2話 調達
2話 調達
応接室で街の商人組合の会長と少し会合を終えた少し後の事。
ソファにてだらけていると筋肉のはち切れん腕をした強面の男が部屋に入室してきた。
「オーナー、今少しいいですかい?」
宿屋勤務の強面コックであるベスタンが上目遣いで尋ねてきたので頷きを返し執務室に向かう。
我が宿屋は4階層になっており、1〜3階は宿泊客関連の施設になっている。
4階は階段付近に応接室があり、そこから奥に行くにつれて執務室、特別なお客様用の客室、オーナーである私の寝室がある。
執務室に入り適当な椅子に腰掛けるとベスタンはその向かいにある椅子に座り書類をいくつか机に広げる。
「最近ですが西からの供給がヤバくなってきたと食料品を扱う商店から連絡がありやした。」
「それならさっき組合の会長からも聞いたよ。ホントやんなっちゃうね」
西にある隣国がそのさらに西にある国と戦争を始めたらしい。
こちらの国には被害はないけど、西に主産地のある幾つかの食料の供給が止まるかもと知らせてくれたのだ。
「それなら話が早い、塩が高騰してきやした」
「内陸部だからなぁ、だから岩塩の産地を見つけるように言っておいたのに」
「それはお上の方々にですよね?」
「そうだよ」
今私のいる国はロズデンと言い、内陸部にあるから塩の供給が止まるとヤバいよと知人に言っていたのだ。
しかしこの状況だとあいつは対策してなかったんじゃないかと思う。
「オーナーも最近は料理を出すと渋い顔をされるので分かるかと思いやすが、塩の使用を節制していやす」
オーナーだし、宿屋のことはある程度以上に把握するように努めていたので最近料理の質が落ちていることには気づいていた。
控えめに言って不味いのだ、私にとっては。
宿の客達はそれでも美味い美味いと言ってくれるので難癖つけられることは今のところ無いが、時間の問題だろう。
「ふーーん。取りに行っても良いんだけどねぇ…、それだと私がこの宿から居なくなってしまう」
「それは…まあ困りやすね。」
別に居なくても困らない。
ベスタンはそう思ったが口にするのは辞めておいた。
昔馴染みだが、今はオーナーと従業員という間柄だ。
「よし、これはちょっと預かるよ。塩の使用は通常に戻しておいて。それでどれくらい持つかな?」
「ええ?大体1月程度ならもっと思いやすが、まさか取りに行くので?」
「まさか?ちょっとツテを頼ろうと思ってね」
私は昔知り合ったツテを頼ることにしてベスタンとの話を切り上げた。
ベスタンが部屋を出ていくのを見届けて、部屋の窓を開ける。
寒い空気がドッと部屋に流れ込み慌ててガウンを羽織る。
「ふぅ、久しぶりに呼ぶから怒ってないと良いんだけど」
私は指先から極細に絞った魔力を寒空に向けて放出し魔法陣を描く。
それは俗に召喚陣と呼ばれるもので異界より契約した知性ある魔物を召喚する魔法だ。
『もー久しぶりすぎる!やんなっちゃう!』
「まあそう言わずにさぁ、ここは一つコレで許しておくれよ」
召喚陣がピカリと光り中から虹色の尾羽を持つ1メートルほどの鳥が現れ、その両翼は宙に浮かんでいるにも関わらず羽ばたく事もなく腕を組むように畳まれていた。
そして若い女性の声が脳内に響く。
私は彼女ことミスティックバードのミーティにポケットから取り出した幾つかの豆を掌に置き見せた。
『もう!もーーー!そんな安い女じゃ、ないんだからぁ』
そう言いつつもプリプリと怒ったような思念を脳内に飛ばし、組んだ腕は解かずに掌に置いた豆を嘴で挟み飲み込む。
「ごめんよミーティ、久しぶりだね」
『ホントよ!それで今日はどうしたのよ!」
なかなかミーティの機嫌が治らないなあと思いながら本題を話す。
「ちょっと昔馴染みに手紙を持って行って欲しいんだ。君もよく知ってるナディウスだよ、そういえば君たち仲が良かったよね?」
『あんなやつと仲良いなんて心外だわ!でもお仕事なのよね?ホントあんたは私がいないどうしようもないんだから!』
「はっは、敵わないよミーティには」
塩の予言が甘いと小言の書いた手紙を昔馴染みのナディウスに送って欲しいのが本題だ。
この国の上層部にツテがあるというのはこういう時に役に立つから捨てられないな。
それにしてもミーティを召喚していた時はよくナディウスと話いたように思えたが、仲良く無かったのか。
