第二十三話:エルフの秘密
「じゃあ、シエラさんはルゥちゃんのお母さん代わり……って、ことですか?」
「……そう、ですね。姫様が私のことをどう思っていらっしゃるかはわかりませんが……私は姫様の教育とお世話をする身、つまり保護者のようなものです」
……そういえば、ルゥちゃんはシエラって名前で呼んでたから、シエラの事はどっちかというと、お姉ちゃんとして見てるんじゃないか?
なんにしてもルゥちゃんがシエラの事を信頼してるのは間違いなさそうだったけど。
「ところで、シエラさん。気になってることがあるんですけど……」
「はい、なんでしょうか?」
「えっとですね、シエラさんがルゥちゃんのことを『姫様』って呼んでたのが気になって……もしかして、ルゥちゃんって本当にお姫様なんですか?」
もしかしたら、と期待の眼差しを向けるイコナに対し、シエラはイコナから目を逸らしていた。
「言われてみれば……俺も気になってたんだ。あのオーバルってエルフも、ルゥちゃんのことを『巫女姫』って呼んでたし」
ルゥちゃんに初めて会った時に、その服装からして高貴な身分だったりするのかも、なんて思ってたけど……多分間違い無いよな。
「……おそらく、姫様はあなた方お二人には自分の正体を知られたくはなかったのでしょうね。姫様には申し訳ありませんが、もう隠し通せるとも思えません……」
シエラは思い悩んだ末に、申し訳なさそうに口を開いた。
「……姫様は『神樹の巫女姫』と呼ばれるお方です」
「神樹の巫女姫……なんだか、カッコいいですね」
「そうですね。事実、我々エルフの女性にとっては憧れの的。エルフ全体で見ても、間違いなく最も重要な存在と言えます」
「最も重要な存在……ルゥちゃんはまだ子どもなのにか?」
シエラはゆっくりと頷いた。
「ええ、年齢は関係ありません。そもそも神樹の巫女姫とは、その子が生まれた瞬間に選ばれるものですから」
「生まれた瞬間に選ばれる……どういうことなんだ? それに選ぶって、一体誰が?」
巫女姫になる家系があるとか、そういう簡単な話じゃなさそうだけど。
「そうですね……では、お二方は神樹とはそもそもどういうものなのか、ご存知でしょうか?」
えっと、確かライムが説明してくれてたような。
……よくよく思い出してみれば、優秀なエルフが世話をしてるっていうことくらいしか教えてもらえなかったんだったな。イコナが崖から転がり落ちたりとか、そういうトラブルが起こったせいで。
イコナはイコナで、俺に助けを求めるようにチラチラとこっちを見てきてるし、イコナもライムからそれ以上の情報は聞けてないんだろう。
「……俺達が神樹について知ってることと言えば、特に優秀なエルフが世話をしてるってのと、エルフにとって凄く大事な樹だってことくらいかな」
「レスト様の仰るとおり、神樹は我々エルフにとって自分の命のように大切な存在です。その理由は、あの神樹にはエルフという種族が誕生したその時から、今に至るまでずっと、エルフを護り、導いてくださっている精霊様が住まわれているからなのです」
「精霊さんがあのおっきな樹に住んでるんですか!?」
精霊……か。いつか読んだ本によると、人でも魔族でも、魔物でもない存在。その身体は魔力そのものでできていて、精霊の持っている能力は計り知れない、とかなんとか書いてあったような――って、人が考えている間くらいは尻尾でペシペシしてくるの止めてくれませんかね、イコナさん?
目をキラキラ輝かせてさぁ……精霊がいるってことに興奮して、つい尻尾振ってるってのはわかるけど、もうちょっと周りを見て欲しい。
「はい。正確にはあの神樹を依り代にされているとのことですが、私も精霊様をこの目で見たことは無いのです。最も、精霊様の姿を捉え、会話をすることができるのは神樹の巫女姫と呼ばれるエルフだけですが……」
「そして、その神樹の巫女姫ってのがルゥちゃん……ってことだよな?」
「仰る通りです……回りくどくなってしまいましたが、つまるところ神樹の巫女姫とは、精霊様のお告げを受け、エルフ全体を導く役目を担う者なのです」
エルフ全体を導く……ルゥちゃんはまだ子どもなのに、そんなにも大変な役目を担っていたのか。
「……ルゥちゃん、とっても凄い子だったんですね。明るくて元気な普通の女の子だと思ってたのに……きっと私じゃ想像できないくらい、大変な思いをしてきたんですよね」
「……そう、ですね。本来ならば新たな巫女姫が選ばれたとしても、その方が大人になるまで先代の巫女姫がその役を担うのですが……先代様は姫様が選ばれてから、そう時が経っていないころに行方不明になってしまわれて……」
「普通なら、その先代が助けてくれるところをルゥちゃんは誰の助けも借りれないってわけか」
シエラはやりきれない思いを抱えたまま、レストの返事に頷いた。
「……姫様のように、何かしらの理由で新たな巫女姫がすぐにでも役目を果たさなければならなくなってしまう場合、そして幼い巫女姫が孤立してしまわないようにするために、私の家系はずっと神樹の巫女姫の世話役、並びに教育係を務めてきました」
