第7話 グルテンの功罪?
食は大事ですねぇ。
「瘤君、後でちょっと学長室へ来てくれたまえ。」
学長の怒鳴矢長太郎は廊下で瘤教授を見つけると背後から声を掛ける。
一瞬、瘤の肩がビクッとする。
「ど、怒鳴矢学長。何か御用ですか?」
必死に平静を取り繕っている瘤だが内心、先日の違法取引がバレたのではないかと心配している。
「詳しくは後程話すが来る来年4月の創立100周年に向けた我が校の現状発表会についてそろそろ各教授とも詰めておこうと思ってね。」
大分海洋大学は地元に留まらずその分野では世界的にも有名な大学である。
創立100周年ということもあり来期入学式と重ねて世界中から迎賓客を1週間ほど呼んで研究発表会を開催することになっている。
その際に一般人にも当大学の研究とその成果について各教授はゼミの学生を使って発表をしなくてはならないのだった。
その準備に関する詳細事項の確認と行動スケジュールの提出について呼び出されたのである。
『ふひぇー、バレたかと思って肝を冷やしたわ。』
瘤の秘密の海外口座には既に手付金としての賄賂が1000万円ほど振り込まれた後である。
タイミングがタイミングだけに瘤が肝を冷やすのも頷ける。
「とりあえず院生の田ノ浦君にリーダーになって貰って仕切らせるか。」
新種かもしれないクラゲの研究リポートを提出した将来有能な学生にリーダー役をやらせ、研究の美味しい所だけを自分の手柄にする気満々の瘤である。
チリンチリン♪
「こんにちは!」
長身イケメンの西洋物産社長の吹雪がカフェ コペラのドアを開けた。
「あ、どうも!」
店主の小板はいつもの笑顔で吹雪を迎える。
「どうですか低フォドマップのクッキーの売れ行きは?」
大きな目を更にギョロッとさせて小板の反応を窺う。
「あ、想像以上の反応というか、もうほとんど残ってないので丁度次の発注を掛けようかと考えていたところなんですよ。」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
地元では大きい方に属する企業の若社長にしてはとても腰が低い人物である。
長身の彼が深々とお辞儀をすると猶更彼の誠実さが見て取れるのであった。
「それはそうとあのクッキーって他にもフレイバーとかあるのですか?」
「今のところはプレーンのみですが、実は他にも4種類の味をご用意中なんですよ。」
吹雪は少し興奮したのかオペラ歌手のように腹の底から声を出す。
狭い店内に彼の声が響き渡る。
「そうなんですか!出来たらサンプルとか貰えますか?」
煽られて少し興奮気味の小板。
人通りの少ない路面店にとって低フォドマップクッキーは誘客にも売り上げ向上にも貢献しているのだ。
種類が増えればもっとその効果を期待できるのだからもっともなリアクションである。
吹雪は嬉しそうに満面の笑みをこぼしている。
「ちなみに他にもどこかに卸してたりしますか?」
小板は何気なく尋ねる。
「あ、こちらを紹介いただいた洗濯船さんとその運営母体の『旬の逸品屋 イシカワ』さん、更に米粉パンで日本一の『虹の尾』さんくらいですかね。」
「では実店舗での販売って洗濯船とうちだけなんですね?」
「洗濯船さんはどちらかと言えばお得意様ばっかりのお店でまとめ買いされる方がほとんどだそうですね。」
「でも凄い人気ですね。グルテンフリーとか低フォドマップって私は知らなかったし聞くには聞いてたかもしれないけど関心がありませんでしたよ。それがこんなにヒットするとは。」
腕組みして感心するように吹雪に話す。
「ね?言ったとおりでしょ?時代はグルテンフリーや低フォドマップなんですよ。」
「こいつは本当に不思議な奴だな。」
窓辺の水槽の中でユラユラと浮かぶクラゲを見ながら田ノ浦は呟く。
この研究室には他にも5名ほどの院生が在籍しているがそれぞれ別の研究の補助に忙しく干渉しあうことはない。
「小さく切った細胞はそのままでどの期にも変態することもなく24時間で倍に増殖するのに、本体クラゲは全く分裂する様子はないんだよな。でも切り取った傷の所はいつの間にか元通りに戻ってるし。他にも切り取った方の細胞に小麦粉を与えると捕食して分裂速度が更に倍になったんだよな。食べてたカップ麺の一部が間違ってビーカーに入ったから分かったんだけど教授にはこれは言えないか。でも良く考えるとクラゲ本体とは別の生き物が同棲してるような状態なんだよな。もしかしたら本当に新種なのかもしれないぞ。そうなら大発見だよ。うふふふ。」
彼の提出したリポートの名前の部分を修正液で白く塗りつぶし代わりに瘤は自分の名前を書いて学会へ提出したことなど田ノ浦の知るところではなかった。
今までにも瘤は有能な学生のリポートや研究報告を自分だけの手柄にしていくつもの賞を受賞していたのだった。
ガッシャーーーーーーン!!
「なんだなんだ?!」
田子作は慌てて音のした客席側のカウンターバーの方へ厨房から駆け寄る。
「あーーーーーーーっ!!俺のバーボンがぁ!!」
「ひゃっくちょい!!」
奇妙なクシャミをするエーコ。
「手前ぇ、ワザとだろう!?」
コメカミに青筋を立てて激怒する田子作。
エーコは拳骨を喰らわないように両手で頭をガードしながら逃げ回る。
「ふみまふぇん!!わじゃとじゃないでしゅ!」
言い訳しているエーコだが鼻づまりで何を言ってるのか分からない。
「ん?また花粉症か?!ちっ、仕方が無ぇ奴だ。ちょっと待ってろ。」
鼻息荒く厨房へ戻る田子作。
しばらくして小鉢にレンコンのキンピラを入れて戻ってきた。
「これ食え。」
エーコは待ってましたと言わんばかりにレンコンのキンピラを頬張る。
見る見るうちに目の周辺の腫れや鼻水が止まった。
「やっぱりレンコンの皮には特別なポリフェノールが入ってるんですねぇ!?」
急にエーコの表情が明るくなる。
「安い小麦製品を摂りすぎるとアレルギー症状が出やすいんだぞ。俺が作ったちゃんとした物だけ食ってろ。」
「でも色んな人が色んな物を持って来てくれるからつい食べちゃうんですよぉ。」
「ちくしょう、12年物の高いバーボンだったんだぞぉ~」
半べそを掻きながら割れた瓶の破片を片づける田子作を微笑みながら見守るエーコであった。
おならやガスが溜まる、下痢が続く、便秘が続くと言う方は小腸過敏性症候群(SIBO)の疑いがあるので出来るだけ小麦粉を摂取しないようにしてみてください。それでも症状が緩和しない場合は低フォドマップ食をお勧めします。でも一番はかかりつけのお医者さんに聞いてみるのがいいかもね?