3話 弟子
更新遅いなぁと思ってくださる人がいたらコメントに遅いとかはよしろと書いて送ってください。
忘れてたら飽きてたら書いてないので。
3話 弟子
私の経営する宿は何個もあるが、1番最初に開き私の住む家とも言えるこの宿こと【始まりの苗亭】は冒険者に限るが初心者と言っても差し支えない冒険者に対して冒険者ギルドの紹介のある者のみ利用可能である。
一般利用に関してはこれに含まれない。
その為宿の利用客はおとなしいというか節度ある行動をしてくれるのでオーナーの耳に届くような悪事も無く無難な運営を行えてとてもありがたい。
【始まりの苗亭】はどちらかというと冒険者が活動するのに良い立地でもない上に値段は安価だがそれ相応に部屋も小さいので中級者になったら出ていく者が多い。
飯だけは美味しくする為に心掛けているので中級者または上級者になっても飯だけを食べに来る客もいる。
そんな我が宿には宿泊客とご飯処という面以外にも訓練所のような面もある。
コレは私がやりたくてやっているわけでは無く、ベスタンが冒険者ギルドから安請け合いをしたが故に発生した雑事だ。
別に私が教官をやる必要はないのだが、ついつい口出しをしてしまうのでなんとなく訓練所という側面が出来てしまったので、それならとお金を貰うことにしたのが経緯でもある。
そんな【始まりの苗亭】の訓練所では今日も10人の初級冒険者が訓練をしていた。
「今日はダンジョンでの探索で注意するべき事を学ぶ事にしよう」
何故かその筋肉を隠しもしないベスタンが自慢の上腕二頭筋をブリブリ言わせて見せびらかしている。
「はい!師匠!」
ベスタンを師匠と崇めるのは冒険者でもない、宿の従業員見習いで孤児院から出向している確かニックとかいう少年だ。
他の初級冒険者たちはニック程の熱量はなくとも真剣な表情でベスタンの話を聞く姿勢をとっている。
「まずダンジョンの内とダンジョンの外の違いについて分かる者はいるか?」
「はい」
数人の生徒が手を挙げる。
その中にはニックの手も上がっており意外と優秀だと思う。
ベスタンは手を挙げていたおさげの少女を指差す。
「ダンジョンの中では死んでも装備していた物を剥がれた上でダンジョン入り口に帰還出来ますが、外では死ねば死にます。」
「宜しい。では素材などはどうなる?」
ベスタンが別の生徒を指差す。
「ええとダンジョン内では敵を倒すと素材になる時もあれば何も落とさないごとの方が多い、だったかな?外では素材はそのまま残ります。」
「うむ、そうだな。では今日は解体の事を学ぶことにしよう」
冒険者という職業は街の何でも屋という側面もありながら命の危険度が何でも屋のくせに一般の騎士よりも高いという通常では考えられない職業だ。
それは世に蔓延る魔物と呼ばれる危険な生命だったり、あり得ない生態系をした神秘溢れるダンジョンと呼ばれる異界だったりを探索することで莫大な益を得られるからだからだが。
一攫千金を目指して前途ある若者が年間何百人と命を落としているのは見過ごせないのだろう。
ベスタンが最初にこの話を持って来た時は狂ったのかと思ったものだが、そういう背景があるのであれば協力しない事もない。
「今日はこの宿の卒業生とも言えるBランク冒険者のチルドがバカ猪を持って来てくれた。皆拍手」
ぱちぱちぱちぱちとそこらから手を叩く音が聞こえる。
振り向くと冒険者ではない一般の宿泊客も集まって来ていた。
「失敗してもいい素材を頼んだのにバカ猪を持って来てくれた辺りチルドも実は馬鹿なのだろうとは思うが、その大きさから失敗してもやりようはあるので感謝を忘れないように」
「ちょっ、そりゃないっすよベスの兄貴ぃ」
そんなに小さくないこの街でもベスタンの事をベスの兄貴と呼ぶのはチルドだけだろう。
