11.シャレオツなセレブを気取ってみた
週末――よく晴れた暖かな午後。
刃兵衛は駅近くの大通りに面したオープンテラスカフェの一角に陣取り、通りの反対側にあるイタリアンレストランをじっと凝視している。
つい先程、瑠斗と咲楽が揃って件のレストランの名かへと消えていったばかりだ。
恐らく小一時間は出て来ないだろう。
(何食ってはんのかな)
あれこれと色々妄想しながら、刃兵衛はシーフードサンドイッチを頬張った。
「ってかさ、マジで何やってんのさジンベー」
同じテーブルの反対側に、白いパーカーに黒いミニスカート姿の梨衣南が呆れ顔で座っている。彼女は熱いハーブティーをすすりながら刃兵衛と同じ方向に視線を流した。
「そういうリー姉さんかて、何げに気にしてはるやないですか」
リー姉さんとは、刃兵衛が梨衣南を呼ぶ際の仇名である。
元々は梨衣南が彼をジンベーと呼び始めた際に、自分も仇名で呼べと要望してきたのが発端だった。
最初、刃兵衛はリーさんと呼ぼうとしたが、
「それだと、怪しげな中国人っぽくてヤダ」
と梨衣南が変な難癖を付けてきた為、結局リー姉さんで落ち着いたのである。
傍から見ればリーさんもリー姉さんも大差無い様に思われるのだろうが、梨衣南本人がそれで良いと納得したのだから、恐らく問題は無いのだろう。
さて、その梨衣南。
刃兵衛にさらりと反撃されて、桜色に輝く艶めかしい唇を不満げに尖らせた。
「だってさぁ、見ちゃったモンはしょーがないじゃん」
梨衣南はカップを置いてぷいっと顔を背けたが、すぐにその視線が刃兵衛の手元に移る。
「大体さ、あんた……どっから仕入れてきたのよソレ」
刃兵衛が手にしているのは、中々高級なオペラグラスだ。
シックなデザインと、高級感溢れる重厚な輝きが物凄く場違いだった。
「昔の荷物漁ってたら普通に出てきたんでございますのよ」
おほほほと変な笑い声を漏らしながら、刃兵衛はレンズの向こう側に映し出されるイタリアンレストランの派手な色合いの外壁を覗き見た。
「急にオネエになんの、やめなって。マジでキモいから」
「んまぁリー姉さん、こんなシャレオツなアイテムに心躍らないなんてアナタ、枯れてらっしゃるわね」
尚も挑発を続ける刃兵衛だが、梨衣南は馬鹿馬鹿しくなったのか、セットのチーズケーキを無心で食らい始めた。
この日、刃兵衛プロデュースでフェイクカレシとしての行動を開始した瑠斗は、咲楽とのお食事デートに洒落込んでいた。
偽カレとはいえども、ある程度それらしい姿を周囲に見せておかなければ示しがつかないだの何だのと刃兵衛が適当な理由をつけて、ふたりを強制的にデートへと駆り立てたのである。
瑠斗も咲楽も偽装だからという意識を抱いている為か、今のところはまだ本格的な恋人ムーヴを見せるには至っていない。
しかしこうして形だけでも本物の恋人っぽい場面を作ってやれば、それなりにお互い意識するのではないかという計算が刃兵衛の頭の中で働いていた。
「でもさー、ホントにここまでする必要あるー?」
頬張っていたチーズケーキをごくりと呑み込み、ハーブティーでひと息入れた梨衣南が疑わしげな目線を刃兵衛に向けてきた。
「周り見たってさ、知り合いもクラスの奴も、ひとりも居ないじゃん。コレ、意味あんの?」
「分かってませんなぁリー姉さん」
刃兵衛はオペラグラスを置いて、ちっちっちっと人差し指を左右に振った。
「周り云々よりも、本人達をその気にさせることが大事なんです。お互いにちょっとでも意識し始めたら、そこから本格的な恋人ムーヴが自然と出てくるモンなんですよ。そうなりゃシメたモンです。教室に居ってもフツーに付き合ってる空気が出てくる様になります」
「何かジンベーがいうと、胡散臭いんだよねぇ」
梨衣南は露骨に疑わしげな眼差しを叩きつけてくるが、しかし刃兵衛は、そんな他人事でどうするんですかと渋い表情を彼女に返した。
「来週はリー姉さんの番なんですから、しっかりあのおふた方のデート作法を参考にせなあきませんよ」
「あのさ……それ、マジでやんなきゃ駄目?」
梨衣南は幾分、不服そうだった。自分で告白除けの偽装彼氏を提案しておきながら、何故か往生際が悪い。
一体何を気にする必要があるというのだろう。
「駄目です。ちゃんとやることはやっときましょう」
「は~……うちが阿須山とデートねぇ……」
今ひとつピンと来ていないのか、或いは実感出来ていないのか。
いずれにせよ、次の週末は梨衣南にはばっちりお洒落して貰って、瑠斗とのアツアツデートを満喫して貰わなければならない。
「今から、イチャコラしまくってる場面をイメトレしといて下さい」
「もー、無茶ゆーなって」
すると梨衣南は妙にもじもじし始め、いささか挑戦的な瞳を刃兵衛にぶつけてきた。
「大体さ、あんたはどうなの? 何か、ひとのことばっか気にしてさ……自分は全然、女っ気が無いじゃん」
「僕のことは後回しでエエんですよ。新しいカノジョとか、何かのついでで結構ですから」
刃兵衛はふたつ目のシーフードサンドイッチに手を伸ばしながら、尚も頬を上気させて身を乗り出してくる梨衣南に小首を傾げた。
「何ですか、リー姉さん……来週まで待てへんのですか? 生憎ですけど阿須山君、今はまだ九里原さんのカレシなんスから、ちゃんと順番は守りましょう」
「う……うるさいなぁ。そんなんじゃないってば」
幾分不機嫌そうに、端正な顔立ちを横に背けてしまった梨衣南。
何が気に入らないのか分からないが、梨衣南達が要望したフェイクカレシ作戦である以上は、しっかり自分の役割を理解して貰わなければならない。
(僕かて、頑張ってるんですから)
内心でやれやれとかぶりを振りつつ、再びオペラグラスを手に取った。
ここは気分を切り替えて、、今だけでもシャレオツなセレブムーヴを味わうことにした。




