◆ 口の悪い王太子侍従補佐とアンドリューの悪癖
アンドリューの怒声が部屋中に響いていた。
「なんだと!? 三人とも辞退したと言うのか? 何故だ!?」
最初こそ、三令嬢を蹴落とす為に、わざわざ急ぎで王太子妃試験を用意させたのに。 まさか自分が落とされるハメになるとは…… 悔しさで、怒鳴り散らさずにはいられなかった。
アンドリュー王太子の側近侍従、エドが呆れながら返事をした。
「 アンドリュー様、貴方は馬鹿ですか? あれ程の優れた令嬢達でございますよ? 今更、どのツラ下げてお願いできましょう? 断られて、当然ではありませんかね 」
いつにも増して、大概な口の聞き方をするエドを、激しく叱り飛ばした。
「 ふざけるな! 私は王太子だぞ? そもそも、何故! 一度断った令嬢共を、また呼んだのだ! 美しい者を呼べと、私が言ったではないか! 」
長く黒い前髪で隠れているはずなのに…… エドが怒りで、冷ややかに睨んでいると察して、アンドリューは口ごもった。
「 その美しい者達こそ、あの三令嬢達ではありませんか!? この王国では、間違いなく甲乙つけ難い、美しきご令嬢達なのです。 貴方様の命令で、 一度は過去に泥を被せた令嬢達に、わざわざ頭を下げて来て頂いたのです! それなのにーーまさか! 筆記試験や面接やらを勝手に用意していたなど。 本当に呆れてものが言えませんね……。 アンドリュー様。 貴方、厚顔無恥にも程がありますよ 」
まさかアンドリューが、三人を蹴落とす為に苦肉の策として、面接と筆記試験を用意していたなど、夢にも思っていなかったエドは、心底怒りを抱えていた。
しかしアンドリューは、どうしても納得がいかないのだ。
「アレが美しいのか?
アレ達がか?
アレ達のどこが美しいのだ?
私にはサッパリ分からぬ?」
「はっ。 アンドリュー様は余程、王太子の座から降りたいのですね? 私も、そろそろ次に仕える方を探す時が来たようです 」
エドは深いため息を吐いて、アンドリューの前から一歩下がった。
アンドリューは、父王の命令で仕方なく、側に置いている、口調の荒いエドが疎ましかった。
(父王の命令で無ければ…… こんな奴 )
このパルムドール王国では珍しい、側近と侍従を合わせた職務を熟す『側近侍従エド』の暴言に反論が浮かばなかった。
(しかし何故、私の美意識を皆は分からんのだ?)
それからエドが部屋から退席すると、アンドリューは力無くソファーに体を預けた。
アンドリューの部屋には、数えきれないほどの鏡が置かれていた。
アンドリューの部屋を一言で言うなれば、
《鏡の間》とも言えるだろう。
全身を映す姿見から、大小様々な数えきれないほどの鏡………
鏡。
鏡。
壁という壁から、執務机や暖炉の上や、扉という扉にすら鏡が貼られている、異様で悪趣味な部屋だった。
アンドリューは呆然としながら、目線を上げると、サイドテーブルに置いてあった鏡の自分と目が合った。
(美しい……… 美しい人とは、こうあるべきなのではないのか? )
アンドリューは、落ち込んでいた気持ちなど、どこかに吹き飛んでしまった。
( あゝ…… 美しい……… )
いつまでも、鏡の中に映る自分の姿をウットリと眺めていたのだった………
王太子アンドリュー
王太子の側近侍従エド
アンドリューの部屋から遠ざかったエドは、直ぐに王城に潜むポートリア公爵家の影達と合流をした。
ある場所まで来ると、そっと姿を消す。
向かった先は、シンシアが待つ王室の客間だった。
天井の隠し扉口から、スタッと降りたエドは、シンシアの前に立つと直ぐに用件を訪ねた。
「シア、令嬢達二人の今後は聞けた? 」
シンシアは先程、自分付きの影に指令を出したばかりだった。
「ええ……。 まずは、モアナ様と婚約内定された方を調べるわ。 それを利用出来たらと思うの 」
エドが頷いて続きを促す。
「そしてイヴァンヌ様は、 隣国への留学を希望されていたわ。 隣国なら多分…… 兼ねてより、ご希望されていた、セダム王国だと思うの。 だから速やかにお二人を調べて、不自然では無いように事を進めなくてはならないわ。 とにかく、1週間以内に二人をーー この王国から遠ざけてみせるわ 」
エドも普段なら、モアナとイヴァンヌの徹底した秘密主義を賛辞していた。 しかし今回のような件になると、大変さを痛感する。 だからこそ、シンシアの心労が容易に想像出来たのだった。
「シア、本当に良いのか? シアの嘘がバレたら…… 」
