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1.応援したくなった

 高校二年生の春。

 神奈川県内の私立K高校に転入した笠貫刃兵衛(かさぬきじんべえ)は、早速ひとり浮いてしまった。

 それもその筈で、彼の見た目はどう見ても中学生だった。

 150cmしかない身長に加えて、びっくりする程の童顔、しかも妙に中性的な顔立ち。

 一部の女子からは、


「可愛いねぇ、ボク。迷子になったのぉ?」

「え~? マジで同い年~? めっちゃウケるんだけどぉ~」


 などと多少イジられはしたが、それ以外からは基本、余りというかほとんど声はかからない。

 刃兵衛自身、多少挙動不審なところもあり、絶対にヤバい奴だと思われているのだろう。だからきっと、誰も寄ってこないのだ。


(あ~……めっちゃ既視感や……)


 大阪での中学生時代、刃兵衛は狂乱の戦鬼などという不名誉な噂を広められ、誰も寄りつかぬ寂しいぼっち生活を送っていた。

 彼をいじめようとしたクラスメイトらを、ぼこぼこの返り討ちにしたのが事の発端だった。

 刃兵衛は、小柄で中性的な顔立ちの持ち主だったから、有り体にいえば、カモにしやすいと思われていたのだろう。

 しかし、彼の肉体には古式殺闘術『我天月心流(がてんげっしんりゅう)』のあらゆる奥義が叩き込まれていた。

 空手や柔道、或いはボクシングなどといった競技としての格闘技とは明らかに異なる、ただ敵を仕留め、殺すことに特化した殺人技術――それが、我天月心流だ。

 そしてまだ中学生に上がったばかりの刃兵衛には、手加減という発想が無かった。彼は群がり来る連中を片っ端から半殺しの血祭りに仕留め、阿鼻叫喚の地獄絵図を現出させた。

 それ以来刃兵衛は、地元の学生や隣近所のひとびとにまで恐れられる様になった。

 自分はただ、己の身を守っただけなのに――そんな理不尽な思いを抱えつつ、刃兵衛は不遇なぼっち生活を強いられる様になったのである。

 その後、高校進学を機に刃兵衛は東京の私立高校に進学した。

 周囲の誰ひとりとして彼の過去を知らない新たな土地での生活なら、きっとまともな学生ライフを送ることが出来ると信じて。

 その希望は確かに叶った。もっといえば、初めてのカノジョも出来たりした。

 ところが諸々の事情が重なり、そのカノジョとは半年程で別れてしまった。

 更に悪いことに、刃兵衛の義母兄であり、内閣官房直系のハッカー集団『マインドシェイド』のリーダーである笠貫厳輔(かさぬきげんすけ)の身に降りかかった問題が飛び火して、刃兵衛は身の安全の確保の為に隣県の高校への転校を余儀無くされた。

 そうして、現在。

 私立K高校の2年F組で二度目の新生活をスタートさせた刃兵衛だったが、当然周りには知人などひとりも居ない。

 その為、教室内でも普通に浮いている。

 講堂での始業式を終えて教室に戻ってきた時には、もうそこかしこで早くも仲良しグループが次々と成立しつつあったのだが、刃兵衛には誰からも声がかからなかった。

 即ち、大阪での孤独な中学校時代が再現されようとしていたのである。


(あぁ……もうエエわ。僕の人生に希望なんて最初っから無かったんや)


 我天月心流を習得したのが悪かったのか、それとも政府御用達の天才ハッカーを兄に持ってしまったのが生まれついての不運だったのか。

 いずれにせよ、これから先の残り二年間の高校生活は、恐らくそう楽しいものではないのだろう。

 ここはもう潔く、腹を括った方が良いのかも知れない。

 そんなことを考えながら何気に教室内をぐるりと見渡すと、前の方のと或る席で、思わず目が留まってしまった。

 刃兵衛と同じく、今ひとつぱっとしない青年が妙に緊張した様子で固まっている。

 彼の視線は時折、隣の席の美少女にちらちらと向けられていた。


(成程ぉ……春ですなぁ)


 刃兵衛は何となくではあるが、その青年が隣の席の美少女のことが気になって仕方が無いのだろうなと勝手に邪推した。

 しかし相手の美少女の方は友人らしき女子ら数名とのお喋りに熱中しており、その青年からの視線にはまるで気付いていない様子だった。


(僕も前は、あんな感じやったんかなぁ……)


 以前在籍した高校では、刃兵衛自身もかなり挙動不審だったと自覚している。

 今でもまだ多少、人付き合いが苦手な部分があるにはあるのだが、それは大体陽キャとかリア充と呼ばれる類の人種に対してであって、自分と同じ様な陰キャならばまだ多少、普通に接する自信はあった。

 そして刃兵衛は、あの青年に自分と同じ匂いを感じていた。


(彼となら、友達になれたりするかなぁ?)


 そんなことを思いながらじーっと眺めていると、その青年が何かの拍子でこちらに視線を流し、その瞬間にお互いばっちり目が合ってしまった。

 この時何故か刃兵衛は、にやっと笑ってサムズアップなんか掲げてしまった。

 対してその青年は何事かとびっくりしながらも、矢張り変なノリでテンションがアガってしまったのか、同じ様にサムズアップを返してきた。

 まさか反応してくれるとは――刃兵衛は妙に嬉しくなってしまった。

 その後、担任教師が入室してきて、ホームルームが始まった。

 生徒ひとりひとりが簡単な自己紹介を述べていったのだが、あの青年はどうやら、阿須山瑠斗(あすやまりゅうと)というらしい。

 そして彼の隣に席に座っている美少女の名は、九里原咲楽(くりはらさくら)


(ん? 九里原?)


 思わずその美少女の後姿を、後方の席からじぃっと見遣ってしまった刃兵衛。

 そして内心であっと驚きの声を漏らしてしまった。


(九里原さんって確か、僕が通ってた小学校に居てた子やんか)


 小学校三年だか四年だか、それぐらいの時に親の転勤で関東に転校していった少女が居た。クラスの中でも飛び抜けて顔立ちの良い少女だったから刃兵衛もよく覚えている。

 そして思い起こせばその時の少女の面影が、瑠斗の隣に座っている咲楽の横顔にしっかり現れていた。


(うへぇ、こないなことってあるんやなぁ)


 尚も驚きが隠せない刃兵衛。

 しかし、これもまたひとつの縁というやつではないだろうか。


(そうかそうか、彼が九里原さんをねぇ……)


 別にこれといった理由は無いのだが、とても応援してあげたい気分になってきた。

 これはもしかしたら、ラブコメ的展開が待っているのだろうか。

 そう考えると、残り二年の高校生活が妙に楽しく思えてならなかった。

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