第四話:赤竜の怒りは業火の如く
「ワシは寛大じゃからな。今すぐに自分が犯した罪を白状して、心から謝罪するならば、丸焼きにするだけで許してやらんこともないぞ?」
やべぇよ……テラーノすっごい怒ってるよ。喧嘩終わらせるどころか、命すら終わらせる気だよ。
ああなったら……もう止まらないだろうな。俺の出る幕も無さそうだ。
……それじゃ大人しくこのまま伏せとこうっと。俺は地面、俺は地面だ。
レストが全力で現実逃避をしている間に、テラーノの口から炎が漏れ出し始めた。その炎は、まるで怒りの感情を具現したかの如く燃え盛っていく。
「お、おじいちゃん……あまり乱暴しないであげてください」
このままではヴォル達が危ないと思ったイコナはテラーノの怒りを鎮めることにした。
テラーノを見上げながら身振り手振りを交えて必死にアピールしていく。
「おお、イコナよ。安心して良いぞ。お前に悲しい思いをさせる輩は、おじいちゃんがぜーんぶ焼き払ってやるからのう」
テラーノは鬼のような形相から、一瞬で朗らかな笑顔へと表情を変え優しい口調でイコナへと話しかけた。
ただ、当のイコナは表情を曇らせ、自分の友達を焼き払われては困ると、内心焦っていた。
「だ、大丈夫です!ヴォルちゃん達はちょっと喧嘩しちゃってただけですから!おじいちゃんのおかげで喧嘩も終わりましたし、もうこれ以上は良いですよ!」
テラーノはその言葉を聞き、ヴォルとライムへ疑いの目を向けた。
二体はビクッと身体を震わせて、テラーノの言葉を待っている。
「……主らに問う。本当に喧嘩はやめたんじゃろうな?」
普段よりも低いその声は、有無を言わせない空気を纏っていた。
(コクコクコク!) (プルプルプルプル!)
ヴォルは首を激しく縦に振り、ライムもまた身体を上下に激しく揺らし、肯定の意を示す。
そもそも二体としては最早、喧嘩どころでは無い。
もともと喧嘩をしていた相手に対する思い……それ以上に自分達へと迫る命の危機をひしひしと感じている。
それもそのはず、なにせ『一歩間違えれば死ぬ……』ヴォル達が今そう感じているように、対峙しただけで死を意識してしまうほどの雰囲気をテラーノは纏っているのだ。
「そうか。ではもう二度と喧嘩をしないと誓えるな?」
その言葉を聞いた二体は全身を小さく震わせながらも、互いの顔を見合わせた。
そうしてほんの僅かな、それこそ一瞬とも言えるほどの間が空いた。
しかし、怒れる赤竜はそれすらも良しとしなかった。
「返事はどうした?」
「は、ハイぃ!!」 「ワオン!!」
ドスのきいた声に対し、二体は全力で応えていた。
一方、自分に降りかかっているわけでもないのにテラーノの声に内心ビクビクしている者がいた。
そう、レストだ。相変わらず地面に突っ伏したまま、冷や汗をダラダラと流していた。
怖えぇぇ!! 初めて会ったあの時よりもさらに怖え!
え、待って、テラーノってあんなに怖かったっけ?俺の知ってるテラーノはちょっと厳しい時もあるけど、だいたい『かわいいのう〜』とか呟きながら、愛娘にデレデレしてるだけなんだけど?
……いや、それだけイコナを溺愛してるからこそ、今ブチギレてるのか……だとしても過剰だと思うけどなぁ。
確かにイコナは悲しそうにしてたけどさ。
……やっぱり、テラーノの怒りが収まるまではこのままでいよう。
下手に動いたら俺にとばっちりが来そうで怖い。
レストがビビりまくっている間にも、テラーノは二体に対してキツい尋問をしていた。
二体はただ頷くことしかできず、最終的にもう二度とイコナを悲しませるような真似はしない、と約束させられるまで尋問は続いた。
「よろしい。もしもこの誓いを破ろうものなら……わかっているじゃろうな?」
「はひぃ!!」 「わふん!!」
精神的に疲れ果てている二体の精一杯の返事を聞いて、テラーノは人の姿へと変身した。
そのまま隣で見守っていたイコナへと、柔らかい笑顔を向ける。
「ということじゃ、良かったのうイコナ。これでヴォルとあのマジックスライムが喧嘩することも無かろうて」
「は、はい。ありがとうございます、おじいちゃん」
満足げなテラーノに対し、イコナは少々引きつった笑顔をしていた。
「さて、これで一つは解決したのう。じゃが……ワシとしてはもう一つの問題も無視できんのよう」
テラーノはポツリと呟きつつイコナを一瞥した後、地面に突っ伏しているレストへと視線を向けた。
その視線はイコナへと向けていたそれとは対照的だった。
「レストぉ?少し聞きたいことがあるんじゃがぁ?」
間延びしながらもどこかトゲのある声に、レストは恐る恐る顔を上げた。
「な、なんでしょうか……?」
くうぅぅ!とばっちりが来ないように伏せてたのにそっちから来るんじゃねえよぉ!
