第二十四話:牢屋にて迎える朝
〜レスト達が投獄された日の翌朝〜
「……ふぁああ、よく寝た……とは言えないかな」
石の床で寝たせいか、背中側が所々痛い……まあ、イコナが作ってくれたあのゴツゴツベッドよりかはマシだろ。
……まさか寝袋が恋しいと思う日が来るなんて思いもしなかったな。自分が牢屋に入れられる日が来るって思ったことも無いけど。
「おはようございます、レスト様。寝心地は……聞くまでもありませんよね」
「ああ、最悪も最悪だ。寝袋のほうがよっぽどマシ……って、シエラ? 昨日の夜に見張りを交代したんじゃなかったっけ?」
昨日シエラにルゥちゃんやオーバルの事を聞いた後も俺達は他愛もない雑談や、これからどうするかとか、色んな事を話した。
その途中でイコナが着けている偽物の首輪について確認もしてみたんだけど、どうやら本物と瓜二つで、シエラには見分けがつかなかったらしく、俺がネタばらしをした時のシエラはそりゃもう驚いていた……色んな意味で。
普段は仕事ができる優秀な女性って感じのシエラが、まるでイコナみたいに慌てふためいてたもんな。
ギャップが凄くて思わず笑ったら、シエラはすぐにキリっとした表情に戻って咳払いで誤魔化そうとしてたのが、またなんとも……これ以上はシエラに怒られそうだからやめとこう。
まあ、普通は拘束具の首輪を無理やり壊したりなんかしないだろうし、シエラがあんな反応するのも無理ないか。
話ついでに、なぜイコナに他の拘束具を着けなかったのかと聞いてみたら、なんでも竜族は人間の姿をしている時には人間並みの力になるのが普通らしい。
人間並みとはいえ『怪力な』人間並みだろうけどな。
で、人間並みならどれだけ強かろうが、良くて中の下くらいの魔族ほどの力しかないだろうから、首輪を無理やり壊すことはできないって判断したんだろうとのこと。
そういうわけで普通はありえない事が起こったからシエラは不思議そうにしてたけど、そこはイコナが特別な訓練をしてたってことで、無理やり誤魔化した。
まあ間違いなくイコナが竜人族だからあんな事ができたんだろう。
竜であり、人でもあるってのは便利なもんだって思わされたな。
そんなこんなで、シエラが『そろそろ交代の時間なので担当のエルフを呼んできます』と言って、どこかに行ってしまったので俺とイコナはそのまま寝たってのが、昨日の出来事……のはず。
そして今、シエラが牢屋越しにいるってことは……また交代したのかな?
「はい、ですがそれは夜の間だけです。私への罰とはいえ、もしもレスト様達が抜け出す隙を与えるような事があってはいけないということで、日中は私、夜は別のエルフが担当することになっているのです」
「なるほどな。じゃあ今は朝……なのか? ここ窓が無いから、夜なのか昼間なのか全然わからないんだよ」
「今はそうですね、朝日が昇り始めてから二時間ほど経った頃です」
……ってことは、まだ朝だな。朝八時とかそこら辺だろう。
「……せめて、地下牢ではなく地上の牢屋ならば……窓もあって、もう少し快適な場所だったのですが、申し訳ありません」
「シエラが謝ることじゃないって。地下牢とは言っても、床があるだけマシさ」
テラーノの住処は地面剥き出しだったからな……あんなにゴツゴツした場所に比べたら床があるだけで遥かにマシってもんだ。
「……お気遣いありがとうございます。ではレスト様、そろそろ朝食をいかがですか?」
シエラは鉄格子の下側に少しだけ空いている隙間から料理の乗った皿を二つ滑り込ませた。
「これは……囚人の飯っていうのはもっと質素なもんだと思ってたんだけどな」
その皿に乗っていたのは新鮮な野菜のサラダと、こんがりと焼けて香ばしい匂いを放つ一切れの肉、更にデザートと思わしきリンゴだ。
「ええ、レスト様の言う通り、本来なら質素なものです。ですが姫様のお友達にそのような物を出す訳にもいきません。なので、僭越ながら私が作らせていただきました」
微笑みながら会釈するシエラに、レストは呆気にとられてしまっていた。