適当にミーティを持ち上げて、豆をあげて気分良くしてから送り出した私は床に空間転移の魔法陣を描いて海沿いの国ポスエイドスに転移した。
■
ポスエイドスの首都から馬で2時間ほど行った所に海岸の街ポスンがある。
ポスエイドスは南の方ある国でポスンは更に南下した所にあり、温帯地域なので常に20度位の気温があり、何を言いたいかというと今の格好だととても暑いので着替えが必要だった。
「ちょいと失礼、リュックの店はどっちだったかな?」
「リュック様の所ならあっちの倉庫の方だよ」
適当な商店のおばちゃんに知り合いの店を尋ねると倉庫が並んでいる方を指差して教えてくれた。
銅貨を渡し倉庫の方を目指す。
また適当なところでリュックの店を尋ねると今度は案内してくれた。
「やぁコレはまた珍しい客が来たもんだ。久しぶりだなぁ」
リュックの店に案内してくれた少女に銅貨を渡しているとそんな声が聞こえた。
「久しぶりだねリュック、ちょっと頼みがあって来たんだ」
「ちょっとの頼みで来られるような距離感な訳無いはずだけど、よく来たねアル」
リュクソン・ドラパルト
ポスンで雇われ町長をしている幼馴染だ。
小さい頃から商人を目指していた彼は私と旅をしていた頃のツテを使って無事に商人となり、今では町長も兼任するようになった。
以前から手紙でのやり取りをしていてポスンで町長をしていることを知っていたけど、塩の供給がヤバい事を知らなければここまで態々来なかっただろう。
「それでアルの頼みってなんだい?ドラゴン退治?」
「そんなめんどくさい事今更やらないよ。ナディウスは覚えているかな?」
「あのとっちゃん坊やのナディの事?」
「そうそれ」
良かった。
一時期同伴していただけの間柄だったナディウスの事は覚えていてくれた。
「彼も今では私の所属する国の上層部でブイブイ言わせてるんだけど、私の小言を間に受けない性格のせいで今ちょっと厄介なことになってるんだよ」
「アルの小言なんていずれ大事になるんだから聞いとけば良いのに相変わらずバカなんだなナディわ」
すごく心外だけど過去があるからの発言だと知ってるので言及しない。
「まぁ彼自身に何かある訳じゃなくてね。私の住む街の塩の供給量が少なくなってしまっていてね、都合出来ないかという話なんだ」
「出来なくはないけど輸送はどうする?」
本題を切り出せば核心をついた疑問をすぐについてくるあたり、話が早くて助かるな。
「ある程度は持って帰る。それ以外の分についてはナディに話を持って行ったからそれで動かないなら私は知らんよ」
「おお冷たいお師匠様ですこぐふっ!」
茶化すように戯けたリュックの脇腹に抜き手を差し込む。
「アルの抜き手なんて危険なもの差し込まないで欲しいんだけど?」
脇腹を抑えたままのリュックの問いに無言でメンチを切ると溜息を吐き出したリュックが自分の店の中に入って行った。
暫く待っていると小間使いだろう少年が私を呼びに来た。
「リュック様の遣いできました。アル様ですか?」
頷きを返すと私を先導してリュックの店とは別の倉庫の方へと連れてってくれた。
「リュック様がここにあるものは全て持って行ってと言ってました。輸送はどうにかすると伺っていますが…」
「ありがとう、コレは駄賃だよ。リュックに宜しく言っておいてくれないか?」
「はい!かしこまりした!」
銀貨を一枚使いの少年に渡すと笑顔で立ち去って行った。
倉庫の中には所狭しと積まれた塩樽があった。
「うーん、個別に持っていくのは時間掛かるしなぁ…『ここにあるもの全部』と言っていたし倉庫ごとの方がむしろ楽説。」
一度倉庫から出て、倉庫を囲むように地面に魔力で線を描いていく。
その円に一本直線を引き、自分のいる場所に転移の魔法陣を描いて私の【倉庫】に飛んだ。
後には倉庫の影も形も無くなっていた。
■
「ベスタン、コレで暫くは持つかな?」
「……そ、そりゃあ持ちやすが…いやアコギな事は聞きやせん!」
【倉庫】に塩の倉庫ごと仕舞い、数樽程の塩を宿の食堂にいたベスタンに渡す。
「あぁそれとリュックかミーティ経由でナディウスから連絡が来ると思うから、どちらかから連絡きたら教えて欲しい」
そう言った時のベスタンの表情はとても怯えていたのだがどうしたのだろうか。
まあ良いか
私は切り替えて久しぶりに動き回ったせいで疲れた体をほぐしながら4階の寝室に向かって、寝た。