第二十話:先生の教え
「今すぐに自分達がしようとしていた事を白状し、投降するならば命までは取らないと約束しよう。さあ……答えなさい」
シエラと呼ばれたエルフの女性は、より強く弓を引き絞りレストへと狙いを定めた。
レストへと向けるその青い瞳と手に握りしめた弓矢からは明確な敵意が放たれている。
「シエラ、待って! ルゥの話を聞いて欲しいの!!」
そんなシエラの足元にルゥは涙を浮かべながら縋り付いた。
「姫様……いえ。私は私の役目を果たさせていただきます」
「シエラ……」
声が震えているルゥに一瞬のためらいを覚えながらもシエラは自分の意志を貫くとし、再度弓を引き絞る。
「……坊主。どないする? このままじゃラチがあかへんで」
「わかってる、今考えてるところだ」
……でも、どうする? 正直あの矢が俺に向けて放たれる分には問題ない……指輪様々だよホント。
でも、もし今のイコナがアレを受けたら……さすがにマズいだろう。
ったく。こっちは何も悪くないのにこうやって理不尽を押し付けられてる状況……学園のアイツらを思い出すな。
あの頃ならテアト先生が仲裁に入ってくれて、面倒にならずに済んでたけど……今ここにテアト先生はいない。
何か……何か手は無いのか? あの頭が固いエルフの誤解を解く方法……。
「……こうなったら賭けるしかないか」
「坊主? なんか良い案でも浮かんだんか?」
「どうやらあのシエラってのは俺達の話を聞く耳なんか持ってないみたいだからな。ちょっと強引に行かせてもらう」
……あの時テアト先生が言ってた事、今ならきっと……できるはず!
「……なんや良くわからんけど、あっちは任せたで。お嬢はワイが守っといたる!」
「ああ、頼りにしてるぞ」
「さっきから何をボソボソと話している? 白状する気が無いのなら、この矢を放つことになるぞ」
……さて覚悟しろ、俺。堂々と、とにかく堂々とするんだ。
レストは一度深呼吸をし、ゆっくりとシエラへ向かって歩み始めた。
「なんのつもりだ!」
シエラの怒声に歩みを止め、レストは不敵な笑みを浮かべた。
「その矢を俺に放ちたければ放てばいい。まあ、そうしたところで無駄だけどな」
笑みを崩さぬまま、軽い口調でそう告げる。
「なんだと!?」
シエラは眉間にシワを寄せ、弓矢を握る手に力を込めた。
「そこまで言うのなら、私の矢を受けてみるか?」
「ああ、良いとも。やってみな」
「シエラ、ダメ!! お兄ちゃん逃げて!!」
二人のやり取りを聞いたルゥは悲痛な叫びをあげながら、二人を必死に止めようとする。
「……もう一度だけ問う。正直に白状する気は……無いんだな?」
「何度でも答えよう。俺達は悪事を働いてなんかない」
「意地でも話す気は無いのか。なら……姫様、どうかお許しください」
風切音と共に一本の矢がレストへと向けて放たれた。
「逃げてぇー!!」
少女の悲鳴が響くなか、放たれた矢はレストの頭に吸い込まれるように飛んで行く。
「……」
レストは微動だにせず、ただその場に立っていた……そしてーー
カンっと軽い音がした後、矢は地面へと落ちた。
「……え?」
「な、何故だ!? 何故私の矢が効いていない!?」
呆然とする二人を差し置き、レストは地面に落ちた矢をゆっくりと拾い上げた。
「……ふっ。だから言っただろう? 無駄だって」
「くっ! 貴様、一体何をした!?」
「説明する前に……ゴメンな、ルゥちゃん。嫌な思いをさせて」
レストは申し訳なさそうにしながらも、小さな笑みをルゥへと向ける。
「……バカ! お兄ちゃんのバカ!!」
その笑みを見て、少女は様々な思いを胸に秘めながら叫んだ。