シエラは苦渋に満ちた表情を浮かべていた。
「私も神樹の巫女姫に関する多くのことを姫様にお教えしながら、姫様が寂しさを感じないようにと寄り添ってきましたが……私が力不足だったせいか、姫様は一人、抜け出してしまわれました」
「そうして家出したルゥちゃんと、たまたま俺達が出会ったってわけだ」
「……はい、本当に皆様には感謝してもしきれません。皆様がいなかったら、姫様がどんな目にあっていたか……」
「偶然とはいえ、ルゥちゃんを助けられて良かったよ」
「そうですね……ルゥちゃんとも仲良くなれましたし」
「姫様も……皆様と仲良くなれたことを本当に喜んでいたんだと思います。皆様が牢屋に入れられたと聞いて、今まで見たことがないほど怒り、悲しんでおられましたから……」
……そっか、また会えたならシエラを説得するためだったとはいえ、ルゥちゃんに嫌な思いさせちゃったことをちゃんと謝らないとな。
「……そういえばシエラさん、ルゥちゃんは無事なんですか? 今、どこにいるんですか?」
不安げに聞くイコナに、シエラは悲しげに答えた。
「……姫様は、無事です。しかし、今はオーバル様の保護下にあって、どこにおられるかまでは……」
「……オーバルの保護下? さっきの話からして、ルゥちゃんの保護者はシエラになるんだろ? なんでまたオーバルの元に?」
「……姫様が脱走した原因、それが私の監督不足だからです。そのため、私は一時的に姫様のお世話役を外され、罰も兼ねて皆様の監視役を務めることになりました。そんな私の代わりとして、オーバル様が自ら名をあげたのです」
「オーバル自身が……? ってことは、オーバルもシエラと同じ家系なのか?」
「……? なぜ、そう思われたのですか? レスト様」
「だって、巫女姫のお世話係ってシエラの家系が代々やってきたんだろ? だから、オーバルもそうなのかなって」
「ああ、なるほど。確かにそう思われてもおかしくありませんね。ですが、オーバル様は私と同じ家系ではありません」
「そうなのか……でもさ、別にシエラと同じ家系のエルフが他にいないわけじゃないんだろう? だったら、そっちに任せれば良いのに」
「言われてみれば……ですが、おそらく期間が短いということと、オーバル様自身が姫様のことをちゃんと教育したいと考えたのかもしれません。あの方はとても厳しい方ですが、それ以上に我々エルフの事を誰よりも大事に考えている方ですから」
……なるほど。多分ルゥちゃんが俺達と仲良くなったことが、あのオーバルからしたら気に食わないんだろうな。
おそらくテラーノ以上に人間嫌い、それどころかエルフ以外の魔族ですら嫌いっぽいし……だから、神樹の巫女姫っていう重要な役割を担うルゥちゃんの再教育をしようってか。
エルフという種族の事を誰よりも大事に考えてるってことだけど、それにしても少々厳しすぎないか? 俺からしたら、ただのワガママ頑固オヤジとしか思えないんだけど……。
小難しい顔をして考え込んでいるレストを見て、シエラは複雑そうな表情を浮かべた。
「……レスト様は……オーバル様がなぜエルフ以外の種族をあそこまで拒むのか、そう疑問に思われてますか?」
「おっと……もしかして、顔に出てたか?」
「ふふっ、レストさんは考え事してたら、す〜ぐ顔に出ますもんね〜」
「悪かったな……まあそれは置いといて、シエラの言うとおりだ。なんで、オーバルはあんなにも他種族を拒むんだ? 昔からの掟……みたいなこと言ってたけど、本当にそれだけなのか?」
シエラは静かに首を振った。その表情からはどこか悲しげな雰囲気を感じる。
「聞いた話に過ぎないのですが……オーバル様の過去に原因があるようなのです」
「オーバルの……過去?」
「はい。それは聖魔大戦と呼ばれる、かの大戦が始まって、まだあまり経っていないころにまで遡ります」
……聖魔大戦か……って、そんなに昔ってことはオーバルは一体何歳なんだよ!? 見た目は三十代っぽかったのに、本当は百歳をゆうに超えてる……これがエルフか。
……実はシエラも若そうに見えるけど、本当は百歳近くとか……? あってもおかしくないんだろうけど、俺には聞く勇気が無いから、この話は無かったことにしておこう……。
レストが全く関係ない事を考えているなどとは思いもせずに、シエラはゆっくりと口を開いた。
「……当時のオーバル様はエルフの戦士として認められたばかりの新兵でした。ですが、オーバル様への周囲の期待はその頃からとても厚かったのです」
……一度しか見てないけど、オーバルの身体能力が凄まじいってことはわかってる。若い頃からそれだけ強かったのかな?
「その理由としては、オーバル様の実力もさることながら、オーバル様の祖父……ローランド様の影響が大きかったのです」
オーバルのジイさん、ローランド……か。オーバルみたいに頑固ジジイなのか?
