第二十二話:牢屋にて
「う〜ん……あれ? ここは……どこですか?」
「おっ? やっと起きたか。というか弱ってたとはいえこの状況でよく寝れたな」
「……ふぇ? すいません、レストさん。寝起きのせいか頭がふにゃふにゃしてて……う〜ん、なんだか不思議な色の果物を食べたところまでは覚えてるんですけど……」
「……そういうことか。竜封じの実のせいで記憶がとんでるっぽいな」
「竜封じの実……? なんですか、それは?」
「お前が食べたっていう不思議な色の果物だよ」
「ああ! そういう名前だったんですね!」
イコナは手をポンっと叩き納得している様を見せた。
「にしても、ここの床……ひんやりしてて気持ちいい床ですねぇ……これでゴツゴツしてたら最高なのに〜」
「お前なぁ……」
レストがため息を吐く中、イコナは不思議な文様の刻まれた石の床に頬擦りしていた。
その表情はうっとりと惚けていて、とても気持ち良さそうだ。
「まったく……本当に俺達が今どういう状況なのかわかってないんだな?」
「はい、全然! これっぽっちもわかりません!」
「そんな自信満々に言わんでいい」
「あたっ! もう、ちょっとお茶目しただけじゃないですか〜」
レストがイコナの頭を軽く小突くと、イコナはわざとらしく頭を抑えていた。
すっかりいつもの調子に戻ったイコナに対し、レストはなんとも言えない気持ちのまま、また一つため息を吐いた。
「いいか? 今の俺達はシャレにならない状況なんだ。順を追って説明するから、ちゃんと聞いてくれよ?」
「了解しました!」
ビシっ! と敬礼のポーズを取るイコナに対し、もうため息を吐く元気すら出せずに、レストはイコナが竜封じの実を食べてから、自分達がオーベルに捕まり連行されて今に至るまでの経緯を話し始めた。
♢♢♢
「ーーというわけで、俺達はもれなく牢屋の中って……おい、イコナ? 聞いてるのか?」
「……はっ!? ハイ! もう初めて見た物を勝手に食べたりしません!」
「……寝てたな?」
「ね、寝てません!」
「本当は?」
「床がひんやりして気持ち良かったのでウトウトしてただけです!」
「それを寝てたって言うんだよ!」
「ひゃい! ごめんなさーい!」
「まったく……お前のマイペースっぷりは凄いな」
「いや〜それほどでも〜」
「褒めてない」
「あう! もう、すぐ手を出す人は嫌われますよ〜」
照れる仕草を見せるイコナに、レストは容赦なく拳を振り下ろした。
とはいってもイコナからしてみれば軽くゲンコツされた程度でしかない。
レストが例え本気でイコナを殴ろうとも、イコナからしてみれば、じゃれあってる程度にしかならなかったりするのだ。
「お前が口で言って理解してくれるんなら手を出さないで済むんだよ」
「なるほど! って、んん? 何かおかしくないですか……?」
「とにかくだ。俺達は誤解されたせいで犯罪者扱いされてる。その結果、この変な首輪をつけられて、この牢屋に閉じ込められたってわけだ。わかったな?」
「はい、全て理解しました! ……にしても、その首輪、レストさんが自分からつけたんじゃなくて良かったです」
「……? なんでだ?」
「いえ、その……言いにくいんですけど……」
イコナは少しもじもじした後、申し訳なさそうに口を開いた。
「その、全然……似合ってない、です」
「……自分でつけたわけじゃないけど、いざ言われると結構くるものあるな……あ〜ちなみにだけど、イコナの首にも同じのついてるぞ?」
「え……? って、ホントに何か首についてます! こ、これってレストさんのと同じ物……ですか?」
「そのとーり。同じ形で、同じように変な文様が刻まれてるぞ」
「そ、そんな〜。どうせならもっとカワイイのをつけて欲しかったです」
「そりゃ俺達の魔法を封じるための首輪だからな。カワイイわけがないさ」
レストの言葉を聞いた瞬間、イコナはレストの方を向いたまま固まってしまった。
「れ、レストさん? 今、なんて言いました?」
「? だから、この首輪は俺達の魔法を封じるための物でーー
「えええ!? それ、本当ですか!?」
イコナの叫びが静かな牢屋に響き渡った。
「ビックリした……急に大声出すなって」
「あっ、ごめんなさい。つい……ってレストさん。本当にこの首輪を着けてる間は私達の魔法って使えないんですか?」
いつになく真剣な表情でイコナはレストへと詰め寄った。
「ああ、残念ながらな。試しにフラッシュが使えるかやってみたらどうだ?」
「は、はい。やってみます……」
イコナは深呼吸をして身構えた。自分の中の魔力に意識を向け、フラッシュを発動させる準備をしていく。
「いきます……フラッシュ!!」
しかし、イコナの声が牢屋に響くだけで、本来放たれるはずだった眩い光は全くもって見えない。
「そ、そんな……いえ、もう一回!」
その後、イコナは何度もフラッシュを発動させようと試みたが一向に発動する気配は無く、ただただイコナ自身に疲労が溜まるだけだった。
