第八話:ライムの思い
レストが目を覚ましたのとほぼ同時刻、テラーノの住処からは遠く離れた場所にある地下室に、格調高いローブを着た老人の姿があった。
その老人が地下室に入り魔道具である照明をつけると、そこかしこに置かれた本棚や様々な道具が照らし出された。
そして老人は奥の机に置かれている水晶珠へと真っ直ぐに向かって行く。
その水晶珠は人の頭ほどの大きさがあり、この地下室の中にある多くの物品の中でも一際目立っていた。
「さて、そろそろ彼を見つけることができた頃でしょう。手に入れるのに苦労したのですから、それ相応の活躍をして欲しいものです」
老人は水晶珠に手をかざし魔力を込めた。しかし水晶珠にはなんの変化も無い。
「……反応が無い? まさか死んだとでもいうのですか? ふっ、やはり魔力を得たとはいえ所詮は獣でしたか」
老人は特に落ち込むわけでもなく、冷静に魔力を込め直していった。
「ですが『死んだ』ということは、監視していることがバレてしまい殺されてしまった、という可能性もある。ならばせめて生きている間の映像くらいは……ふむ、どうやら見つけること自体はできていたようですね」
老人の見つめる水晶珠には黒髪の少年と金髪の少女が、山の麓と思しき場所を並んで歩いている姿が映し出されていた。
「ふむ、隣にいるあの少女、どこか見覚えがあるような……とりあえずもう少し先を見てみるとしましょう」
老人が水晶珠に手をかざすと、今度は先ほどの少女が布一枚だけを纏った姿で、赤髪の老人とスライムに説教をしている様子が映った。
「赤髪ーーそしてあの角と尻尾。おそらく火竜族、それも老齢の個体でしょうね。その隣にいるのはシャインマジックスライム……珍しい組み合わせだ」
老人が不思議に思いながらもどこか興味なさげに眺めていると、黒髪の少年が間に入り仲裁に入る様子が映し出された。
その少年に老人が注目していると突然映像が途切れてしまった。
「今のは……あの少女が何かしたようにも見えましたが、巻き戻してみましょうか」
もう一度映し出された映像は金髪の少女がくしゃみをする瞬間だった。
「これは、ブレス? いや……しかし、何にせよ監視役が落ちた原因はこれのようですね」
老人は少し考え込んだ後に不敵な笑みを浮かべ始めた。
「あの少女……仮にアレが竜族のブレスだとしたら? ……クククッ、そうか、そういうことか。だとすれば、どこか見覚えがあったのも納得が行く」
不敵な笑みはそのまま高笑いへと変わっていく。
「正直に言えば予想外でしたが、実に都合が良い! これならば私の願いも完全な形で叶うはずだ!」
他に誰もいない地下室に、老人の思惑が渦巻いていく。
「後は貴方次第です。私は信じていますよ。必ずや、貴方が本来持っているであろう力を解放することができると」
老人は何も映し出さなくなった水晶珠をゆっくりと撫で回しながら語りかけるように呟いた。
「私の息子……いえ、今の貴方は……フッ、何にせよ次に会う時を楽しみにしていますよ、レスト」
♢♢♢
「つまり、変装みたいなもんってことか?」
「まあ簡単に言えばそうかのう。こやつをイコナに纏わりつかせるのは正直イヤじゃがな」
テラーノがキツイ視線を送る先にはぐてっとしたライムの姿があった。
「だ、大丈夫や。本体じゃなくて分体につかせるさかい。ワイはワイでも所詮は分体、そいつがお嬢に変なことするなんて、ワイの本体が許さへんわ! だから、その……お嬢と一緒に旅ぃさせてもらえんやろか?」
「本当かのう? さっきの言動からはイマイチ信用できんのじゃが?」
そりゃそうだよなぁ。ライムはスライムにしては色々と変だし。まして、イコナに対して……その、か、過剰なスキンシップとか、やりそうだし……
「レストよ、お主はどう……って、何でそんなに顔を赤くしとるんじゃ?」
「な、何でもない! それで? どうって一体なんの話だ?」
「そりゃもちろん、こやつをお主らの旅に同行させるかどうかに決まっておるじゃろうが」
「させるかどうかって言っても、そもそもライムがいないとさっきの作戦が成り立たないだろう? だったら同行してもらうしかないじゃないか」
「せやせや! 坊主ならわかってくれると思うてたで!」
コイツ調子に乗りやがって……
ライムは真剣な表情(だと思う)でテラーノへと向き直り一度深呼吸をした。
スライムが呼吸をする意味あるのか、なんて野暮なツッコミはしないでおこう。
「じっ様、ワイは本気や。ワイはお嬢がおらんかったら間違いなくあそこで息絶えとった」
「ほう? それは初耳だのう」
