第5話 ファーストコンタクト
すれ違う出会い。
「ぐふふふ、この意味本当に分かってる?」
小太りで背の低い六十がらみの男はキツネ目の30代営業マンの男に囁く。
「勿論ですとも。今回のご予算10億のうち2千万円ほどを瘤教授にはキックバックさせていただきます。」
「海外の僕の口座知ってるよね?国内じゃあ現金でもすぐにバレちゃうからね。」
(現在は実際は海外口座でもバレますよ。)
小太りの男は大分海洋大学の生物学教授の瘤酉夫である。
若い男は医療機器メーカーの営業マンで、二人は違法な取引の話をしているようだった。
「もちろんですとも。では今回も全て当社にお任せいただけるということで。それではお祝いに今夜時間開けといていただけますか?良い娘が居る店をご用意させていただきますので。」
厭らしい笑みを浮かべる瘤と営業マン。
その前夜のこと、飛来した隕石は臼津市と佐賀関市の間の流れの速い海域に突き刺さるように落ちた。
海底に着くと隕石表面はひび割れ始める。
その亀裂が大きくなると中からジェル状の透明な物が溶け出て来た。
が、それ自体が一つの生命体である。
エーコの先祖の星を飲み込み散り散りになった破片の一つがつにこの星にも飛来したのである。
ジェル状生物はすっかり殻から溶け出てしまい急流に身を任せるまま佐賀関方面へと流されていった。
やがて黒い石だけの一つの海岸付近で滞留した。
近くをクラゲがユラユラと浮いている。
次の瞬間、ジェル状生物の一部がニュッと伸び、クラゲを引っ張る。
ジェル状の膜がクラゲをあっという間に包み込んだ。
この生命体が初めて地球で捕食した生物である。
だがクラゲ自体はそのままの体を保っている。
何事も無かったかのようにそれまでと同様にクラゲは佐賀関の浜を浮遊するだけであった。
「くそ忙しいのに誰がのんびり海なんかに行くか!」
田子作はエーコに不満をぶちまける。
「絶対佐賀関付近に落ちましたって!確かめましょうよ!」
引かないエーコ。
「今どき隕石なんか拾ってどうするんだよ!しかも冬の海だぞ?もし海に落ちてたら誰が潜るんだよ?」
絶対に行きたくない田子作。
「それなら大丈夫です!アクアラング持ってますから!」
自信満々のエーコは右手の親指を立ててみせる。
「お前が潜ってる間俺は何すんだよ?!しかもお前が流されたらレスキューとか呼んで後から高額な請求書が届くだろうがっ!!」
「え?私は潜りませんけど?」
キョトンとするエーコ。
「馬鹿野郎!!絶対に俺は潜らんからな!!」
額に青筋を立てて怒る田子作に細目でにやけるエーコはこう返す。
「知ってますか?先日どっかの国で枕元に落っこちた隕石を売った女性の話。」
「なんだよ、勿体つけるなよ。」
不満そうだが急に興味が湧く田子作。
「あと2cmでもズレてたら頭直撃だったのですが、その隕石がとんでもない高額で買い取られたそうですよ。確か2億円くらいだったとか。」
「に、2億!?」
すっかり興奮気味の田子作は席を立つ。
「お?」
「急いでアクアラング一式持ってこい。」
急にやる気が出る田子作を『うしし』と内心笑うエーコは言われるがまま大急ぎでボロアパートにアクアラング道具を取りに帰るのだった。
「とりあえず黒石浜に来ては見たが、どうやって隕石がどこにあるか調べるつもりだ?」
現場に来て基本的なことを思い出した田子作。
「じゃーん!」
エーコはそう言うとバッグから何やら機械を取り出した。
「なんだソレ?」
「超高性能な小型放射能検知器です!」
鼻息が荒くなる工学系女子のエーコ。
「どうしたんだよソレ。」
「勿論買いましたよネットショップの『ニャマズン』で。」
目を輝かせるエーコ。
「いつ?」
「もう半年くらい前ですかね?」
「ってか、お前の入社試験開始頃じゃねぇか。何考えてんだ?」
「前から欲しかったのですよぉ。」
「そんなもの一体何に使うつもりだったんだよ?!」
「だからこうして使う日がやってきたじゃないですか。」
至極当然だとでも言いたげな顔のエーコ。
ため息しか出ない田子作。
「それではスイッチオーン!!」
放射能検知器の針が左右に振れ始める。
自然界でもある程度の放射能は常に放出されている。
エーコは東西南北へゆっくりと向きを変えながら放射能を検知してゆく。
「うーんどうやら臼津市から目の前の湾の間が一番放射能が高いですね。」
想像以上に高性能な検知器である。
すると浜辺の向こうの方から若い男女の声が聞こえて来た。
5,6人ほどのそのグループはなぜか皆な白衣を纏っている。
田子作達に軽く会釈をすると波打ち際へと歩いて行く。
彼らは波打ち際に打ち上げられたものをトングで摘まむと手際よくバケツへ入れて行く。
一定の間隔をあけてしばらく作業を続けていたが、突然エーコの検知器が大きな音を立てて反応した。
「やばい!」
田子作がそう言うと若者に駆け寄る。
慌てて田子作の後を追うエーコ。
「ちょ、ちょっとすみませんが今バケツに入れたものを見せてもらえますか?」
田子作は彼らのバケツを一つずつ覗き込む。
「あ、どうぞ。」
キョトンとする若者を余所に田子作はバケツの中をトングでかき回す。
ようやく追いついたエーコが検知器を一つずつバケツに向ける。
その中の一つが特別大きく反応する。
二人は真剣な眼差しでバケツの中を覗きトングで一つずつ丁寧に浜の石の上に並べて行く。
しかし隕石らしきものはなく一匹のクラゲに大きな反応を示したのだった。
「・・・その検知器いくらだった?」
田子作はエーコを横目でジロリと睨む。
「え?確か1980円だったかと。」
「・・・帰るぞ。」
ガックリと気落ちした様子の田子作は黒い浜を車道の路肩に止めた白い軽自動車へ向けて歩いて行く。
「もしかして隕石を一度飲み込んだのかもしれませんね。」
エーコは可能性の一つを上げる。
「だとしても、他に反応しないならもう探せん。大体なんでそんな安物を買うんだよ!!」
運転席に座ると急に怒りが込み上げてきた田子作。
「『そんな物何に使うんだ!』とか言ってたくせに!」
エーコも田子作に言い返す。
そんな二人の様子を浜辺で見ている学生たちは笑っている。
そうして全てを回収した海洋大学の学生たちは大学へと戻っていった。
「ふん!せっかく佐賀関まで来たんだ、旨い刺身とクロメでも食って帰らんと気が治まらん。」
徐々に気を取り直した田子作が向かったのはオーシャンビューのレストランだった。
テーブルに届いた海鮮丼にはまだピクピクと動く活け作りのアジの他に10種類の魚介類がてんこ盛りに乗っている。
もちろんクロメ汁も忘れずに注文した二人。
「それでは気を取り直して、いっただきまーす!!」
二人は呼吸するのも忘れて次々と料理を口に放り込むのであった。
佐賀関は海流が速いので魚介類やクロメが鍛えられているから身が締まっていて旨いのです。