「……さて、何をしたかと聞かれたけど……答えは簡単だ」
「……」
シエラは静かに身構えながら、レストの言葉を待つ。
「そこのルゥちゃんは知ってるけど、俺は色んな魔法を使えるもんでな。そのうちの結界魔法でアンタが放った矢を防いだだけさ。な? 簡単だろう?」
「自ら手の内を明かすとは……随分余裕だな」
「ハッハッハ! そっちから何をしたと聞いてきたのに、いざ答えたらそんな事を言われるとは。コイツは残念だ」
レストが全身で大きく笑う姿を見て、シエラの中に度し難い感情が湧き上がる。
「貴様、ふざけているのか!?」
「ふざけてなんかいないさ。ただ、これでわかっただろう? アンタじゃ俺には勝てない」
先ほどと打って変わり、レストは真剣な眼差しをシエラへと向けた。
「そんなもの、やってみなければーー
「止めとけ」
「なんだと!?」
弓を構え直そうとしたシエラに自制を促しつつ、レストは手に持った矢をシエラへと向けた。
「よく見てろよ?」
直後に矢は燃え上がり、そのままシエラへと向けられたレストの掌に火球が浮いていた。
「な、何をする気だ?」
「俺は今燃えた矢のように、この森……マナフォレスト一帯を焦土に変えることだってできるんだぜ?」
「なっ!?」
「……お兄ちゃん?」
自分が知っている優しい姿とは一転したレストを見て、ルゥはただ不安を浮かべながら見つめることしかできなかった。
「そんな事をさせるとでも思っているのか!?」
「まあ待った待った。話を最後まで聞いてくれよ」
掌に浮かべた火球を消し、佇まいを直したレストはルゥへと一瞬だけ微笑み、すぐにシエラへと向き直った。
「そんな真似をできるような俺が、何か悪事を働こうとしてたんなら、どこの誰かもわからないようなエルフの小さな女の子をわざわざ拐うと思うか?」
「……何?」
「考えてもみろ。この圧倒的な防御力に、そんな魔法が使えるんなら最初っからその力にモノを言わせたほうが早いってもんだろ?」
「それは……確かに、そうだが」
「……まあそもそも、そんな犯罪者になろうなんて考えてすらないけどな。第一、そんなこと考えてるんならルゥちゃんを助けたりなんかしないっての」
……まあ、助けたって言っても結果的に助けれただけなんですけど。
「そ、そうなの! お兄ちゃん達は魔物からルゥを助けてくれたの!」
「!? 姫様、それは本当ですか?」
「あんまり自慢はしたくないけど、コレがその証拠だよ」
レストはそう言いながら、腰の魔法袋から四つ腕ゴリラの死体を出した。
「こ、コレは……アームエイプ? それも二体なんて……本当にあなた達が?」
「ああ、俺達がそのゴリラ共を倒した。それで、そのまま森に放置するのは危ないからってことでルゥちゃんを保護してたんだよ」
「そうなの! お兄ちゃん達はルゥのことを助けてくれたの! それで、美味しいご飯も食べさせてくれたし、いっぱい遊んでくれたの! だから……だから、悪い人達なんかじゃない!」
「姫様……」
シエラは弓矢を背負い直し、レスト達に向けて深く頭を下げた。
「姫様を助けていただいた方達に対し、大変ご無礼な真似を致しました! 不肖シエラ、如何なる罰も甘んじて受ける所存です!」
「シエラ、やっとわかってくれたの!」
「……ようやく、誤解が解けたか……」
……し、死ぬかと思ったぁぁぁ!! いくら指輪の効果があるから大丈夫だって頭ん中ではわかってても、いざ自分に向けて矢が飛んできたら、怖いなんてもんじゃないぞ!?
というか、マナフォレスト一帯を焦土に変えるなんて俺の使える初級魔法じゃ何日……何ヶ月、いや下手したら年単位でかかるわ!
