15.知人を紹介した
カラオケボックスの多人数用個室内。
そこで刃兵衛は隆義とその友人ら三人を前にして、ソファーにふんぞり返っていた。
隆義達はつい先程、刃兵衛が差し出した名刺の電話番号に発信し、その相手先と通話を終えたばかりだったのだが、その名刺には独特の紋と共に『門別組 組長代理 田所甚三郎』という名が記されていた。
「これで、分かってくれましたかねぇ」
刃兵衛が猫撫で声で問いかけると、隆義達四人は顔を真っ青にして何度も頷き返した。
もう二度と、咲楽、梨衣南、奏美には手を出すな――刃兵衛が要求したのはただこの一点のみであったが、恐らく隆義達は瑠斗からも自発的に手を引くことになるだろう。
「僕かてねぇ、こんなガキ同士の話に組の皆さんの手ぇ借りんのもどうかと思うたんですけど、おたくらがあんまりにも舐めた真似してくれるもんやさかい、ちょっとここらでシメとかなあかんなて思うた次第ですわ」
「わ、分かりました……もう二度と、やりません……」
隆義の怯え切った声に刃兵衛は内心でほくそ笑んだ。
これでひとまずは問題を潰した。後は瑠斗に対しどうケアすべきか。
そこが一番、悩ましい部分であった。
◆ ◇ ◆
少しだけ、時間を遡る。
瑠斗と美少女三人組が隆義達とボーリング場へと出かけた際、刃兵衛も革ジャンとレザーパンツといういでたちで変装し、密かに尾行を仕掛けた。
その直前まで、隆義とその友人らのスマートフォンから抜き出したSNSのチャットデータを何度も読み返していた刃兵衛。
どうやら連中は、咲楽、梨衣南、奏美をそれぞれ力ずくでラブホテルへと連れ込み、既成事実を作ろうと目論んでいるらしい。
矢張りそういう魂胆だったかと腹落ちした刃兵衛。
隆義の様な輩が何の狙いも無く瑠斗と急速に近づくなど、何かおかしいと感じていた。
彼らの狙いは瑠斗と友誼を結ぶことではなく、彼を伝手として2年F組の美少女三人を手籠めにすることだったのだ。
瑠斗とあの四人の陽キャ共の間には、最初から友情など存在していなかったといって良い。
(けど、何で阿須山君はあんなに、あいつらと楽しもうと頑張ってたんやろなぁ)
そこだけが今ひとつ分からなかったが、しかしこのまま放置する訳にはいかない。
刃兵衛は奏美からの連絡で、ボーリングの後にはカラオケに場所を移すことを知った。そこで刃兵衛は、三十分で良いから瑠斗を個室から連れ出してどこかに足止めする様にと奏美に頼み込んだ。
「おけおけ。任せるが宜し」
奏美は咲楽と梨衣南にも協力を要請し、三人で瑠斗を個室の外に釘付けにすると約束してくれた。
そして隆義とその友人三人だけがカラオケボックスの個室内に残されたところで、刃兵衛がすかさず踏み込んでいったのである。
「あれー? オマエ確か、阿須山と同じクラスのチビじゃねー? 一体何しに来たんだ? お呼びじゃねーんだけど?」
隆義が如何にも上から目線で、馬鹿にした様な笑みを浮かべている。
他の三人も、嘲笑を滲ませながらじろじろと無遠慮に眺めてきた。
「知人を紹介しますわ」
ここで刃兵衛は件の名刺を取り出し、テーブル上にそっと差し出した。
「あんたら、うちの組で可愛がっとる子らに手ぇ出そうとしとんのとちゃうやろな」
隆義達は刃兵衛が差し出した名刺を見た瞬間、ぎょっとした表情を浮かべていたが、すぐに強気の笑みを見せ始めた。どうせ偽者だろうと高を括っているのだろう。
「信じられへんのやったら、そこに番号書いてるから、電話してみなはれや」
隆義は胡散臭げな眼で刃兵衛を睨みつつ、スピーカーモードで発信してみた。
すると応答に出たのは本物のヤクザ、指定暴力団門別組で組長代理を務める田所甚三郎当人だった。
「うちの刃兵衛君から話は聞いとるぞ。君ら、何や舐めた真似してくれとるらしいな」
その瞬間、個室内の空気が一変した。
隆義とその三人の友人らは、一斉にがくがくと震え出したのである。
「あー、田所さん、いつもすんません。こんな時ばっかりお世話になってしもうて」
「おぉ刃兵衛君か。エエで、そんなん。お兄さんにはうちも、良ぅして貰とるしなぁ」
刃兵衛の兄、厳輔は内閣官房御用達のハッカーだが、しかし政府だけが顧客ではない。実際のところは、所謂反社会勢力とも裏で繋がっている。そのうちのひとつが、門別組の田所だった。
刃兵衛も個人的な知り合いとして田所とは何度か食事をしたり、彼の舎弟に接近戦技術を伝授したりもしている仲だった。
しかし田所は刃兵衛がまだ高校生であり、且つ政府とも繋がりのある家系であるという点を考慮して、普段は余り表立って交流することは無い。
その一方で彼は常日頃から厳輔やその親族には恩返しがしたいといっており、今回も彼の好意に半ば乗る形で協力して貰っていた。
そんな訳で刃兵衛は今回、隆義達を脅す為の切り札として田所の手を借りることにした。
そして田所は、ふたつ返事でOKしてくれた。
勿論、隆義達は刃兵衛の裏の顔の秘密など知る筈も無いから、正真正銘の極道が出てきたことで相当に震え上がっていた。
「まぁそんな訳やから、あんたらもな、喧嘩売る相手はもうちょい考えなあかんで」
それだけいい残して刃兵衛は個室を出た。
その後、数分程が経過してから美少女三人組が瑠斗と共に引き返してきたのだが、それよりも早く刃兵衛はカラオケ店を退出していた。
(阿須山君には申し訳ないけど、あの連中だけは切らせて貰うわ)
折角新しく出来た友人らを、刃兵衛の一存で遠ざける結果となってしまったことには本当に申し訳なく思ったものの、あの連中が咲楽、梨衣南、奏美に害を加えようとしている以上、放っておくことは出来なかった。
(後で阿須山君には土下座やな)
そんなことを考えながら、刃兵衛は夕刻の街並みをひとりぶらぶらと徘徊した。
もしかすると、瑠斗から絶縁されるかも知れない。
しかしそれは刃兵衛自身が招いた結果だ。腹を括るしか無いだろう。