「ローランド様は老いてなお、エルフ族最強の戦士と謳われるほどの実力者でした。その上、エルフ族はもちろんのこと、他種族であろうと強き者を認め、傷ついた者には手を差し伸べる……まさに英雄と呼べる力と器を持った素晴らしいお方、だったそうです」
……今のオーバルからは想像がつかないな。絵に描いたような英雄って感じで……頑固オヤジのオーバルとは印象が違い過ぎて、本当に血の繋がりがあるのか疑いたくなるくらいだ。
「そんなローランド様は、当時の大戦中もマナフォレストを侵略しようとする者達のみを倒し、エルフとこの森を守る事を第一に戦っていたと聞いています」
「当時の魔族は名を上げようとしてた奴が多いって聞いてたけど……そのローランドってエルフは当時にしては珍しく、自分のためじゃなくて仲間のために戦ってたのか……まさに英雄って感じだな」
「はい。今もローランド様の伝説は数多く語り継がれていて、ローランド様を神樹の精霊様と同じように信仰する者もいるほどです」
それってつまり、事実上の神様扱いってことだよな? どれだけ凄かったんだ、そのローランドってエルフは……。
「……それほど偉大なお方である、ローランド様の最期……それが今のオーバル様を作ったといっても過言では無いのかもしれません」
「……一体、何があったんだ?」
「……先ほども話したように、当時のオーバル様は新兵でした。そして、その初陣をローランド様と二人で飾ったのです」
シエラはそこまで話すと沈黙し、牢屋一帯に一瞬の静寂が訪れた。
「……その戦闘が終わった直後にローランド様は、オーバル様の目の前で……息を引き取られたのです」
「……そんな」
「……それは、戦闘中に致命傷を負った……とか?」
「その戦闘はいつものように、マナフォレストへと侵攻してきた者達を迎え撃つための戦闘でした……ですが、唯一つだけいつもと違った……それは、敵が魔族ではなく、人間だったということ」
「人間!? でも、確か聖魔大戦の初期はどちらかというと、人間側が劣勢だったって……」
「はい。後の調査で、魔族領域に攻め込んだものの自陣へと帰れなくなり、こちらまでやむなく進んできた兵士だったと判明したそうです」
……戦地に取り残されてやむなく進んでいった……ちょっと違うかもしれないけど、敗走兵みたいなもんか。
「ローランド様はその兵士達を見てすぐに、やむなくこの森を攻めにきた兵士だと見抜いたそうです。そのために彼らを一人残らず無力化した後、この森を立ち去るのなら命までは取らないと告げた……一方の兵士達はローランド様に従い、森を立ち去る意思を示した……」
そこまで語るとシエラは重い表情をしたまま、ただ立ちすくんでしまった。
またしても静寂に包まれた牢屋に、今度は絞り出すようなシエラの声が通りはじめた。
「……そんな兵士達を見て、戦闘が終わったと油断していたオーバル様に向けて、人間の兵士達は強力な火炎魔法を一斉に放ったのです」
「なっ!?」 「……どうして……?」
「咄嗟にオーバル様を庇ったローランド様は巨大な火球に全身を包まれました……それでもなお、最後の力を振り絞り、人間の兵士全員の命を奪ったのです……」
「……じゃあ、ローランドは……」
シエラはただ黙って首を振るだけだった。
「……最期は、オーバル様の腕の中で看取られながら天に召されたと聞いています」
レストとイコナはどう声をかけたらいいのかわからず、ただシエラの言葉を待つしかなかった。
「その日からオーバル様は人間を、それどころかこの森に住まう者以外、全てを信じなくなりました。そして、ローランド様が守り続けたこの森と、エルフ……その発展と、もう二度と侵略を受けないために魔族領域での地位を確立すること……それらに執着し始めた……コレが私の聞いたオーバル様の真実、その全てです」
「……オーバルにはオーバルなりの理由があったんだな」
「……オーバルさん、かわいそう……です」
……過去の大戦で俺達人間は、他にも色んな罪を犯しているのかな……歴史に埋もれてしまうような、でも誰かの心に確かに刻まれる、そんな大罪を。
♢♢♢
「……俺様になんのようだ? 小さきエルフの姫よ?」
木でできた格調高い玉座に腰を下ろす緑髪の男性。その視線の先にいたのは小さなエルフの少女だった。
その少女は自分の何倍もある入り口の扉を開けるのに力を使い果たしたのか、息を荒げ、今にも倒れそうだ。
「……はぁ、はぁ、お兄ちゃん達は……ルゥを、助けてくれたの……だから、今度は……ルゥが助ける番なの!」
「……ほう? 何のことかさっぱりわからんが……」
緑髪の男性は少女を見下ろしながら、期待するかのように笑みを浮かべた。
「この風竜王ヴェロイト様に折り入って頼むんだ……つまらないことじゃあ、ないんだろうな?」
エルフの少女は怯えながらも、強い意志を宿した眼差しを緑髪の男性へと向けていた。