でも……あの時テアト先生が言ってた通りだったな。
『良いですか、レスト君。相手が理不尽な理由であなたを虐めると言うのなら、あなたはそれ以上に強くなれば良い。強くなって、相手に敵わないと思わせるのです。そうすれば少なくとも話し合いはできるはずです』
そう言われて以来、あの三人組よりも強くなるためにずっと頑張って来た。
結局強くなれたかは怪しいけど、テアト先生の言った通り俺のほうが強いって相手に思わせることができれば話し合いくらいはできるみたいだよ。
……さて、もう少しだけ頑張らないと。
「誤解は解けたみたいだし、シエラに一つお願いがあるんだ」
「はい。どんな罰でも構いません」
「いやいや、罰じゃなくて……そこのイコナを助けて欲しいんだ」
「はい?」
シエラはレストが指差した先に横たわるイコナを見つけた。
「一体何があったのですか?」
「ルゥちゃんの話では、そこに転がってる果物を食べたら急に苦しみだしたらしいんだ」
「果物……コレは、龍封じの実!? どうしてこんなところに……いえ、それよりもこの方は竜族で間違いありませんね?」
「ああ、見ての通りだ」
……ルゥちゃんが言ってたとおり、明らかにイコナが食べちゃダメなやつだったんだな。
イコナは正確には竜人族だけど、半分は竜族であることに変わりないんだし。
「助けて……もらえるか?」
「……そうですね。本来ならばエルフ以外に使うことは禁止されていますが、姫様を救ってくださった方を無下にはできません」
シエラは腰のポーチから小さな瓶を取り出した。
その中には綺麗な青緑色をした液体が入っている。
「……それは?」
「我々エルフに伝わる万能薬です。あらゆる病気や毒を治すと伝わる……まさに秘薬と呼べる代物です」
シエラはその小瓶の蓋を開け、イコナの口へと中の液体をゆっくり注いだ。
すると、青ざめていたイコナの表情が和らぎ、荒れていた呼吸も少しずつ落ち着いていった。
「……良かった。竜族の方にもちゃんと効くようですね。一旦はこれで大丈夫だと思われます」
「本当か!? ありがとう、本当にありがとう」
「シエラ! ありがとうなの!!」
ルゥはシエラへと抱きつき満面の笑みを浮かべていた。
シエラは驚きながらも優しく受け止め、その頭を静かに撫で始めた。
「ようやったな坊主。正直見直したで」
「……ああ、我ながら良くやったと思うよ」
そのままレストはその場にへたり込んでしまった。
「……もう無理」
「なんや、締まらんやっちゃなあ。まあ今回は大活躍やったし、許したるわ」
「……何様だよ、ったく」
「お嬢の筆頭使い魔たるライム様や!」
本当に調子の良いやつだな……こちとらビビってるのを悟られないようにするためにこれ以上無いほど気を張って、あんな大芝居をしたってのに。
なんにせよ……イコナもとりあえず大丈夫らしいし、ルゥちゃんの保護者も見つかったし……少しくらい休んで良いよな……こんなのは二度とゴメンだよ。
〜時は戻りシエラの誤解が解けたのと同刻〜
分体「なんでワイがこんな事せにゃならんのや……」
親バカ竜「ワシとてやりたくは無い。じゃがやらねば面倒になるんじゃから仕方なかろうて」
分体「元はと言えばじっ様がちゃんとした金持ってなかったせいやないか!」
親バカ竜「こちとら店とかそういうのはよくわからんのじゃ! というか金塊だって金であることに変わりは無いじゃろ!」
分体「じっ様……金塊が使えんのは、料理なんか比べもんにならんくらいとんでもない代物と交換する時くらいやで」
親バカ竜「ふむ、そういうものか」
店長「お前達! 口動かしてる暇あるならさっさと皿洗い終わらせてくれ!」
分体&親バカ竜「「ハイ!」」




