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18.ちっこかった

 二年A組の教室内は、未だにざわついている。

 そんな中で刃兵衛は逸華からの応答をひたすらに待ち続けたが、彼女は何を思ったのか、いきなり刃兵衛の手を掴んでそのまま廊下へと引っ張り出していった。


(え? 何? どこ連れてかれるの?)


 刃兵衛は頭の中で混乱しながらも逸華に手を引かれ続け、そして階段横の用具倉庫前に辿り着いた。

 そこで漸く彼女は落ち着いた様子を見せ、くるりと振り向いた。


「えっと、御免なさい……その、他のひとが居る前だと、何だか恥ずかしくて……」


 逸華は申し訳無さそうに頭を掻いた。

 もしかすると、ライトノベル読者だということはクラス内では秘密にしてあるのだろうか。

 であれば、少し悪いことをしてしまったかも知れない。

 刃兵衛は気が利かなくてすみませんと素直に頭を下げたが、しかし逸華は慌てて掌を振りながら、気にしないでとかぶりを振った。


「そんな、謝らないで……皆の前で恥ずかしいっていうのは、あたしの勝手な都合なんだし……」


 それでも、相手のことを思い遣ることなく勝手に話しかけたのは刃兵衛の方だ。

 今後は大いに気を付けなければならないところだろう。

 それにしても、この場に於ける逸華の表情は屋上や教室内での彼女とは幾らか雰囲気が異なる。どこか嬉しそうで、明るい色が萌している様にも見えた。


「あ……そうだ、感想、だったよね」

「あぁ、はい。もし良かったら、聞かせて欲しいかなって」


 刃兵衛はネット通販での評価が真っ二つに分かれている事実を告げ、読もうかどうしようか悩んでいた旨を率直に告げた。

 逸華は確かにそうだね、と小さく頷き返す。


「結構、好き嫌いが分かれる作品だから……でも、あたし的にはお勧めだよ。ちょっと重たいシーンもあったりするけど、ストーリーには欠かせない要素だから」


 作品の良さを語る逸華は本当に嬉しそうだった。もしかすると彼女は、好きな作品について語り合える友達が欲しかったのだろうか。

 しかし刃兵衛も悪い気分ではない。こうして興味のあることについて、色々とお互いに発信し合える仲というのは本当に有り難い。

 だから、逸華が楽しげに語る姿は、見ているだけでも心が温かくなる気分だった。

 そうしてひと通り語り終えたところで、逸華はあっと声を上げた。


「そういえば、君のお名前、まだ知らなかったんだ……ねえ、良かったら、教えて欲しいな」

「あ、えぇ、はい。僕は二年F組の笠貫刃兵衛です」


 思わぬところで急に自己紹介を求められ、幾分面食らいながら名乗った刃兵衛。

 すると逸華は二度三度、口の中で刃兵衛の名を反芻し、それから再び嬉しそうな笑みを向けてきた。


「宜しくね、笠貫君……あの、それでね、もし良かったらなんだけど……」


 ここで逸華は少しばかり口ごもり、妙にもじもじした様子を見せていたが、やがて意を決した様子で面を向けてきた。


「その、本当に笠貫君さえ良かったら、なんだけど……これからも色々、お話出来ないかな? あたし、クラスん中じゃどうしても他のひとと馴染めなくて……でも笠貫君だったら、好きな本とか作家さんのお話が出来そうで、凄く楽に喋れそうなんだ」

「え、僕ですか? はぁ、まぁ、僕で良かったら何ぼでも、お付き合いしますけど」


 刃兵衛の応えを受けて、逸華は更に一層嬉しそうな笑みを浮かべた。

 余程に、話し相手に飢えていたのだろうか。

 しかしその気持ちは分からないでもなかった。


「じゃあ、ライン交換しようよ」


 逸華はスマートフォンを取り出した。友達になると決めたら、結構ぐいぐいくるタイプなのだろうか。先程までの少しおとなしめに感じていた印象からは随分と異なる言動に移行してきた。

 ともあれ、お互いにIDを交換し終えたところで、チャイムが鳴った。

 昼休みがそろそろ終わる。それぞれ五時限目に備えて教室に戻らなければならない。


「ありがとう。じゃ、また連絡するね」


 それだけいい残して、逸華は自らの教室に駆け戻っていった。

 その機嫌良さげな後姿を目で追いつつ、刃兵衛はここで、と或る事実にはっと思い至った。


(え、ちょっと待って……これって少女漫画的な展開?)


 このK高校ではラブコメの脇役ポジでいくつもりだったのに、いきなり違うジャンルに足を突っ込んでしまった様な気がした。


(うわー……何か、思うてたのと違う方向性に舵切ってしもたなぁ)


 しかし、悪い気はしない。

 案外、これはこれで楽しい学生生活に臨めそうな気がしてきた。


(せやけど、やっぱ僕の方が負けてたな……)


 さっきまで目の前に居た逸華の身長は、矢張り刃兵衛よりも高かった。


(やっぱ僕は、誰と一緒に居ても、ちっこいなぁ)


 そんなことを思いながら、刃兵衛も教室へと戻る。

 その足取りは、すこぶる軽かった。

 小さくても、構わない。

 明るくて楽しそうな人生の予兆が、目の前に開けてきたのだから。

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