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2.釣ってみた

 ホームルームが終わって、諸々の資料や教科書等を受け取った生徒達は、下校の準備に取り掛かった。

 大半のクラスメイト達がそれぞれのグループで、帰りにどこかに寄って遊ばないかとお互いに誘い合っている中、刃兵衛はそろりそろりと教室の前方へと歩を寄せていって、帰り支度を整えている瑠斗の傍らに立った。

 で、ここでもいきなりサムズアップ。

 刃兵衛は自分史上最高と思えるにこやかな笑みを浮かべてみせた。


「こんにちは、僕、笠貫刃兵衛っていいます」

「あ、どうも……僕は阿須山瑠斗です」


 瑠斗は幾分ビクついている様子ではあったが、しかしその面に浮かぶ笑みには警戒の色は見られない。

 いきなり話しかけられたから、びっくりしているだけなのだろう。


「さっきは僕のコレに応えてくれて、あんがとね。今年から転校してきたばっかなんで、他に知り合いとかおらへんのですわ」


 刃兵衛はすぐ隣の席で、友人女子らと楽しそうなお喋りに興じている咲楽の耳にわざと聞こえる様に、敢えて関西弁を交えた台詞を口にした。

 瑠斗はただ単に、へぇそうなんですかと未だビクついた反応だったが、この時、咲楽が幾分驚いた様子で刃兵衛の方にちらりと視線を送ってきた。

 よし、かかった――刃兵衛は内心で密かにガッツポーズ。

 小学校の三年か四年ぐらいまで大阪に住んでいた子ならば、久々に聞くネイティブの関西弁には何らかの反応を示す筈だと読んでいた刃兵衛。

 その狙い通り、咲楽は友人女子らの言葉に耳を傾けつつも、刃兵衛にちらちらと視線を流し始めた。


「ほんで阿須山君、この後、どないしはんの? もう帰りはるんですか?」

「あー、うん、ちょっとね……行きたいお店があるっていうか……」


 どことなく遠慮がちに笑う瑠斗。しかしその視線は依然として、時折咲楽の美貌を捉えている。

 一方その咲楽はというと、遂に我慢出来なくなったのか、あのぅ、と控えめに声をかけてきた。


「えっと……笠貫君、だよね? その、もしかして、関西のひと?」

「あぁ、えぇ、そうです。中学ん時まで大阪に居てました」


 すると咲楽の表情が、心なしか先程よりも更に色濃く明るい笑顔に染まった様な気がした。

 この反応に、咲楽の友人女子らは驚きつつも、刃兵衛に対して幾らか興味を抱いた様子。

 そして何よりも、瑠斗の驚いた顔が印象的だった。よもや刃兵衛を通して、咲楽の笑顔を真正面から見ることが出来ようとは、思っても見なかったのだろう。

 ここで咲楽は更に踏み込んできた。


「じゃあさ、じゃあさ……もし勘違いだったらゴメンなんだけど……笠貫君ってもしかして、城西小学校に居てたことがあったりする?」

「あれ? 知ってはるんですか?」


 刃兵衛はすっとぼけた。

 同じクラスだったことは今でも覚えているが、ここは咲楽から話題を引きずり出す為に、敢えて彼女のことを覚えていない風を装ったのである。


「えー! じゃあやっぱり、あの笠貫君?」

「んぉ? 僕のこと、知ってはるんですか?」


 どうやら、釣れたらしい。咲楽は物凄く嬉しそうに両手を叩いた。


「え、え、覚えてない? ほら、あたしも城西小学校で、ほら、近藤先生のクラスに一緒に居た……」

「おっとぉ、ここでまさか近藤先生の名前が出てくるなんて、こらぁどういうこっちゃ」


 刃兵衛は尚も気付かぬ風を装いながら頭を掻いた。

 咲楽はもうすっかり舞い上がってしまった様子で、きゃあきゃあと歓声を上げた。

 彼女のこの反応に驚いたのか、咲楽の友人女子らのみならず、他のグループのクラスメイトらも一様に不思議そうな視線を投げかけてきている。

 もうそろそろ頃合いか――刃兵衛はわざとらしく、あっと思い出した様な顔つきで咲楽に視線を戻した。


「あー。もしかして、九里原さんて、あの九里原さん? 確か御家族の転勤で、関東の方に移っていきはった……」

「そうそう、その九里原! わぁー、やっぱそうなんやぁ! 笠貫君、何やちっとも変わってへんねぇ!」


 興奮し過ぎたのか、咲楽の口からも関西弁が飛び出してきた。

 この夫婦漫才の様な展開に、咲楽の友人女子らも何だか随分可笑しそうな様子で、刃兵衛と咲楽の顔を見比べている。


「咲楽って関西弁、話せんだぁ……てか、ナマ関西弁、うち初めてかも」


 咲楽の友人で、こちらも相当な美貌の持ち主である紅羽梨衣南(あかばねりいな)が、面白そうに身を乗り出してきた。相当に胸が大きく、一体何カップあるのかと刃兵衛は内心で慄いてしまった。

 咲楽はダークブラウンのミディアムボブが清楚な雰囲気を湛えている美少女だが、梨衣南はほとんど金髪に近しい明るいストレートロングヘアが特徴的なギャル系美少女だ。

 ふたりは相当に対照的な雰囲気ではあるが、顔立ちの美しさはクラス内でもひと際目立っている。

 しかし今の刃兵衛にとって重要なのは、自分が橋渡し役となって、瑠斗と咲楽が言葉を交わす切っ掛けを掴むことが出来るかどうか、である。

 ここで刃兵衛は瑠斗に視線を戻し、それはそうと、などと割りとあからさまに話を振った。


「阿須山君、この後ホンマに急ぎの用事とかあるんですか?」

「いやぁ……あ、別に急ぎって訳じゃあ……」


 どうやら瑠斗も、刃兵衛の意図を察したらしい。彼は面こそ刃兵衛に向けていたが、その視線は更にその向こう側、即ち咲楽の方へと漂っている。

 ところが、その時。


「よぉ、九里原ぁ~……カラオケ行こうぜぇ~」


 不意に別方向から、同じクラスの男子連中が咲楽に声をかけてきた。

 思わぬ横槍に、刃兵衛は内心で渋い表情。


(うわ、マジか……ここはちょっと分が悪いなぁ)


 刃兵衛はこの学校内ではまだまだ新参者、そして瑠斗は恐らくほとんど友人らしい友人が居ないぼっち。

 このままの流れではまず間違い無く、咲楽はあっちの陽キャ連中に引っ張られてゆくだろう。


(あかん……今日のところは、一旦戦術的撤退で大人しゅう引いとくか)


 勝てない勝負に挑む程、刃兵衛も馬鹿ではない。

 今回は自身が仕掛けた釣り針に、咲楽の興味が食いついてくれただけでも良しとしておくべきだろう。

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