「せやったな……簡単に説明すると、ワイが魔力切れで死にかけてた所にお嬢が自分の魔力を分けてくれたんや」
「ふむ、そんなことが……」
「せや。おかげでワイは今こうして生きとるし、シャインマジックスライムにもなれた。属性付きになんてそうそうなれへんのやで? っと話が逸れたけど、とにかくワイはお嬢に命を救われたっちゅうわけや。だから今度はワイがお嬢の助けになりたいんや」
「ふむ……」
「確かにお嬢の事は大好きや。でもな、それ以上にワイはお嬢への厚い、それはもう厚ぅい忠誠を誓ったんや。だからお嬢が嫌がることは絶対にせぇへん。そんでお嬢に迫る魔の手はワイが全部とっちめたる。だからお願いや、じっ様!」
「ライム……お前、そこまでイコナのことを……」
ライムは土下座(のような感じだと思う)をしていた。それはもう必死に。
「なあテラーノ、ライムの覚悟は確かなものだと思う。だから……」
テラーノは少し俯いたかと思うと、大きく笑い、穏やかな笑みを浮かべた。
「皆まで言わずとも良い。ワシもお主と同じ意見じゃよ。そもそもライムがおらんと、これから前に進めば進むほど、イコナの正体を隠すこともどんどん難しくなるしのう。すまんな、ライムよ。試すような真似をして」
「じっ様……それなら」
「うむ、イコナのことをよろしく頼むぞ。まあいくらシャインマジックスライムになったとは言っても、イコナを守ることはできんじゃろうがな。ハッハッハ……っと忘れとった。レストのこともついでに頼んだぞ」
「って、おい! ついでは酷くないか!?」
「何言うとるんじゃ、たわけが。お主まで守ってもらう立場でどうする?」
「うっ、それはまあ、確かに」
「それに少し悔しいが、お主の存在があの子の支えになっとるのは間違い無いんじゃからな。今後も我が愛娘を頼むぞ、レスト」
「……わかったよ。任せてくれ」
「坊主に遅れを取るわけにはいかへんなぁ。っと、ちょい待ち」
「どうしたんだよ、ライム?」
「今、本体から連絡が来たんや! お嬢が目ぇ覚ましてこっちに向かっとるて!」
「なんじゃと!?」
おいおい、魔力をほぼ使ったんじゃなかったのか? なのにもう動けるってとんでもない回復力だな……いや待てよ、そもそも俺が気絶してからどれくらい経ってるんだ?
「レストさん! 大丈夫ですか!?」
勢い良く開かれた扉の先には、息を荒げたイコナが立っていた。その腕いっぱいに干し肉を携えて。
そんなイコナの姿を見た俺達は全員固まってしまった。
しかし、俺達が固まっていることなど気にせずにイコナは俺の元へと駆け寄ってきた。
「レストさん、私のせいでごめんなさい……コレ、私の部屋に隠してた特上の干し肉です。とっても美味しいので、食べて元気出してください」
「……えっ、あ、ああ、ありがとう」
「? レストさん、何で顔を背けるんですか? それになんだか顔も赤いような……」
「あ、いや、コレは……その……だな」
「……もしかして干し肉はイヤ、でしたか?」
「違う違う! 嬉しい、嬉しいぞ!」
「じゃあ、どうして……?」
おいおい、本気で気付いてないのか……
「ふ……」
「ふ?」
「ふ、服を着ろ! 服をー!」
「ふぇ? ふ、服です……か?」
イコナは自分の体を見下ろして、ようやく自分が産まれた時そのままの姿であることに気づいた。
その顔はみるみるうちに赤く、紅く染まっていき――
「きゃあぁぁぁぁ!!」
甲高い叫びと共に干し肉を放り出し、その場にしゃがみ込んで自分のあられもない姿をなんとか隠そうとした。
「お嬢! どないしたんや!?」
「ガウ!」
イコナの叫びを聞いたヴォルとライム(本体)がイコナの着ていた服、もとい布を持って部屋に辿り着いた時にはもう遅かった。
そこには放心したテラーノと、刺激が強すぎたのか気絶しているライム(分体)そして、干し肉に埋もれたレストの姿があり、二体は困惑したが少なくとも自分達が間に合わなかったということは理解できた。
「間に合わんかったか……」
「わう……」
二体は主人の尊厳を少しでも保とうと考え、しゃがみ込んでプルプル震えている少女に優しく布を被せた。
これは後にレストから『裸干し肉事件』と呼ばれる出来事の一連の流れである。
優しい先生「ちなみにですが人や魔族が大きく魔力を失うといわゆる『酸欠』に近い症状が出ます。どれだけ失っても最後には気絶で済むのですが、もしスライムやゴーレムといった、魔力が物に宿って動き出したタイプの魔物だと、身体を保てなくなりそのまま崩壊、つまり死に至ってしまうのです」




