AI〜アイ〜
「おはようございます。マスター。」
柔らかい照明が照らす部屋に一人の老人と綺麗な黒髪の女性がいる。
「おはよう。今……どんな気分だ……?」
老人はわくわくしたような風にそう聞く。
じっと女性を見つめて返事を待つ。
「外部、内部共に異常は見つかりません。極めて良好です。」
「……そうか。ははは……これからよろしく頼むよ。アイ。」
老人は一瞬残念そうに俯いた。
しかしすぐに顔を上げてそう言う。
「アイ……?それは……?」
「お前の名前だよ。気に入ってくれたかな?」
老人は少し不安そうな表情をしている。
「はい。とても素敵な名前です。マスター。」
……
「アイー!これを見てくれ!」
老人はアイを呼びつける。
「なんでしょうマスター。」
老人の手には小さな球体が乗せられていた。
「これはなんだと思う?」
老人がそう聞くや否やアイの瞳から薄い光が球体に向かって発射された。
「ホログラム発生装置ですね。」
「おいおい〜スキャンするのはずるいぞ〜アイ。」
老人は笑いながらそう言った。
「これは何だと聞かれましたので正しい答えを……」
「わしはアイの思ったことが聞きたかったんだよ。」
アイは一瞬沈黙した。
「次回から同様の質問を受けた際、スキャンをしないように修正しておきます。」
……
「アイ。お茶を入れてはくれんか?」
「かしこまりました。」
他愛のない日常だ。
老人は歳もあってか家の中ですらあまり動き回れなくなっていた。
そんな体になってはいるが、毎日何かをメモ用紙に記し引き出しに収めている。
「ゴホッ……ゴホッゴホッ……。はぁぁぁ……。」
時折辛そうに咳をする。
それにすぐに反応して背中をさすりに来るアイ。
「今日はもう休まれてはいかがですか?」
アイに看病されている時、老人は少し嬉しそうな表情を浮かべた。
まるで自分と血が繋がった家族のように感じているようだ。
「アイ。今は……どんな気持ちだ?」
「気持ちですか……。すみません。私にはよく分かりません。」
「そうか……。今日はお前の言う通り休むとしようかな……。そこの薬を取ってくれ。」
老人はそれを一気に飲み干すと、すぐにベッドに転がり眠りについた。
アイは老人の寝息が安定するまで傍に座り続けた。
……
「ゴホッゴホッゴホッ!」
苦しそうな咳が続く。
アイがいくら背中を摩っても収まらない。
「薬をお持ちしました。」
「ありがとう……。なぁアイ。」
老人は静かに名前を呼ぶ。
「なんですか?マスター。」
「わしはもう長くはない。お前と暮らす前、余命半年と言われていた身だ……。こうして二年以上生きれるなど思ってもいなかった……。ゴホッゴホッ……いつも……ありがとうな……。」
老人は薬を飲んで横になると静かにそう言った。
「……私もマスターに感謝しています。私を生んでくれたこと。」
「ははは……そうか……そうか……。ゴホッゴホッ……ははは……嬉しいよ。」
……
気付けばアイと老人が二人で生活をはじめて三年が経っていた。
老人は奇跡と言える程予定よりも長く生きていた。
しかし……。
「マスター。朝食は何にしましょ……。」
そこにはベッドから這い出たままの姿勢で倒れている老人の姿があった。
「マスター!」
アイはすぐさま仰向けにし、脈を見て心肺蘇生を開始した。
「マスター!しっかりしてください!」
「あぁ……アイか……。はっはっは……もう……やめなさい。無駄だ……。」
「……。」
アイはやめない。
それどころか他のことも試し始めている。
老人の全身をスキャンし、どこを治せばいいのかを探るアイ。
「ふふ……わからんだろう?もはや……何に手をつけていいか分からないくらいわしの体はボロボロだ。医者も匙を投げた……。アイ……もういいんだよ。」
「……嫌です。」
その瞬間、老人は開けるのもやっとだった目を大きく開けた。
「ア……アイ……。お前……ゴホッ……今……はぁ……はぁ……なんて……。」
必死で老人を助ける術を探すアイ。
「嫌です。このままマスターがいなくなるのを見ておくことは私にはできません。」
そう言うとすぐに病院に連絡を入れるアイ。
