◆ エピローグ アンドリュー改めクラルス
ギャラクの小国は温暖な気候で、民衆達も穏やかな気質だった。
パルムドール王国から遥か遠いこの国に、クラルスという青年が歴史学者の門を叩いた。
クラルスには、手鞄が一つ。
空いた片手には、この家までの地図が握りしめられていた。
「おや、随分と若い子だね。歴史に興味があるのかな…… 」
ガウスと言う年老いた学者は、快く招き入れてくれた。 そうかと思うと、クラルスを歳の離れた親友だと、気さくに話しかけてきてくれた。
それからアンドリューもといクラルスは、ガウスの家で共に暮らすようになった。
当初、貴族の行動が抜けずチグハグだった生活を日々改めて、クラルスは自然と民衆の営みを受け入れていった。
ガウスにだけは、クラルスの過去が明かされていた。
パルムドール王国から直々に届いた手紙を読んでーー ガウスはクラルスの過ちを理解した上で、受け入れたのだ。
(なんと愚かで…… だが、人間らしい子じゃないか。 たった16歳の時に払うツケにしては、大きすぎただろうに…… )
今を一生懸命に生きているクラルスを優しく包み、老い先短い最後の…… 総仕上げの仕事として、寄り添い育てていこうと、ガウスは決めたのだった。
クラルスは、この地で民衆達の生活を間近で見て、一緒に生活をして…… そして師であるガウスの仕事を手伝いながら、歴史という学問に心が惹かれていった。
ガウスはクラルスの、慎重な性格に若さがないと、言葉をかけた。
「クラルスや、お前は物事をいつも精査して慎重に推し進めるのだね? その歳では、もっと羽目を外しても良いんじゃないか? 」
クラルスは穏やかな目線で、ガウスに話す。
「精査…… 私が今まで、して来なかった事です。 ガウス様がそう言ってくださる事は、私にとっては褒め言葉です…… 」
そう話したクラルスを慎重に眺めながら、ガウスが突然、揶揄う様に言った。
「お前にそう助言したのは、女か? 惚れていたんだな? クラルス」
クラルスはガウスの言葉を、素直に考えてみる。
「惚れていた? ……そうか、そうですね。 確かに好きだった…… でも、最初から彼女は私を見ていなかった。既に……」
そこまで話したクラルスは、ガウスへ諦めと寂しさを滲ませた瞳を向けた。
(お前は、まだ…… )
クラルスはバツが悪いのか、ポリポリと頬を掻きながら
「初めて…… 恋慕を口にして、不思議と心の重りが少し軽くなったようです。
詳しくは話せませんが、私は沢山の過ちを犯しました。 それなのに…… 最後に直接対面して話す機会があった時、これからの為だと…… 精査する大切さを教えてくれました。 彼女は…… いえ、二人は…… 罪を償いながら生きろと言いましたが、幸せになるなとは、言いませんでしたから。 だから… 」
ガウスは、そんなクラルスの変化を見逃さなかった。
「クラルス? お前は《正史》を学びたいのか? 」
ガウスからの突然の質問に、クラルスは正直に答えた。
「私は貴族の生活を記した《正史》より、平民達の歴史を…… 《野史》を生涯の学びにしたいです 」
「ほう、《野史》か。 だが、余り儲けにはならんぞ? 」
クラルスはクスリと笑う。
「ガウス様。 私のダミ声は聴き取りづらく、貴族の中では受け入れられないでしょう。 ですが、民衆達は、根気強く私と話し日々の営みを開けっ広げに見せてくれます…… そんな平民達の、命の営みに心が魅せられるのです 」
「ほう…… 」
ガウスは暫し考え込んだ後、クラルスに揚々と一つの忠告をした。
「分かったよ、良いと思うぞ。 だがな、一つだけ。《野史》を専門にするのなら、忠告しよう。 クラルスの言葉遣いは、美し過ぎて堅苦しいと思うぞ? もっと砕けた方が良いな 」
ガウスの笑い皺が深くなる。
クラルスは一瞬キョトンとしたが、納得したように笑った。
「そうですね、気をつけます…… あっ、気をつける…… よ? 」
ガウスはそんなクラルスを見て笑った。
そして心で静かに思うのだ。
クラルス……
お前の未来はこれからなんだよ……
母親殺しなんて、最悪のツケを払ったんだ。 地位も名誉もかなぐり捨てて、一から生きると決めたお前はもう、心弱い王子様でも傲慢な王子でもないだろうよ。
名に込められた意味をお前は知っている。
お前の名は『クラルス』
清浄な明るい未来が訪れるように……
今のお前なら
きっと大丈夫だろ。
お前なら明るい未来が待ってるさ……
な? クラルスよ…… そうだろ?
なんとか最後まで美麗王太子のお話をお届けする事が叶いました。
最後まで読んでいただいた事がとても嬉しいです。
アンドリュー改めクラルスにも救いをあげたかったのですが共感はいただけましたか?
楽しんでいただけたなら本望です。
ありがとうございました。
また次回がありましたらよろしくお願いします。楽しく読んでいただけるように頑張ります。
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