「うう……せっかく魔法が使えるようになったのに……こんなのあんまりですよぅ」
イコナは膝から崩れ落ち、酷く落ち込んでいた。
「まあそう嘆くなって。この首輪を外せば、また魔法は使えるようになるはずだから」
瞬間、イコナはガバっと顔を上げた。その顔には希望が満ち溢れているように見える。
「レストさん! つまり、この首輪を外せば、また魔法を使えるってことですね!?」
「あ、ああ。そのはずだけど、そう簡単には…って何してるんだ!?」
そこには自分の首輪に両手をかけたイコナの姿があった。
「何って……この首輪を外そうとしてるに決まってるじゃないですか!」
「落ち着け! そもそもこんな重要そうな物がそう簡単に外せるわけないだろ?」
説得しようとするレストに対し、イコナは首を横に振った。
「そんなのやってみなくちゃわからないですよ! というわけで……いざ! ふんぬ!!」
「あっ、おい!」
イコナは両手に力を込め、首輪を外そうとし始めた。
「……っはぁ! むぅ……そう簡単にはいきませんか」
「そりゃそうだろ。いくらイコナが怪力とはいえ、そう簡単に外せるようなもんじゃないって。もし外せそうなもんなら、鎖とかで腕も縛られてただろうし」
少し呆れたレストをよそに、イコナは再度首輪を外そうと試みる。
「〜〜〜!!」
「……イコナ〜? 人の話聞いてるか〜?」
ピシッ……
「ふん、ぬ!!」
「そんなに必死にならなくても、ここから出られるようになれば外してもらえるってば」
必死に首輪を外そうとするイコナに、レストの声が届くことは無く、レストも本人が満足するまでやらせてあげようかと思い始めた時だった。
パキン!
「あっ……」
「う、嘘だろ?」
見ればイコナの両手には真っ二つに綺麗に割れた首輪だった物が握られていた。
「……こ、壊れちゃいました……」
「あ、ああ壊れちゃったな……って何やってんだぁぁ!?」
「ご、ごめんなさい!! 壊すつもりは無かったんです! ただ外し方がよくわからなかったので……」
「いや、あんな強引に外そうとすれば普通は壊れるって思うだろ!?」
「……おじいちゃんが言ってました」
「何を?」
「普通という名の常識にとらわれてはいけない、と」
「お前はただ単に常識知らずなだけだ!」
カッコつけて言ったところで結局イコナがやらかした事に変わりは無いんだぞ!?
というか、本格的にマズい……今は見張り番とか見当たらないから良いけど、もし誰かが来てイコナの首輪が壊れてるのを見られたら……。
「絶対に反抗する気があると思われる……」
「レストさん……コレって、壊したらダメな物……ですよね?」
「そうだな。もしもその首輪が壊れてるのを見られたら、俺達もその首輪と同じ運命を辿るかもしれないからな」
「……ど、どどど、どうしましょう!?」
イコナも事の重大さに気づいたらしく、その場でパニックに陥った。
「落ち着けって。今考えてるから……」
とは言ってもなぁ。俺の首輪も壊してもらって土魔法で再現するくらいしか……いや、さすがにこの変な文様まで再現するのは難しいし……あれ? コレ、もしかして詰んだ?
「ふっふっふ。どうやらワイの出番のようやな」
「この声……ライムちゃん? どこにいるんですか!?」
「ここやで〜お嬢〜」
声の主はレストの耳の裏から、ひょっこりと小さなその姿を見せた。
「え!? ライムちゃん、なんでそんなに小さくなってるんですか!?」
「お嬢、落ち着いてや〜。ワイは分体、本体はあっちの牢屋にある箱ん中や」
レスト達のいる牢屋の向かい側、そこに同じような牢屋があり、その中央辺りに黒い箱が置いてあった。
「あの黒い箱の中にライムちゃんの本体がいるんですか?」
「せやで。ああでも、心配せんといてや。身動き取れへんけど、とりあえずはこうやって分体越しに連絡とれるからな。魔法が使えんくらいで、他に害も無いみたいやし」
イコナは安心したのかホッとため息を吐いた。
「それで? ライムの出番ってのはどういう事だ?」
レストの質問を聞き、ライムの分体は床へと飛び降りた。
それに合わせて二人は腰を落とし、分体を覗き込む。
「よくぞ聞いてくれたな坊主。ちゅーても簡単な事や。ワイが首輪の形になって、お嬢があたかも本物の首輪をしてるかのように見せる。どや? 良い作戦やろ?」
「おお! さすがライムちゃんです! えらいえら〜い」
「うぇへへ……もっと褒めて〜な〜」
分体のサイズに合わせて、イコナは人差し指で優しく分体を撫ではじめた。
さながら水滴を指で突いてるようにも見える。
「作戦自体は良いと思うけど、問題があるだろ?」
「なんや坊主。ワイの完璧な作戦にケチつける気か?」
喧嘩腰になった分体に対し、レストは淡々と説明し始めた。
「ケチも何も、今のお前の大きさじゃ首輪の形に変形するのは無理があるだろ?」
