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3.ブチ切れた

 三十六計逃げるに如かず。

 この時刃兵衛が咄嗟に思い浮かべたフレーズは、兎に角ここは逃げの一手、だった。

 咲楽や梨衣南に声をかけてきた連中は、同じクラスの中でも超が付く程の陽キャでリア充な顔ぶればかりである。

 あんなのを相手に廻して、真正面から打ち合うなど以ての外だ。

 物理的な格闘戦や接近戦なら大抵の相手には負けない自信はあるが、ここは平和的且つ文化的な世界、学校の中だ。

 無駄に挑んで返り討ちに遭うのは、面白い話ではない。

 刃兵衛は咲楽達にさっと背を向けて瑠斗の顔を覗き込んだ。


「ヤバいっす。あらぁ勝ち目ありません。ここは一旦、退きましょう」

「え? あ、あぁ、うん」


 咲楽達には聞こえぬ様にと小声で作戦会議。

 瑠斗は今ひとつピンと来ていない様子だったが、ここはラブコメ主人公の参謀を自認する刃兵衛が、しっかり面倒を見てやらねばという変な使命感が湧き起こっていた。

 そして、瑠斗が下校後に向かおうとしていた行き先について訊いてみた。


「あぁ、駅近のメディアトピアって店に行こうと思ってて」


 その店舗名なら知っている。全国展開している有名なアニメグッズ専門ショップだ。

 成程、そうか。彼はアニメ好きかゲーム好きか漫画好きか分からないが、刃兵衛と同じくサブカルに造詣が深いと見た。

 かくいう刃兵衛も結構なアニメ好きだ。連休ともなれば、ケーブルテレビやオンデマンドのイッキ見などで数日を平気で潰す男である。

 これは良き友を得た――カノジョなんてものをわざわざ作らなくとも、これだけで残りの高校生活二年間を楽しく過ごせそうな気がしてきた。

 尤も、瑠斗は咲楽に相当気が向いてしまっている様だから、刃兵衛の勝手なライフプランに彼を巻き込む訳にもいかないのだが。

 ともあれ、今は分が悪い。

 刃兵衛はちらりと後方に偵察の視線を放り投げ、咲楽達に歩を寄せてきているイケメン連中の人数や特徴などをざっと分析した。

 サッカー部やバスケットボール部などに所属しているスポーツ系イケメンがふたりと、帰宅部ながら相当にオンナ慣れしていると思しきチャラ男系イケメンがひとり。

 対する咲楽側は、咲楽と梨衣南、そしてもうひとり、湯殿奏美(ゆどのかなみ)という元気系美少女の三人だ。つまり三対三の、或る意味合コン的な組み合わせとなるだろうか。


(あれ……これ、アカンやつちゃうの)


 ここまで冷静に分析を重ねてから、刃兵衛は内心で小首を傾げた。

 もうこの時点で、勝負ありの様な気がした。

 敵はイケメン三人に対して、こちらは根暗なぼっちコンビがふたり。どこに勝ち目があるのだろう。

 如何に刃兵衛が咲楽と昔馴染みだとはいえ、そんな程度の実弾は直ぐに打ち尽くして弾切れを起こす。

 対して向こうはまず顔面偏差値だけでこちらの数十倍の破壊力を誇っており、その時点で絶望的な実力差を見せつけられている様なものだ。


(あー……阿須山君、短い春やったな……)


 折角気合入れて咲楽との橋渡し的な行動に打って出てみた刃兵衛だったが、早くも焼け石に水という結果に終わりそうだった。

 こうなったらもう、ふたりしてメディアトピアでオタ活に重点を置いて、残りのスクールライフをエンジョイするしか無いだろうか。

 ところがここで、想定外の事態が生じた。


「あ、ねぇ笠貫君……あと、阿須山君、だっけ? 良かったら一緒にカラオケ行かない? 何かさ、皆ではじめましてカラオケ会やるんだって」


 意外にも咲楽が、わざわざこちらに振り向いてその様に呼びかけてきた。

 ところが、彼女ら三人を誘おうとしていたイケメン達は、露骨に嫌そうな顔を見せている。刃兵衛は愛想笑いを返しながら、視線で訴えた。

 後ろの連中の顔をよく見ろ、と。

 その刃兵衛の目の動きを察したらしく、咲楽は胡乱な表情でイケメン三人にちらりと目線を返し、そしてあっと驚いた様な顔色に変じていた。

 どうやら咲楽も、この歪な空気感に気付いた様だ。

 ところが、どういう訳か梨衣南が腕を組んで桜色の柔らかな唇を尖らせた。


「えー? またあんた達とォ? 去年もしょっちゅう行ったじゃん。何でさぁ、それで、はじめまして会なん? チョー今更感なんですけどぉ?」

「いや、ってかイイじゃん別に。どうせいつもノリでやってんだからさぁ」


 チャラ男が多少慌てた様子で梨衣南をなだめにかかった。

 するとバスケ部の高身長イケメンが若干イラっとした様子で刃兵衛の背後に近づいてきて、首根っこを掴む様な仕草で腕を伸ばしてきた。


「大体何だよ、こいつら。ただのぼっちの癖に九里原とかとフツーに喋りやがって……」


 その直後、空気が張り詰めた。

 刃兵衛の高角度の後ろ廻し蹴りが矢の様な勢いで繰り出され、バスケ部イケメンの頬の辺りでぴたりと止まっていた。


「……ひとの首に、気安ぅ触ろうとせんでくれます?」


 刃兵衛は本気で腹が立っていた。

 殺闘術に於いて首などの急所を他者に触れさせるのは、それだけで万死に値する程の狂態だ。

 例え殺す気が無かったとしても、明らかに敵意を剥き出しにして触れてこようとする者には、一切容赦するつもりは無かった。

 バスケ部イケメンは、愕然とした表情でごくりと息を呑んだ。同じく、サッカー部イケメンとチャラ男も、すっかり色を失って目が泳いでしまっている。


「この次また舐めた真似したら、その首へし折りますからね」


 ドスを利かせた低い声音を腹の底から絞り出し、鋭い眼光でバスケ部イケメンの蒼白な画面を睨みつけた刃兵衛。そしてゆっくりと蹴り脚を下ろし、再び彼らに背を向けた。


「あ、いや……悪ぃ……別に、そんなつもりは……」

「ほな阿須山君、メディアトピア、行きましょか。僕もちょっと、見てみたいグッズあるんで」


 バスケ部イケメンなど完璧に無視して、刃兵衛は瑠斗の肩をぽんと叩いた。 

 瑠斗は驚きを隠せない表情だったが、どういう訳か妙に嬉しそうな笑みを湛えて大きく頷き返してきた。

 彼は彼なりに、陽キャ連中の傲慢な振る舞いに思うところがあったのかも知れない。

 ともあれ、刃兵衛と瑠斗は肩を並べて教室を出た。

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