「……ええ、良いのよ。 二人を守れるなら。 もし本当の事を話してしまったら、イヴァンヌ様もモアナ様も……… きっと、協力を惜しまないと言われるでしょ。 それこそが、何よりも危険だもの。 エド、国王陛下にもご協力を賜ったし……
『作戦開始の鐘』が鳴ってしまったわ 」
空元気だが、シンシアの決心に揺るぎはない。 エドに向けて、少し悲しげだが、安心させるような優しい顔で笑った。
エドはそんなシンシアを心配して、距離を詰めると、そっと抱きしめて額にキスを落とした。 そして包み込むようにして、嘗てシンシアからもらった言葉を耳元で囁いた。
「シア、俺がいるよ…… 重たい荷物は、二人で背負うと半分になるのだろ? 全てが片付いたら、シアの大切な親友二人へ…… 一緒に謝りに行こうな……… 」
(エド、その言葉を覚えていてくれたのね )
シンシアは暖かいエドの腕の中で、頬を染めながら、コクリと一度は頷くが…… 直ぐにフリフリと首を振った。
「うん。 エド、ありがとう…… でもね、その時が来たら私一人で謝るわ…… だって、その時のエドはもう、無闇に頭は下げられないでしょ? 」
エドは困った顔をして「ごめんな、シア」とより一層強く抱きしめたのだった。
私は屋敷に戻ると、すぐに『策戦』を決行する準備に取り掛かっていた。
モアナとイヴァンヌの両親である、侯爵家宛てに手紙を書いていたが、気がつくと、いつの間にか手元が暗くなり、室内を夕陽の赤い色が染めていた。
シンシアは部屋の窓から夕陽を眺めながら、一年前にお祖父様から聞かされた話を思い出していた--
シンシアが生まれる、ほんの数年前の話。
あの日ーー
パルムドール王妃と王太子が乗った馬車の《事故死》から、本格的な調査が行われているように見せかけた……策戦の種が蒔かれたのだった。
実はその《事故死》を隠れ蓑にして、2つの策が練られていた。
一つ目は、まだ未発達だったパルムドール王国内の〈大道整備事業〉をする事だった。 王妃と王太子のセンセーショナルな事故死こそ、事業を進め易くする作戦だった。
そして二つ目………それこそが悲願の本題であった。 先代国王陛下の実弟である、筆頭公爵ダミアン・ヨークを完全な証拠を固めて討つこと!
--残念ながら『王家の血』は、全ての事に守られ、法などあって無いようなものだった。
長年に渡り、有りとあらゆる悪事を巧妙に隠しながら、時期国王陛下になるべく暗躍していた、ダミアン・ヨーク。 現国王陛下カエレムとポートリア公爵家は、ヨーク公爵の悪行を調べ尽くし策を練り、証拠を集めて倒す事に尽力していた。
しかしーー
シンシアは長い年月をかけて、蠢いている渦中に…… 図らずも、今の自分が巻き込まれている不思議を不穏な気持ちで受け止めていた。
(ヨーク公爵が欲をかいた事から、全ての不幸が始まった…… それは降って湧いた幸運では無いわ。 ヨーク公爵……… )
思いがけず、先代国王陛下が御逝去された。 その事こそが、王弟であった筆頭公爵ダミアン・ヨークの隠していた欲を爆発させるキッカケになったのだった。
魅惑的な『国王陛下の座』…… それこそ忘れようとしていた、己の欲を思い出し、満たす事を選んだ、ヨーク公爵。
そして今ーー
「まさか、膠着状態が進展するなんてね 」
それは、我がポートリア公爵家の次期当主である、アウレオ叔父様が リリアンと言う女を修道院に連行してきた事がキッカケだった。
それはアンドリュー王太子の実母、マリアン側妃に似た娘だったのだ。
そのリリアンを捕らえた事から……
私は、この『策戦』を考えて練る事が出来た。
ーー 刻が重なったのね。
あれ程進まなかった、ヨーク公爵と側室マリアンの罪を暴き、更には裁く事が出来るかも知れないなんて…… タイミングとは恐ろしいものね…… だからこそ
まずは、イヴァンヌとモアナの安全を確保する。 この王国から遠ざけるために、二人の実家である両侯爵家に話をつけなくては。
(直ぐにでも……この王国から離れてね。
私の大切な友達……
モアナ様…… イヴァンヌ様…… )
最後まで読んでいただきありがとうございました。
心から感謝でいっぱいです。
明日も2話更新します。楽しんでもらえたら嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
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