旅は道連れ、世は情け無エ…… 【4】
一つの命の犠牲によって、別の命が救われる__この、大いなる自然の摂理に感動しながら、わたしはいたいけな小動物の命の重さを胃袋に実感していた。
あー、幸せ、余は満足じゃ。漸く生き返った気がするわ。可愛そうなウサギさん、私を怨むんじゃないよ。怨むんだったら、顔色一つ変えずにあんたを惨殺した、行者にあるまじき破戒を犯したこの生臭坊主を怨むんだよ。
料理なんて物ではなかったけれど、ウサギの皮を剥いで(勿論、マニがやった。これでも女の子である、譬え卑怯と言われようと私の手でそんな血腥い事は出来ない)森に落ちている枯れ枝を拾い集めて来ると、マニが指を組んで印を切り、マントラだかダーラニーだか言う東洋の呪文を口にして薪に火を点すとそのまま炙って丸焼きにしたのである。ウサギ一匹で二人分の食事とは少しばかり物足りないが、贅沢は言っていられない。しかもマニは、肉の中でも美味しい部分は全て私に譲ってくれたのだ。獲物を捕まえたのがマニなら調理したのもマニ、火を起こして食べる用意をしてくれたのも全部自分だったにも係わらず、彼は耳やら内臓と言った余り美味しくない所だけを選んだ上に、足りない分は途中手に入れたらしいトカゲやらヘビやらを火に炙ったりして腹を満たしていた。如何に唯我独尊で傍若無人の私でも、いやいや、心優しい私は居た堪れなくなり、内心マニが辞退してくれるのを切実に祈りながら彼に美味しい部分を口にするよう薦めたのであった。しかし、マニの答えは私の心を震わさずにはいられない、感動的なものであった。
「いいえ、レジェナ様が御召し上がり下さい。自分は粗食には慣れておりますので」
これだよこれ、やっぱりコイツ、わたしに惚れてやがんなあ。そうでなくてはここまで出来ない筈だよ、ホント。
マニが行者の戒律(そんなものが有るのかどうかは良く知らないが)に背いて殺生に手を染めたのも、東洋からはるばる修行に来たにも関わらず、如何に今は亡きマルディール王家の生き残りとは言え、自分とは縁もゆかりも無いこの私に従者として仕えてくれているのも、彼がこの私を愛しているからに他ならない。
「こう言った、内臓などの方が栄養価も高く、健康には良いのです。それに、大きな生き物を
部分的に食べるより小さな動物を丸ごと食べた方が生物に必要な成分を全て摂取できますし……」
なーんて、私を慮ってくれたりもする。
健気だねえ、粋だねえ。
うふふふふ、いーオンナってのは、罪だねえ……兄ちゃん、アタイに惚れちゃ火傷するぜ、なんてね。
しかもマニってば、見てくれだけじゃなく何をやらせても器用にこなす上にあらゆる武具の扱いに精通しており、更に東洋系の魔法の奥義を極めた行者なのである。神秘的でエキゾチックな雰囲気もサイコー!その、ちょっとやそっとで見付かりそうも無い、才色兼備の万能色男がこの私にゾッコンなんだから、ヤッパリこのわたしってば、その上を行くイイ女なんだよね。
おーほほほほほほ、と勝利のお嬢様笑いを披露したい衝動を抑え、私はマニの方に目をやった。夜も更け、ゆらめく炎に浮かび上がるマニの相貌は恰も彫像のように神秘的で、思わずドキリとするほどだった。
そんな私の視線に気付いたのか、マニはにっこりと懐の深い微笑みをよこしたのだった。
「ホントにいいの、マニ?」
わたしは美味しい所を譲ってくれたマニの事を慮って言葉を掛けた。勿論、全部食べ終わった後で。
「ご心配無く」
時が時だけにマニの優しい答えは飢えた、否、疲れたわたしの心身に温かく染み渡って来る。
私がこの男、東洋から魔法の修行の為にやって来た、マニ・ツェンガと知り合ったのは今から約三ヶ月程前。半年前に家出同然の勢いで幼少期を過ごした生家を飛び出した私に出来た、初めての道連れである。