城を守っている時間はない
魔法砲の集中砲火にさらされ、貧弱なアルザス城の防壁は数分で瓦解した。
「たわいもない!」
ルイーズは、いとも簡単に空いた穴をみて高笑いした。
城攻めは何度も経験していたが、こんなに簡単に城が落ちたのは初めだった。
アルザス軍からは反撃らしい反撃もなく、ただなすすべもなくという感じだった。
……さすがは辺境、まともに戦をしたことがないのだな。
「さぁ、突撃だ!」
ルイーズの号令で、鉄鬼軍は城内へとなだれ込んだ。
――だが、そこでようやく異変に気がつく。
「バカな……」
城壁の中には、人っ子一人いなかったのだ。
「……まさか、城を放棄したのか?!」
まさか戦わなず逃げ惑うつもりか?
「おい、敵軍はどこにいるんだ!?」
ルイーズの問いに、城壁の上に登った部下が答えた。
「王女様! 敵は城の後ろの森を背にして布陣しています!」
「なに!?」
一体どう言うことだ。
わざわざ自分たちの居城を捨てて、平地での決戦を望んでいるということか。
鉄鬼軍は別に城攻めだけを得意としている部隊ではない。平地での決戦だって得意だ。
アルザスの弱小軍隊が決戦で勝てるわけがない。
「……舐めたことを。一捻りにしてやる」
「どうしますか!?」
「敵のいるところへ向かうぞ!」
ルイーズは指示を飛ばす。鉄鬼軍は、一斉に城の後方へと向かう。
城の裏手に回ると、アルザス軍はエリスを先頭に布陣していた。
その数は700といったところか。
ルイーズの鉄鬼軍の数は1000。攻城戦を得意とするが、決戦だってこなす精鋭集団だ。
数で優っている上に、相手は寄せ集めの徴兵兵。これでは負ける道理はない。
「エリス! 鉄鬼軍と真っ向から勝負しようなんて、100年早いよ」
「……お姉様。ラセックスに戻っていただくことはできないですか?」
と、エリスはまだそんなことを言う。
「目の前に勝利が転がっているのに、どうして逃げる?」
ルイーズはそう言い放ってから、部下に開戦を指示する。
「突撃!!」
次の瞬間、鉄鬼軍は一斉にアルザス軍に襲いかかった。
だが、アルザス軍は、さらに思いもよらぬ行動に出る。
「退却!!」
そう言って、アルザス軍は森を背後にして、左右に別れ退却し始めたのだ。
騎馬隊は右に、歩兵は左に。
右に逃げた騎馬の一団の先頭はなんとエリスだ。自ら先頭に立って退却を先導している。
「バカな!?」
状況が理解できず、ルイーズは呆然とする。
城を捨て、さらにまだ逃げるというのか。
「……おいかけっこするつもりか」
アルザス軍は戦う気がないのだ。
どうせ勝てないから、戦う気はないと。
「そうはいかないぞ……」
「大将! どうしますか⁉」
ルイーズの副官が指示を仰ぐ。ルイーズは毅然と発した。
「我々も騎馬と歩兵に別れてそれぞれアルザス軍を追うぞ! エリスがいる方には私が行く! 残りはお前に任せた。必ず仕留めろ!」
「ハッ!」
逃げるのなら、追いかける。それだけだ。
決して逃しはしないのだ。
ルイーズは、騎馬を走らせ自ら先頭に立ち、エリスのあとを追いかける。
だが、予想外に、その距離がなかなか縮まらない。
アルザス軍の馬は、なかなかに素早い。
「いや、焦るな……」
敵は逃げ惑っているだけだ。
勝負ならないからと、逃げ回っているのだ。即ち、これはもうこちらが勝利を収めたに等しい状況だと言う証拠。
奴らとて永遠に逃げ回ることはできないはずだ。
「全速力で追いつけ! 追いつけばこちらのものだぞ!」
ルイーズは、配下の騎馬隊を大声で鼓舞する。
と、アルザス軍が逃げ惑うその先に、川が見えた。
川幅はかなり大きく、馬に乗ったままでは絶対に渡れない。
そして、その川には一本の大きな橋が架かっている。ちょうどその上を、エリスたちが渡り終えようとしている。
まずいと思った時には、既に遅かった。
「くそ!!」
エリスたちは、自分たちが川を渡り終えると、橋を魔法で焼き払い、通行できなくしてしまったのだ。
それなりに時間をかけて作ったであろう橋を壊してまで、逃げるとは。
「ええい、氷の魔法で橋を作れ! 急げ!」
ルイーズは部下に激を飛ばす。
「おのれ……逃げまわってもなんの意味もないのに……」
ルイーズは苛立ちを抑えられなかった。