「……あ、ああ。ありがとう、シエラ……それにしても、エルフは火の魔法は使えないんじゃなかったっけ?」
「はい、その通りです。ですが、火をおこす術はありますので、そのお肉……エアーラビットのもも肉も調味料を加えた後、火をおこして焼いております」
……まあ、そうだよな。なにも魔法を使わないと火をおこせないわけじゃないんだし。我ながら、わかりきった事を聞いたもんだ。
「じゃ、じゃあ早速いただきます……」
料理を食べようとするレストを、シエラは不思議そうに見つめている。
「……レスト様?」
「? どうしたんだ、シエラ?」
「いえ、その……イコナ様を起こさなくてもよろしいのですか?」
……あ〜なるほど。寝てるイコナを放っておいて俺だけ食べてもいいのかってことか。
確かにこんなにも美味しそうな料理を先に食べてしまえばイコナは怒るだろう。
でもなーー
「こんなに美味そうな料理を前にしてイコナを起こしたらな……」
「お、起こしたら……?」
「間違いなく、寝ぼけて俺の分まで全部食っちまうんだよ……」
「……は、はぁ……そうなん、ですね……」
そんな呆れた目で見ないでくれ……気持ちはわかるけど、いざそんな目で見られたら凄い恥ずかしくってたまらないんだよ……。
「そういうことだから、イコナには悪いけど起きる前に先に食べさせてもらうんだよ」
「なるほど……レスト様も、なんだかんだで苦労されてるのですね……」
「わかってくれるのか、シエラ……」
「……はい、私も姫様によく振り回されていましたので」
「お互い大変だな……」
「そうですね……でも、そういう時間がまた尊い……ですよね? レスト様」
「……ああ、そうとも言える……かな」
……なんでだろう、なんだかサラダも肉もしょっぱい気がする……なんでだろうなぁ。
♢♢♢
「では、少し休憩としましょう。昨日いつの間にか抜け出されていた分の遅れを取り戻すまで、もう少しといったところですので、休憩が終わった後も頑張っていただきたいところです」
「……わかったの」
ルゥは自分にとっては少し背が高い机に顔を突っ伏しながら、不満そうにオーバルへと返事をした。
「……くれぐれも昨日と同じように抜け出すということが無いように」
「はぁい……」
ふてぶてしく答えるルゥを見て、オーバルは少し呆れたような表情を浮かべながらドアを開け、部屋を後にした。
「……今のところ計画は順調……正直、巫女姫様が外界の者と交流を持ったのは予想外だったが……結果的に事が上手く進み始めた」
オーバルは不敵な笑みを浮かべながら他に誰もいない廊下で一人語り続ける。
「もうすぐだ……もうすぐこの森を我らエルフの手に取り戻す日が来る」
そう語るオーバルの目には、窓から見える神樹が映っていた。朝日を浴びるその姿は普段よりも更に神々しく見える。
「……精霊様も我らが力を示せば、きっとわかってくださるはず……そのためにも、この計画はなんとしても成功させねば」
オーバルは窓越しに天高くへ向けて手を伸ばした。
「全ては、亡き祖父が護らんとした我ら一族とその誇りのために……」
爽やかな風が吹く平和な朝の風景に、不穏な思惑が渦巻きはじめていた。
〜世界観補足〜
エアーラビットについて
マナフォレストに住む魔獣で一般的なウサギとほとんど同じ見た目だが、一般的なウサギに比べて身体が一回りほど大きい。エアーラビットの主な特徴は人間の腕よりも太く発達した後ろ足と初級程度の風魔法を使うことができるというもの。
基本的に大人しい性格で敵に襲われた際にはその後ろ足と風魔法による補助を使って森の中を縦横無尽に跳びはねて逃げる。
ただし、ずば抜けて速いわけではないので逃げきれずに仕留められることも少なくない。
そのため、エルフ族をはじめとしたマナフォレストに住む者達、そのほとんどに主なタンパク源として日夜食べられている。
それでもなお絶滅していないのは、エアーラビットのとてつもない繁殖力と子どもの成長の早さゆえにだろう。




