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旅は道連れ、世は情け無エ…… 【3】

そうして糧道を確保せんと一心不乱に辺りを物色していた私は、草を掻き分ける、ガサっと言う音に反射的に振り向いた。


何と幸運、どんなに追詰められたような状況においても矢張り日頃の心掛けが良いといざと言う時、神様も救って下さるのね。そこには、丸々と太った茶色い毛のウサギさんが、まん丸な目を見開いて、不思議そうな顔をこちらに向けていた。


キャッ、カワイイ。


確かにわたしはこう思った。

嘘じゃない。

本当に、あの愛らしいウサギさんの姿を目にした瞬間、純情可憐なわたしの胸にはほのかな女の子の本能が閃いたのである。しかし、同時にもう一つの、生物としての強烈な生存本能が電撃のように激しい思念を発生させた。腹から、胃袋から発せられたそれは人間を、あらゆる生命を創り賜うた神の御心によって下された絶対的な託宣、抗いがたい至上の条件反射であった。その、生命の業の齎す悲しき本能が、慎ましやかな乙女の感性を強引に押し退けて呪われたもう一つの思念を私に送りつけたのであった。

今のわたしを一体誰が責められようか?


“美味そう!”



ウサギさんと目が合った一瞬が永遠のように私の心に突き刺さった。身動ぎもせずにその貴重な命の糧を見詰めるわたしの目の前で、その小動物は無情にも向きを変え、今にも駆け出す体勢に入っている。

イヤ、行かないで!

わたしをこんな所に置いて行っちゃヤダ!


その瞬間、心の中で訴える私のすぐ横を空気を切り裂く擦過音が駆け抜け、ウサギが吹っ飛ぶように倒れ伏したのであった。

ウサギの首筋には丸い、円盤状の金属が突き立っていた。リング状の真中が空いた、チャクラムと言う東洋の投擲器具である。中央の、空いた部分に指を引っ掛けて回して勢いをつけるんだって。

マニだ。

彼の懐にはこの隠し武器が常時忍ばせてあって、いざという時には素早く投げ付けて相手を倒すのである。想いは同じと言うか、この愛くるしい姿を目の当たりにした瞬間、恐らく彼の胸中には私と寸分違わぬ思案が生じたに違いない。否、この大男は厳しい修行の結果普通人が当然持っている筈の感受性を克服してしまった為、私のような情緒溢れる感想は終ぞ抱かなかったかも知れない。只、目の前の現実に冷静に対処して卒無く物事をこなして行く、確かに便利と言えば便利な男ではあったが。

イヤ、そうでは有るまい。

きっと彼は私の、このわたしの為にこの非情極まる殺戮を平然とこなしたに違いない。何故なら、一切の感情を捨てた筈のこの男はこの私、レジェナ・マルディールの事を愛しているからである。

人間の限界を超える荒行の結果、全ての感情を失った(こう言うとマニはやんわりと否定する。しかし、傍から見ていても彼の人格はどことなく人間離れしていて、世俗的な感情を捨てたとしか思えないのである)彼が唯一心を開くのは私だけだし、温かな人間性を取り戻したのは、このレジェナ様に対する強烈な懸想なのである。勿論、このヘラヘラした大男は口に出しては言わないが、そんな事くらい私にはお見通しなのである。何せ、私と来たら世間では滅多にお目にかかれない類稀なる美少女、それも高貴なる血筋を隠しようも無い優雅な雰囲気に加えて明朗快活、行動的で活発で、つまらない事にはくよくよしない天然ヒロイン100%の17歳、さあ、まだ足りない所が有んだったら言って見やがれってんだ!これに惚れないヤローは居ないっての!



と、今はそんな所ではない。

マニのチャクラムは首尾よく獲物を捕らえた物の流石は野生の生命力、ウサギは即死する事無く、もがき苦しみながら血を流し苦痛で地面をのた打ち回っている。


イヤだ、ザンコク!


しかし、次にはそれに輪を掛けて残酷なシーンを目にする羽目に陥ったのである。

苦しみもがくウサギに歩み寄ったマニは、物も言わずに哀れな小動物に手を掛けると、押さえ込むようにしてその首をねじ切って止めを刺したのだから堪らない。

そんな自分の行為を省みたのか、それとも哀れなウサギに哀悼の意を表してか、屈んだままマニは静かに手を合わせ、無言で黙祷していた。



その一連の行動に対し、責めるもならず誉めるもならずで呆然と成り行きを見守っていた私の方に、マニは恰もお伺いを立てるかのような困惑を露にした微笑を見せていた。


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