第十二話:竜少女のちょっとしたお礼
テラーノの住処を旅立ってから数週間は経っただろうか、俺達は魔族領域の更に奥(方角で言えば西)にある、風の国へと行くために山登りをしていた。
ライムが言うにはこの山を越えたら風の国が見えてくるらしいんだけど……その前に限界が来そう……。
そもそもこの山に辿り着くまでの道中ですら、街道という名の獣道を通るハメになったり、野営をしてたら魔獣に襲われたり……まあ魔獣はイコナが食料に変えてくれるからむしろありがたいんだけど。
そのイコナが好奇心旺盛過ぎて、すぐ寄り道して一人で先走るから、そのまま迷子になったり……ライムの本体と、イコナを変装させるためにくっついてるライムの分体を通して連絡を取れたから良いものの……。
まだ風の国が見えてすらいないってのに、なんかもう……疲れた。
まあそんなこんなで、今は山二つを一気に越えようと登り始めてから三日目の昼時。腹が減ったし、足が……足が痛い……。
山腹で野営したりして休憩してるとはいえ、さすがに山二つ越えは堪えるな……。
そんな俺とは正反対にイコナは鼻歌交じりで楽しそうに俺の前を歩いていた。
こういうところで人と魔族の力の差みたいなのを痛感するよな。
正確に言うと、イコナは人と魔族のハーフだけど……まあ誤差でしょう。
「あっ頂上が見えてきましたよ。ほらレストさん、早く早く〜」
「ま、待ってくれ……もう、足が……はぁ、はぁ……」
息を切らしながらの抗議も虚しく、イコナは俺の手を引いて元気よく山の頂上へ向けて走って行く。
「なんや、またバテたんかいな。情けないやっちゃなあ」
「……お前は、楽で、良いよな!」
「声を張り上げる元気があるなら、もうちょっとくらい気張らんかい坊主ぅ」
コイツ、俺の頭の上で楽してるだけのくせに! 口だけはホントに達者だよな!
「ほらレストさん、着きましたよ!」
「つ、つい……た……?」
あっダメだ。足がおもーー
バタン!!
俺は足がもつれて、その場に倒れ込んでしまった。
「れ、レストさん!? 大丈夫ですか!?」
「……もう、ムリ……」
……ああ、意識が……遠のいていく……。
「レストさん……? レストさーん! しっかりしてくださ〜い!!」
「……後は……頼ん、だ……」
「わー! レストさんが! レストさんがー!!」
イコナの叫び声の裏で俺の意識は静かに途絶えていった。
♢♢♢
「……ん、う〜ん……」
「あっレストさん、気がつきましたか?」
気がつくと青空を背景にイコナが俺の顔を覗き込んでいる姿が映った。
「……俺は一体どうして……?」
「覚えてないんですか? 頂上に着いてすぐに倒れて、そのまま気絶しちゃってたんです。心配したんですからね?」
気絶……? ああ、そういえば足がもつれてそのまま……うっ、思い出したらまた足の痛みが……これは酷い筋肉痛になりそうだ。
「ふふっ。その様子だと、まだ疲れが残ってるみたいですね」
「正直、ちょっと無理しすぎたとは思う」
微笑んでいたイコナは、俺の言葉を聞いてその表情を少し曇らせた。
「……ごめんなさいレストさん。私、レストさんがこんなになっちゃうまで気づかなくて……」
「……気にすんなって。イコナに振り回されるのにはもう慣れたもんさ」
「うう……確かにレストさんに迷惑かけちゃったことは……少なくはない、ですけど……」
少なくないどころじゃないんですけど? もう日課だと言ってもいいレベルですけど?
