第二十六話:その思いは……
「つつつ番い!? ほ、本気で言ってるんですか!?」
「フッ、当たり前だろう。こんな事を冗談で言うバカ者がいるわけがない」
確かに冗談でそんな事を言うバカなんてそうはいないだろうな。その代わりに出会って数秒で求婚するバカが目の前にいるんですけどね?
イコナですらそんなマネはしないぞ。えっ、しないよね……?
「つまり本気で……って、それはそれでどうかしてますよ!? 私達はほんの数秒前に会ったばかりなのに、そんないきなり……」
バタバタ慌てたり、急にしゅんとしたり忙しいな……顔どころか手の先まで紅くなっていってるし。
いつもの恥ずかしいからってモジモジしてる時とは比べものにならない状態だ。
まるで全身に火がついてパニックになってるような……とにかく混乱しまくってるって感じに見える。
出会って間もないのにいきなり求婚なんてされたら……そりゃそうなるか。
まして牢屋越しに、しかも相手は一国の王様だ。
「まあ落ち着け。決して悪い話ではない、そう思わないか?」
「落ち着け……って、誰のせいでこんなにパニックになってると思ってるんですか!? 王様ならもうちょっと相手の事を考えて喋ってください! それに悪い話とか良い話とか、そういう問題じゃないです!」
イコナが尻尾をピンと立ててる……あれは怒ってる証拠だな。
まあイコナの言い分はごもっともだし、パニックになる原因を作った張本人に『落ち着け』なんて言われたら怒りもするだろう。
それにしても、あの風竜王……確かヴェロイトだったっけ?
よっぽど自信があるみたいだな。頭から湯気が出そうなほど大慌てのイコナに比べて、ずっと堂々としてる。
言葉の一つ一つ、その態度も……イコナが申し出を断るなんてまるで思ってないように見える。
プライドが高い上に自信家なのか、それともただ単に自意識過剰なだけなのか……どっちにしてもやっぱり俺の苦手なタイプだ。
まあ残念ながらイコナが、け……結婚する、なんて事は無いだろうけどな。
だって、出会って間もないし? イコナもああいうの苦手なタイプだろうし? それにもしかしたらイコナはーー
「ゴホン!」
あっやべ……変な事を考えそうになったせいで、つい咳払いが出ちまった。
「どうした人間? 何か言いたい事でもあるのか?」
「れ、レストさんも何とか言ってくださいよ〜」
二人からの目線が痛い……有無を言わせない鋭い目線と、もうどうしたら良いのかわからないと言わんばかりの助けを求める視線。
竜族の血を引く者同士だっていうのにここまで差が出るのか……まあ生きてきた時間の差があるからって事にしとこう。
イコナの名誉のためにな。
「あ、あ〜その……なんだ。えっと……まずはじっくり話し合ったほうが良いんじゃないか?」
ちゃんと話し合えばイコナがヴェロイトの思っていたようなのとは全然違うってなるはず。
そうすれば自然と諦めもつくだろ。
「レストさん! もう少しハッキリと言ってくださいよー!」
「そ、そうは言われてもな……」
今のところそうするのが一番穏便に済ませられそうなんだから仕方ないだろう。
「ふん、人間の割にはなかなか良い提案をするではないか」
人間の割にはってなんだよ。もう少し素直になったほうが何かと得だと思うぞ?
イコナはイコナで、う〜う〜唸りながら不満そうにこっち見てるし。
「ではイコナ、言い忘れていたが俺様の番いとなればそこの人間と、使い魔のスライムも解放してやる。もちろん罪は問わないようにした上でだ」
「えっ……そ、それは本当ですか!?」
「俺様は嘘などつかん」
おいおい、こっちに有利な条件つけてイコナを釣ろうってのか!?
「……イコナ、これ以上アイツの話を聞く必要は無いぞ」
「……レストさん?」
「人間、なんのつもりだ?」
俺はイコナとヴェロイトの間に割って入り、イコナを一歩下がらせた。
「なんのつもりかって? それはこっちのセリフだ。そもそも俺達は何度も言ってるように、何も悪い事なんてしていない。それなのに、わざわざ結婚してまで無罪を証明する必要なんてないだろう?」
「フッ、言うではないか。だが、誰がお前達は無罪だと証明する?」
「それはーー」
「そもそも人間よ、お前はイコナの何だ? 許婚というわけでもないであろうに、俺様とイコナが番いになる事を止める理由があるのか?」
「……」
……悔しいけど、ヴェロイトの言うとおりだ。シエラやルゥちゃんの証言は信じてもらえなさそうだったし、それに俺は……イコナの友達に過ぎないんだから。もしイコナがヴェロイトと結婚するっていうのならーー
「ヴェロイトさん! あなたは重大な勘違いをしています!」
イコナ? 一体何を言ってるんだよ?
