい。
案外、この美少女達は先見の明に乏しいのかも知れない。
ここはもう少し、はっきりといい切った方が良さそうだ。
「僕らが出てったらストーカー扱いされます。けど女子ふたりなら、その心配もありません」
「あ、そっか……」
咲楽ほどの美少女に、陰キャぼっちふたりが後からこそこそついて廻るのは明らかにストーカー臭い。それに比べて、咲楽の友人である梨衣南と奏美が先に出ていくとなれば、余程に自然で事故も少ない。
そうこうするうちに、例の他所クラス男子は更に声高に怒鳴り始めた。
梨衣南と奏美は互いに頷き合い、一直線に飛び出してゆく。
「おいこらぁ、ちょっと待ったぁ! うちらの大事な友達に、エラっそーにガナってんじゃねーよ!」
「お前さんフラれたんだからよぅ、諦めてさっさと帰れば宜しかろうぞ」
梨衣南と奏美が詰め寄ってゆくと、他所クラス男子は一瞬たじろいだものの、すぐに気を取り直して俺様パワーをばら撒き始めた。
「うわ、ウッゼ……何なんだよおめぇら、急に出てきやがって……」
「んなこたどーでもいーんだよ。それよかあんた、フラれたんならさっさと帰れよ。いつまで咲楽に付き纏ってんのさ」
咲楽を守る為とはいえ、梨衣南は中々度胸がある。
一方の奏美も咲楽を庇う位置に身を滑り込ませて、しっかりガードしてやろうという気構えを見せていた。
近頃は男子よりも女子の方がパワフルで強キャラ感が溢れているという話をよく聞くが、あのふたりの姿を見ていると、まんざら嘘でも無さそうだ。
そんなふたりの雄姿に対し、瑠斗はハラハラしながら校舎の陰からその光景を見つめている。
矢張り、彼女らに先陣を切らせて正解だった。
今の瑠斗では、あの他所クラス男子の空威張りには到底、対処出来ない。ただ勢いで押し込まれて、何も出来ずにすごすごと逃げ帰ってくるのが関の山だろう。
(阿須山君には悪いけど、ここは力を持ってるモンの出番やな……)
そんなことを考えながら、女子三人と男ひとりの修羅場をじぃっと凝視する刃兵衛。
すると、他所クラス男子が遂にあるまじき手段に訴えた。ぐいっと押し出した手で、梨衣南の肩をどんと突き飛ばしたのである。
これで、大義名分は立った。
刃兵衛は疾風の如く駆け、ほとんど一瞬にして標的の背後を取った。
他所クラス男子は梨衣南と奏美の死角に潜む形で一気に間合いを詰めてきた刃兵衛の姿には、全く気付いていない様子だった。
これこそが、暗殺術たる我天月心流の真骨頂だ。
その場に存在するありとあらゆるものを上手く活用し、自らの気配と姿を完全に消し去って標的の死角に潜り込む。今回は梨衣南と奏美が刃兵衛の姿を隠す為の壁役となってくれた。
そしてその直後、他所クラス男子は白目を剥いて膝から崩れ落ちた。
梨衣南も奏美も、そして咲楽も何が起こったのか理解出来ない様子で、いきなり気絶した男子生徒を、ぽかんと口を開けて眺めている。
「ズラかりますよ。本人は僕にやられたなんて一切気付いてないけど、他の誰かに見られたら、ちと拙い」
刃兵衛は他所クラス男子の背後から、一撃で気絶させることが可能な急所に二撃、拳を叩き込んだ。
少なくとも十数分は目覚めない筈だが、この現場を他の生徒に見られるのは流石に問題であった。
「うん、分かった……!」
最初に我に返った梨衣南が咲楽と奏美の手を引いて、小走りに校舎裏から離れてゆく。
刃兵衛もその後に続き、途中で呆然と立ち尽くしていた瑠斗の肩を軽く叩いた。
「行きますよ。あいつが目ぇ覚める前に全員、こっから離脱です」
「あ、う、うん……そうだね」
瑠斗も状況を把握したらしく、明確な意思を以て頷き返すと、他の面々の後について校舎裏から足早に移動した。
やがて五人は、体育館との渡り廊下付近まで辿り着いた。
「ふぅ、ここまで来たらちょい安心かな……けど笠貫、あんた、やるねぇ」
「うむうむ。チョー凄かったぞよ」
梨衣南と奏美が若干息を弾ませながら、揃って感心した様な表情を覗かせた。
一方の咲楽は、驚きの中に嬉しさを滲ませ、何度もありがとうを繰り返している。
「まぁ三日ぐらいは、飯食う時に苦労すると思いますけど、女子に手ぇ出す様なゲスにはそれぐらいの罰が丁度宜しいですわ」
刃兵衛は渋い表情で、校舎裏方向に面を向けた。
彼が拳を打ち込んだ部位は胃に近いこともあり、内臓に残った打撃の所為でしばらくは胸やけが止まらなくなるだろう。
「こないだのすんごいキック見てさ、只者じゃないなーって思ってたけど、あんたマジでヤバいね。めっちゃクールじゃん」
「褒めても何も出ませんよ」
小さく肩を竦めながら、教室方面へ足を向ける。まだ帰り支度を終えたままの通学鞄を、自席に置きっ放しだったのだ。
その後に他の面々もぞろぞろとついてくるのだが、不意に咲楽が立ち止まって深々と頭を下げた。
「ホントに皆、ありがと! 今日はあたしが、何か奢るね!」
その屈託の無い笑顔に、梨衣南と奏美がサムズアップを掲げて同じく笑みを返す。
しかし瑠斗だけは、何ともいえぬ微妙な表情を覗かせていた。
(彼の見せ場を奪ってしもたからな……でも今回だけは勘弁して下さい。荒事は僕の領分なんで)
心の内で頭を下げつつ、刃兵衛は教室内へと足を向けた。




