旅は道連れ、世は情け無エ…… 【1】
「あーあ、お腹減ったなあ……」
もう三日間、水だけの生活。如何に清貧をもって旨とする正統派美少女ヒロインとは言え、こいつは何とも堪えるのよね。私は、ジャラジャラと空きっ腹に響く鬱陶しい音を立てながら傍らを悠々と歩き続ける頭にターバン巻いた大男に、思いっきり恨みがましい目線をぶつけてやったが、余裕を持って申し訳無さげな苦微笑を返してくるその面の皮の厚さに、バカバカしくなって力むのを止めた。
「あーあ……」
私はガックリと肩を落として力ない溜息をついた。よく、不幸な時には余計に明るく振舞いましょう、なんてお為ごかしをぬかす訳知り顔も居るが、あたしゃ、そんなミエミエの痩せ我慢なんてゴメンだよ。笑うのは可笑しい時、元気になるのは嬉しい時、悲しい時には思いっきり泣くし、頭に来たら遠慮無く怒り狂い、辛い時には力一杯ヘコむのが私の流儀。自分の気持ちに忠実で、喜怒哀楽が激しく、感情的で正直なのは美少女の大前提なのだ。
「……マニ……」
傍らの、先程から不快な音を響かせる輪っかの一杯付いた杖を突きながらしゃあしゃあと歩を進める大男、マニ・ツェンガに思いっきり哀れな声色で訊ねた。我ながら惨めな事は自覚しているが今は仕方が無い。これも美少女の特権、オバハンやヤローどもがやったら恥かくだけだ。譬え美形でも許さない、否、いいオトコだったら尚の事その美貌に責任を持つのが義務というものだ。こう言った甘えた仕草や声色が許されるのは私のような美少女か、青白い顔した細骨で病弱な薄幸の美少年だけである。
「あんた、ひもじくないの?」
「勿論、ひもじいですよ」
マニは涼しい顔で申し訳無さそうに、そして私の言わんとする事を予め見通し、先手を打つようにきっぱりと言い切った。
「しかし、それを面に出さないのが男と言うものですから。極東の列島国家においては『武士は食わねど高楊枝』との格言も有るとの事ですし、譬え見え透いた痩せ我慢でも辛抱するのが意地というものです」
意地だって?そのにやけた顔で?
マニのヤロー、人が気イ使って遠回しに腹減ったって言ってやッてんのに、その溢れるばかりの思い遣りを遠慮会釈無く踏み躙ったばかりか、取り付く島も無い位爽やかな自然体で、何気にイヤミな台詞をぶっこいて私の事を嘲笑ってやがる。如何に空きっ腹抱えたとは言え、花も恥らううら若き乙女がそんなお品の下がる台詞は言えないから(て、さっきのは只のうわ言、男だったら潔く聞き流せ)、あんたの男を立ててフェミニズムの見せ所を作ってやッてんのに!
「まあ、自分は修行の際に断食行なども経験済みですし、慣れていると言う事でしょうが……」
あーあー、そりゃ結構、あんた真面目に修行して精神の方も立派に鍛え上げて、それはそれは高潔な忍耐強さを身に付けていらっしゃるんでしょうね。辛抱できずに未練垂らしく回りくどい言い方で泣言ほざいてる私の姿が、さぞや無様で滑稽に見えてんでしょうね!私もはっきり言ってそれ程やわな女の子じゃない。腰にぶら下げた、いかにも格式の有る剣はダテじゃない。一応これでも本格的な剣術を仕込まれた一端の剣士なのだ。だが、私が打ち込んだのはもっぱら技の方の修行で、精神修養の方は今一オロソカにしてしまったのだ。しかし、それはそれ、これはこれ、別に私に責任は無い!マニにだって責任有る訳じゃないけど。
前言撤回、譬え男だろうと女だろうと、若かろうが年寄りだろうが美形だろうがブサイクだろうが、苦しいときには素直に表に出す方が可愛げが有る。しかし、この額に点みたいなマーク(白毫ってんだって)を頂いた程よく日に焼けた大男は、如何にも自分が厳しい修行の日々に耐え抜いてきた行者である事を鼻にかけたように、そのわざとらしいくらいに男前の顔に平然と微笑を浮かべて私を見下ろしている。これが許せる事だろうか?
「まあ、空腹を辛抱するなどは、別に意味も無い見栄に過ぎない事ですし、忍耐を持って美徳とするのは__」
「……もういい……」
これ以上同情されるのも情けないので、私は無理矢理マニの口を閉じさせた。所詮、私の素直で多感な空腹中枢と、あんたの無神経な胃袋を比べようって方が間違いなのよね。




