9 少女外出
「じゃあ、行ってくる」
施設の簡易ツアー(というほど大層なものでもないが)を終えた翌日の午前。準備を整えた俺はデイジーに声をかけた。
「ナルミン☆ どこか行くのぉ?」
「ああ、仕事だ」
「じゃあ私も……☆」
「お前は留守番」
ぶーぶーびーびーと非難囂々の騒音を背に受けつつ、俺は戸を閉めた。あんなへっぽこを連れていては邪魔なだけだ。
「ね~☆ ナルミン、私も連れてってよぉ☆」
せっかく閉めた戸を全開にして、デイジーが出てきた。まだ交渉を粘る気らしい。
「お前、本調子じゃないんだろ。大人しくしてろ」
不在になってしまった部屋に鍵を掛けつつ、再度制止する。
「でもぉ……☆」
「でも、じゃない。どうしてもというなら、ナオミの許可を取ってこい」
「う~う~う~☆」
「防災サイレンかお前は」
「私がどうかしたか」
振り向くと、ナオミが立っていた。
「ああ、ナオミか。おはよう。ちょうどよかった。こいつに言ってやってくれ」
「どうしたんだ、デイジー。話してみろ」
昨日と同じく、ナオミがしゃがみこんでデイジーに視線を合わせる。
「う~☆ ナオミン、ナルミンがいぢめるのぉ☆」
渡りに船とばかりに、ヒシっとナオミに抱き着くデイジー。
「こら、人聞きの悪いこと言うな。いや、違うぞ。こいつが連れてけって駄々こねるんだよ」
「お前の仕事に?」
「ああ、何とか言ってやれ」
「いいじゃないか、連れてけ連れてけ」
「えっ……☆」
「おい」
予想外の返答に間の抜けた声が出てしまった。
「いい機会だ。この世界が今どうなってるか、直接見せてやったほうがいいだろう。窓から見える景色だけじゃ不十分だ。デイジーはずっと寝ていたんだ。認識のギャップを埋めるなら、早いほうがいい」
「でも、いきなり外は危険だろ。こいつそのものも危なっかしいし……」
「なに、鳴海よりその子のほうがよっぽど頑丈だよ。ちょっとやそっとじゃ傷ついたりしない。さ、デイジー。そこの『ナルミン☆』くんと一緒に出掛けてこい」
「は~い☆」
「お、おい」
「いこ~☆ ナルミン☆」
「行ってこい、『ナルミン☆』」
こうして、俺の通常業務に御守りが追加されたのだった。憂鬱だ……。