「ほう? この俺様が何を勘違いしているというのだ?」
イコナはビシっ! と人差し指をヴェロイトに突きつけながら宣言した。
「レストさんは私の……い、いいなずけ? です!」
「……は?」
何言ってるんだイコナぁぁ!? お前、許婚が何なのか、わかって言ってるのか!? いや、絶対……ぜぇったいにわかってないよな!?
「……ククク、ハーッハッハ! 面白い! 実に面白いぞ!」
よほどツボにハマったのかヴェロイトの野郎、大笑いしてやがる……こっちは笑い事じゃないってのに。
『レストさん、レストさんってば』
ヴェロイトが大笑いしている中、イコナが小声でひっそりと話しかけてきた。
俺も同じように小声で返事をする。
『……なんだ?』
『あの、私……そんなにおかしいことを言いましたか?』
おかしいどころか、とんでもないこと口走ったんですけど!? 普通に考えたらあり得ない事を言ったんだからな!?
うう……頭が痛くなってきた。
『……そうだな。お前が堂々と宣言したのはーー』
「ククク……こんなに愉快な気分になったのはいつ以来だろうな。ならば物のついでだ」
「……な、なんですか?」
「お前達が許婚だというのなら、今この場で口づけをすることなど容易いことだろう? それができればお前達が許婚の関係だと信じようではないか」
「く、口づけ!? それって、その……き、キスってことですか!?」
ヴェロイトめ……人の事をあざ笑うような物言いしやがって、イコナが思いつきで言ったってこと見抜いてるな。
その上でイコナと俺のキスを迫るとは……良い性格してるな、まったく。
「ああそうだ、キスをすれば良い。どうした? まさかできないとでも言うのか?」
「そ、そそ、そんなこと……あ、あるわけないじゃないですか! ね、ねぇレストさん! で、できますよね!?」
顔真っ赤だぞ……恥ずかしさが限界を超えていつ爆発してもおかしくないんじゃないか?
……とは言っても、多分俺の顔も真っ赤になってるんだろうな……全身が熱くなってきてるんだもの。
でも、ここは覚悟を決めるべきだろう。イコナはヴェロイトと結婚したくなさそうだし……。
俺は深呼吸をして、ゆっくりと頷いた。
「レストさん……」
まるでリンゴみたいに顔を赤く染めたまま、イコナは俺へと向き直った。
その手足はプルプルと震えていた……そんなぎこちない様子のまま、ゆっくりと近づいてくる。
心臓がバクバクいってる。まさか初めてがこんな形になるなんてな。どうせなら、もっとちゃんとした場所で、雰囲気を整えてしたかったな。
イコナが目と鼻の先まで来た……ここまでほんの少しの時間だったはずなのに、凄く長かったようにさえ感じる。
恥ずかしさ故に潤んだその瞳と、艶やかな唇がすぐそこにある……見てるだけで吸い込まれそうだ。
「イコナ……本当に、良いのか?」
「……レストさんこそ……良いんですか?」
声が震えてるじゃないか。本当に仕方ないやつだよ……でもそんなイコナだったからこそ、俺は助けになりたいって思ったんだ。
「……ああ、構わない」
イコナの肩に手を添える……暖かいな。それに小刻みに震えてる……少しでも緊張を解いてあげたいものだけど……どうしたもんかな。
「レストさん……私、私……」
身悶えするイコナをそのままゆっくりと引き寄せてーー
「もう、ダメです……きゅう……」
「イ、イコナ!? 大丈夫か!?」
唇が触れ合う寸前でイコナは全身の力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。
「……気絶してる?」
まさか、恥ずかしさに耐えきれなくなって気絶したのか……? うう、俺だって緊張とか恥ずかしさとか色々とヤバかったってのに!
「ハッハッハ! 惜しかったな、人間よ」
ったく! 見せ物じゃないんだぞ! ヴェロイトが風竜王じゃなかったら、あの笑ってる顔を思いっきりぶん殴って痛みを噛みしめさせてやるのに!
……よく見たら、その隣でシエラが自分の顔を手で覆いながらも、指の隙間からチラチラとこっち見てるな……気づいたら余計に恥ずかしくなってきた。
「だが、お前達の覚悟は伝わった」
「どういう意味だよ?」
「俺様と勝負をしないか? お前達が勝てば、お前達の望みを聞いてやる。俺様が勝ったらイコナをもらう、そのついでにお前達も解放してやろうじゃないか。どうだ? 悪くない話だろう?」
…勝負? 内容次第ではあるけど、こうなったらそれに賭けるしかないか。どのみち他に手は無いんだし。
イコナについてる分体「うおおお……なんや、全身からなんか甘いもんが吐き出されそうな気分や……本体が解放されたら、この感覚を味わせたらなアカン気がする……」