レストの言うように、今の分体の大きさは人の耳の後ろに隠れられる程しか無い。伸ばしたとしても薄い紙のようにペラッペラになるのは目に見えていた。
「甘い、甘いで坊主。ワイがそこんとこ考えてないとでも思うたか?」
「そこまで言うのなら、どうするのか早速見せてくれないか?」
「ええで。そういうわけやからお嬢、ちぃとばかし頭を近づけてくれへんか?」
「こう、ですか?」
イコナは床に手をつき、分体のすぐ目の前まで頭を近づけた。
「おおきにやで。じゃ、ちょいと失礼して……ほいっと!」
分体は勢いよくイコナの頭へと飛び乗り、そのままプルプルと震え始めた。
すると徐々に分体の体が大きくなっていき、分体の震えが止まる頃には一回りほど大きくなっていた。
「ふっふっふ。見たか坊主!」
「あ、ああ。でもどうやって? イコナの魔力を吸ったとしても大きくはならないはずだろ?」
「ちゃうちゃう。ワイが吸ったのはお嬢の魔力やなくて、お嬢にくっつかせとる分体そのものや」
「分体そのもの……? ああ、そういうことか! すっかり忘れてたけど、イコナの変装はライムの分体をくっつけて、髪と尻尾の色を変えてるんだったもんな。そのくっついてる分体と合体したってことか」
「そういうことや。もちろん、お嬢が怪しまれんようにちゃんと変装できる程度には分体を残しとるから安心してや。んで、後ちょっと尻尾の方からも吸収するで〜」
「了解です〜」
そうして尻尾の方からも吸収した分体は水滴ほどのサイズから、手に収まる球体ほどの大きさになった。
「よし、こんくらいになれば充分やろ。お嬢、さっきの壊れた首輪貸してくれへんか?」
「はい。じゃあここに置きますね」
分体は床に置かれた首輪を完全に包み込んで、少しの間動かなくなった。
「……よし、形は覚えた。ほな、お嬢。早速やけどワイが首輪代わりになってもええか?」
「はい、お願いします!」
「よっしゃ! いくで〜」
分体はイコナの首へとひっつき、瞬く間に不思議な文様が刻まれた首輪そっくりに形を変えた。
「……さすがだな。元の首輪そっくりだ。これならエルフ達にもバレないだろ」
レストの声に反応して、イコナの首輪になった分体がカタカタと揺れた。
「ふふっ。レストさんに褒められて、ライムちゃんも嬉しそうです」
「どうかな? 嬉しがってるというよりは、自分のほうが役に立つってドヤ顔してるだけかもしれないぞ?」
「そうかもしれませんね〜。なんにせよ、ライムちゃんのおかげで一安心です!」
「ああ、見張り番とかに見られなくて本当に良かったよ」
「一体、何を見られてはいけなかったのですか? お二方」
「っ!?」
「だ、誰ですか!?」
牢屋の壁で死角になっている方向から、ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえる。
その足音は既にすぐそこまで迫っており、レスト達が音の鳴る方へと振り返ってすぐ後に、その足音の主が姿を現した。
「あまり、変な事をなさらないでくださいよ? 私ではない誰かに見つかったらどうなるか……私にもわかりませんから」
「……なんだ、シエラか。良かった」
「……えっ? レストさん、知り合いなんですか?」
「知り合いも何も……ってそうか。記憶がとんでるから覚えてないのも無理ないか」
「レスト様、もしかして、イコナ様は記憶喪失に……?」
「ああ。どうやら竜封じの実を食べてから今に至るまでの記憶があやふやになってるみたいでさ。とは言っても、調子はいつもどおり……いやいつも以上に良くなったみたいだ。シエラのおかげだよ、本当にありがとう」
「そんな……私は当然の事をしたまでです。ですが、イコナ様の記憶があやふやというのは……そちらは大丈夫なのですか?」
「まあ軽く説明したらある程度理解してくれたから、なんとかなるさ。せっかくだから改めてシエラの事も紹介したいんだけど、良いかな?」
「ええ、もちろんです。姫様の恩人である方なのですから。私の事で良ければ何回でも話しましょう」
「……え、えっと、状況がよくわからないんですけど……」
「とりあえず、改めて自己紹介ってことで良いんじゃないか?」
「ん〜よくわからないけど、わかりました! では私からさせてもらいますね!」
さて、シエラがなんでここに来たのかも気になるけど……とりあえず、イコナにシエラの事を思い出してもらうとしよう。
話はそれからでも遅くない……はず。
客「お嬢ちゃ〜ん、注文頼むよ〜」
客「こっちもお願いね〜」
分体「はい! 少々お待ちくださ〜い! ……ってなんでワイがこんな事を……」
客「ん? 今何か言った?」
分体「いえ、何でもないです! ご注文繰り返しますね〜」
店長「アンタとあの子と飼い犬が来てくれてから客足が増えて大助かりだ! どうせならこのままずっと働いてくんねぇか? ガッハハハ!」
親バカ竜「まあ、考えさせてくれんか……どうせなら、本物のイコナにあの制服を着させてやりたいのう。絶対可愛いに決まっとるわい」




