旅は道連れ、世は情け無エ…… 【9】
わたしは今でも忘れられない。
あの時の、お父さんの顔。
私が、自分の娘が実は王族の血を引く遺児だと言う事を語って聞かせた時の、父さんの苦しそうな顔。
そばで聞いていたお母さんは、そのまま顔を覆って泣き伏してしまった。
私は、何と答えて良いか判らずに呆然としたままだったと、そう憶えている。
それでも__それでも、わたし達、親子だよね。これまで通り、ずうっと家族だよね、お父さん。その時、私は声に出してそう言ったのか、心の中だけでそう叫んだのか、もう今では憶えていない。
それからも、私は今まで通りの生活を続けた。そうあろうと気にしない素振りで振舞って見せた。
何の屈託も無く、お父さん、お母さん、て呼んでみたりした。二人は、トイデス夫妻はそれに合わせて私の事をレジェナ、といつものように呼んでくれた。でも、父は折に触れ、私に王女としての自覚を持つようにと言うようになった。いつまでもこんなふうではいかんなあ、なんて、夕食後の団欒でさり気無く雑談風に切り出してみたり、かつての同僚、一緒にマルディール王家に仕えていた旧臣とか言う人たちの話題から何となく話を振ってみたり。その度に私は身が竦んで、心臓が止まるかと思うほど苦しい想いだった。
そして、そんな毎日に耐えられなくなった私は、とうとう家を飛び出したのである。
熱心に取り組んだ剣術で、初めて師範代のサイカニア先生から一本取った勢いで、私は私のやり方でマルディール王家を再興してみせる、なんて叫ぶとそのまま家出するみたいに唐突に旅に出たのだった。先祖代々、王家に伝えられると言う伝家の宝剣を持って。
しかし、ホントは、お兄ちゃんを捜して。
自分が家族とは血の繋がりが無い事は確かに衝撃だったけど、同時に、自分の想いを遂げる事も出来ると言う事が分かった。
お兄ちゃんに、妹としてではなく一人の女性として心を、愛情を伝えたいと。
正直言ってそこまで立ち直るのにはかなり時間が掛かったけどね。両親から真実を告白された時には、すぐにそこまでしゃあしゃあと割り切る事は出来なかった。それが当たり前の人間と言うものである。
私は家族を失った代わりに、愛する男性を得たのだった。
でも__
もしかしたら、違うのかも知れない。本当は、自分の辛い気持ちを誤魔化す為にお兄ちゃんの事を無理に思い出しただけなのかも知れない。
お兄ちゃんの事が好きだったのはホントだよ。ずっと帰りを待ってたのも。でも、それは異性の兄弟を持った幼子が抱く、世間一般でも極普通の感情に過ぎないんじゃないのかな。両親から聞かされた、余りに衝撃的な事実、自分でもどうしたら良いのか分からない運命から逃れる為に、いや、その苦しみを少しでも和らげる為、前向きな理由を自分自身に言い聞かせてただけなんじゃないのかな?
でも、それでも、私は構わない。
兎に角、私がお兄ちゃんの事が好きで、結ばれるのに何の障害も存在していないと言う事だけは確かなのだから。
いいじゃん、辛い気持ちを好きな男に受け止めてもらうくらい。それがきっかけで中途半端な気持ちがハッキリ自覚できるようになって、二人の絆が深まるなんて、どこにでも転がってるオーソドックスな展開じゃない。
だからマニ、ゴメンね。
あんたがいくら私の事を愛してくれていても、私はあなたの想いに応える事は出来ないのよ。
落ち込むんじゃないよ、マニ。