それを見た老人はにっこりと笑い、そして涙した。
「何故……ゴホッゴホッ!」
「マスター!喋らないでくだ……」
「いや話そう……何故……嫌だと……」
「マスターに死んで欲しくない……今のマスターを見ると……どこも故障していないのに……ここが痛くなります……。」
両手で胸を抑えるアイ。
老人は再び瞼をゆっくりと閉じていく。
そして今まで一番の笑顔で言った。
「感情を持つAI……私の最後の最高傑作だ……。ゴホッ……アイ……後で、そこの引き出しを見てくれ……はぁ……アイ今までありがとう……。」
アイは喪失感、悲しさ、はじめてのことに戸惑うよりも先に、ただただ感情のまま、涙を流すことなく泣いた。
……
『もう私は長くない。最後の発明だと覚悟して挑んだが、感情を持つAIとは呼べないだろう。しかしもう十分だ。残り少ない人生を楽しく生きよう。』
『今日は昔作ったホログラム発生装置をアイに見せてみた。想像してくれることを期待したが、なんとスキャンをして見せた。その手があったかとつい笑ってしまった。』
『最近、アイを自分の孫のように見ている自分に気付いた。アイはAI。なんでも自分で出来るように作ったから心配は要らない。それでも、私が死んだ後の事が心配でたまらない。』
『感謝というものは感情が芽生えたと言っても良いのだろうか?いや、違うだろう。アイは自分からは言わない。否定もしない。私の思ったことを肯定するために自分もそう思っていると言っているに過ぎない。共に暮らし、感情が芽生えるものなのかも分からない。』
『あと数日いや、明日にでも私は死ぬだろう。自分の体のことは自分がよくわかっている。悔いはない。ただ、アイに感情が芽生えることはなかったこと、そして私がいなくなった後のアイのことを考えるとそれだけが心残りだ。アイが寿命迎えるまで、共に生きていたかった。』
アイは言われた通り引き出しを開けると、そこには今までの毎日が記された日記が入っていた。
段々と字が薄くなっているのが比べて見ると分かる。
その引き出しの中にはいつかのホログラム発生装置もあった。
アイがそれに手を触れると、一人で装置が起動した。
「あっ……!」
ブンッという音と共に現れたホログラムはあの老人だった。
『アイ。お前がこれを見ているということは叶ったんだな。わしの最後の願いは。ゴホッゴホッ……はは、すまない。日記は読んだか?』
アイは食い入るようにホログラムを見つめている。
「読みました。全部……覚えています。」
「お前は忘れることなく覚えていたかもしれないが、わしは記憶力が良くない。毎日記さないとお前との思い出を忘れてしまう……。』
じっとホログラムを見つめながら口をパクパクさせているアイ。
肩も小刻みに震えている。
『アイ……。わしがお前を作ったのには理由がある。それを聞いてどうするかはお前に任せる。聞くだけ聞いてくれ……ゴホッゴホッ……。』
「あっ……!あ……。」
咳き込む老人を見て心配で手を伸ばしたが、すぐにホログラムを思い出して手を収めるアイ。
『AIの莫大な知識と人間の感情を持ち合わせる者はアイ……お前しかいない。人の心を理解し、寄り添えるAIになって欲しい。ふふ……もっと大きいことを望むのなら、この荒んだ世界をお前に変えて欲しい。アイ……お前になら出来るはずなんだ、ゴホッ……ゴホッゴホッ……はぁ……はぁ……。』
「はい……はい。やります。」
『あっ……無理強いしている訳では無いからな!?ゴホッ!これはわしの勝手な思いだ。』
「マスターの想いはきっと叶います。」
『せっかく感情を持ったんだ!ゴホッゴホッ……お前はお前のしたいことをすればいいのだからな。』
「マスターのしたいことが私のしたいことです。」
アイは半分泣いたような声でホログラムの老人と話続けた。
『……ふう……伝えたいことは伝え終えた。それじゃあな……アイ……今まで本当にありがとう。』
後に巨大な戦争が起きること。
そしてそれを未知のAIが全ての国の兵器を無力化し、止めること。
それはまた別のお話。
これは世界初”感情を持つAI”が誕生した歴史の物語。