「と、とにかく! 良い機会なので日頃のお詫びというか、お礼というか……そういうのも兼ねてこうしてるんですけど、その、ゆっくり休めましたか?」
「それってどういう……?」
その時ようやく俺は気がついた。弾力があってひんやりしてて、表面が硬い『何か』の上に頭を乗せて横になっていると。
「どういうって、私の尻尾枕の寝心地を聞いてるんです。尻尾には自信があるので、結構良い感じに休めたと思うんですけど、どうでしたか?」
「し、尻尾枕ぁ?」
「あ、もしかして尻尾枕は嫌でしたか?」
「あ〜嫌とかそういうのじゃなくてだな……」
初めて聞いたから頭がちょっと混乱してるんだよ……。
俺は体を起こして、自分が寝ていた場所を振り返ってみた。
そこには猫が座っている時のように尻尾を曲げて横座りしているイコナの姿があった。
「また器用な座り方してるな……」
「私、体は柔らかいので良く曲げれるんですよ〜。本当は竜の姿になって大きな尻尾に寝かせてあげたかったんですけど、あまり目立たないようにしたほうが良いかなと思ったので、このままさせてもらいました!」
「なるほど。んで日頃のお詫びとかお礼を兼ねてって言ってたけど、なんでまた、その……尻尾枕? だったんだ?」
「あ〜それはですね。 お家を出発する何日か前におじいちゃんに相談したんですよ。いつもレストさんに助けてもらってるからお礼がしたいんです、って」
「ほうほう。それでテラーノはなんて?」
「えっとですね……『イコナがされて嬉しかった事なら、レストも嫌がりはせんじゃろうて。後は自分で考えてみるんじゃ。イコナが考えたほうがあやつも喜んでくれると思うからのう』みたいな感じでした!」
テラーノが真面目なアドバイスを……ちゃんと親らしいこともしてるんだなぁ。
いつもの暴走も愛ゆえにだけど、アレは親らしいというよりかは、ねぇ?
「ってことは、あの尻尾枕はイコナが自分で考えた結果ってわけだ」
イコナは満面の笑顔を浮かべながら話し始めた。
「はい! 私が小さい頃、遊び疲れていつの間にか寝ちゃってたことがあるんですけど、その時おじいちゃんが尻尾の上で寝かせてくれてたんです。それが気持ち良くて、一度起きた後に二度寝しちゃって……だからレストさんもゆっくり休んでもらえるかな〜と」
なるほどな。それでお礼も兼ねて俺を癒そうとしてくれたのか。
そういう優しさは嬉しいんだけど、できるならそもそも俺が苦労するハメになるような事をしないで欲しい。
「まあおかげでゆっくりと休めたよ。ありがとうイコナ」
「どういたしまして。喜んでもらえたなら何よりです」
ぐぎゅるる〜!
「あう……い、今のは聞かなかったことにしてください!」
イコナは顔を真っ赤にして、自分のお腹を抑えていた。
さっきのは……どう考えてもイコナの腹の音だな。そういえば俺も腹が減ってたんだった。
「よし、じゃあ飯にしようか。ゆっくり休ませてもらったし、ちょっと豪華な昼飯を作るから期待してくれ」
「ホントですか!? やったー!! あっ、そういえばライムちゃんを呼び戻さないと……分体ちゃん、お願いできますか?」
イコナが自分の頭の上に向けて声をかけると、小さな球体が現れ、そこから『任せといてや〜』とライムの声が聞こえた。
「そういえばライムが見当たらないな。どこに行ったんだ?」
「えっと、つい手を出しちゃいそうだから離れて見張りをしとくって言ってました。手を出しちゃいそうっていうのがどういう事かわからなかったですけど」
……多分だけど、尻尾枕してもらってる俺が羨ましすぎて見るに耐えなかったんだろう。
後でライムにお詫びしとこう……そうしないと後が怖い。
「レストさん? どうしたんですか、ボーッとして?」
「い、いや何でもない。あ〜調理の準備をするから手伝ってもらえないか?」
「任せてください!」
とりあえず今は美味い料理を食べてこれからに備えるのを第一に考えよう……。
分体「そんな感じで坊主がお嬢に尻尾枕してもろうたらしいで」
親バカ竜「くうぅぅ! 羨ましいのう! 羨ましいのう!! ワシですらイコナにしてもらったこと無いんじゃぞ!?」
分体「じっ様はお嬢にする側やんけ……それはそれとしてワイもお嬢に尻尾枕して欲しいわ!」
もふもふ「……わう」 (二人に呆れながらも自分もして欲しいと思った)