そんな緩やかなムードで始まった解体も内容自体は至極真面目なものだった。
数時間に及ぶ講義は締めにバカ猪の肉串を皆で頬張って終了となった。
ベスタンにバカ猪の報奨金を渡して「次も頼むよ」と一声かけておく。
「へ、へぇ」
ベスタンには何故か怖がられているようで一応依頼主の私に声をかけられているというのに報奨金を受け取るやすぐに私の元から去りベスタンの元へと行ってしまった。
それを一部始終見ていたベスタンに頭を叩かれ、頭を下げさせられていたがそこそこ長い付き合いだしあまり気にしていない。
私はまだ和気藹々とバカ猪の解体に花を咲かせている若人達から離れ宿の自室に向けて歩いていった。
■
sideベスタン
「こら馬鹿チルド!オーナーに向かってあの態度はなんだ!」
「す、すいやせんベスの兄貴ぃ!しかしオーナー様はどうも畏れ多いというか怖いんですよ」
俺はチルドの発言に思うところがあるのでその後の言葉に詰まってしまった。
こいつも一端の冒険者としてやっているのだから依頼人にあの態度はまずいということは理解しているのだ。
しかしことオーナーに対しては会った当初からビクビクとしていて話にならない。
オーナーとは俺が冒険者になりたての頃から知り合いだ。
ちょくちょく依頼を受けていたが数年前に引退すると話をした時に宿の従業員として雇って頂いた位には仲もいいと思ってる。
そんな俺でもオーナーの底が分からない。
冒険者としてランク4の上級者だった俺でもオーナーがどれだけ強いのかが分からないのだ。
雲の上すぎてってやつだな。
オーナーがたまに召喚する使い魔ですら俺が戦おうとしても瞬殺される程の実力差がある。
この前ミーティーという鳥が召喚されたが意思ある念を飛ばしてくる鳥とか冗談にも程があるだろ。
そんなオーナー相手に怖いからという理由であんな態度は取れない。
「チルドよぉ、おめぇもオーナーの恐ろしさは分かってんだろ?ならそれなりの態度でもって接しねぇとどうなるかわかんねぇか?」
俺が雰囲気を変えてチルドを睨みつけると姿勢を正したチルドの表情が青ざめた。
「オーナーは優しいからなぁ、今はその態度でも何も言ってこねぇかも知れねぇがオーナーの使い魔達がどう思うかは分からねぇぞ?」
オーナーが使い魔を使う事は街の住民なら大体が知っている。
特に戦いに身を置く人間はソレの強さが異次元だということも理解している。
「分かったか、チルド?」
「へ、へい…」
最後に覇気を込めてチルドを威圧するとチルドの顔から色がなくなった。
こうでもしておかないと以前来た国のお偉いさんみたいな傲慢な客になった時に庇えない。
あいつらがどうなったかは知らないが、オーナーの知り合いには国のトップ層がいる可能性があるからな…
恐ろしくてその先は考えたくもない。
俺は威圧を解きチルドの背中を軽くパシンと叩いた。
「まあお前ぇが間違いない事を信じてるよ」
「ベスの兄貴ぃ、絶対間違いません!知り合いにもいい含めておきやす」
チルドがまだぎこちないながらも90度の礼をした。
それに「おう」と答えてチルドの持ってきたバカ猪の解体で出たゴミを片付けに戻った。
解体を見にきていた宿の客達はすでに各々の部屋へ戻り、今は冒険者の若造どもしかいない。
バカ猪はただでさえ大きいので暫く宿の肉料理はバカ猪だけになるだろうな。
チャチャっと適切に解体を済ませて氷室に保管をしていく。
途中でニックとチルドが手伝ってくれたのでお礼として食券を3枚渡しておいた。
「また召喚したんですかぃ…」
ふと気配を感じ、空を見上げると虹色に輝く羽のミーティーとかいう鳥がオーナーの部屋から飛び立っていった。
今度はどんな厄介ごとを抱えようとしているのか俺は知らない。
俺は宿の従業員ベスタン。
厨房を任されている男だ。