二体が仲直り(強制)して、はい、お終い。で良かったじゃんか! 今更俺に何を聞くってんだ!?
「ここに来た時からずっと気になっておったんじゃが……」
「は、はい?」
「何故、イコナはあんな格好をしておるんじゃ?」
俺から見たテラーノは笑顔だった。ニッコリとしているような、そんな感じ。
ただし、声と目から怒っていることは明らかだ。ヴォル達に対しての怒りを『燃え盛る炎』とするなら、今俺に向けられているのは……『凍てつく冷気』とでも言えばいいか。
「……えっと、その……ですね」
テラーノの言うあんな格好ってのは、間違いなく布一枚巻いただけに見えるあの格好のこと……だよな?
……待てよ、だったら俺は別になにも悪いことしてないしビクビクする必要は無いな。良かった、まだ生きていられそうな気がする。
「あっ、おじいちゃんコレはですね」
おっ、ナイスだイコナ。イコナが説明してくれればテラーノも間違い無くちゃんと聞いてくれるはず。
「……その……えっと、レストさんに、は、裸を見られ
「レスト、貴様ぁぁぁ!!」
「待て、誤解だ!誤解!!」
テラーノの口から炎が漏れ始めてる、このままじゃマズいぞ……
「テラーノ待った! いや待ってくださいお願いします!」
俺は立ち上がり、必死にテラーノを落ち着かせようとした。
と言っても手をバタつかせるくらいしかできてないんだけど。
「辞世の句ぐらいは聞いてやろうぞ」
いや〜もう俺が死ぬこと決定なんですね。短い人生だったなぁ……じゃなくて!
「俺が見たのはイコナの全裸じゃなくて、服がボロボロになってて、そこからチラチラと肌が見える程度だよ!」
「自ら罪を白状するとは潔いのう。それに免じて苦しむのは一瞬だけにしてやろうではないか」
うおぉぉ! やっちまったぁ!! なんで自分から墓穴掘ってんだ俺はぁ!!
「いや違う! あー違わないけど、違うんだテラーノ!」
「覚悟は良いのう?」
あー! 笑顔で怒ってる! すっごくいい笑顔で怒ってる!!
「イコナぁ! ちゃんと説明してやってくれー!」
俺は死に物狂いでイコナへと呼びかけた。その間もテラーノは目が笑ってない笑顔のまま、ゆっくりと俺に歩み寄って来ている。怖い。
「あっ、わかりました! えっと、おじいちゃん!」
「止めてくれるな、イコナよ。ワシはコヤツをこのままにしておけんのじゃ」
「違うんです! レストさんに裸を見られたのは事故なんです!」
だから裸じゃ無かっただろ!? ほとんど裸みたいなもんだったけど、そこ大事だぞ!?
「アレはその、服を(ライムちゃんに)ボロボロにされちゃって……」
「なんじゃと!? 服を(レストに)ボロボロにされたのか!?」
「ただ、それも結果的にそうなっちゃっただけでワザとじゃないんですよ」
「待つんじゃイコナ! 結果的に服がボロボロになるって、それこそ何があったんじゃ!?」
「ふぇ? えっと……魔力を渡してあげようとして、そのためには(ライムちゃんが)私に纏わりつかないとダメだったんです」
「ま、纏わりついたじゃと!?」
「ハイ。それで、私の服の上から纏わりつくことになっちゃって、そのまま服ごといっちゃったんです。それで服がボロボロになっちゃって……」
「そうか、よしわかった。イコナ、後はおじいちゃんに任せなさい」
「……ハイ?」
そのままテラーノは俺の目の前に立ち、俺を見下ろしていた。その目からは言葉にできないほどの威圧感というか、殺意というか、とにかく……俺、終わったな。
「レスト、ワシはお前のことをしんじていたんじゃがな……残念じゃよ」
「最後に一つだけ言わせてくれ、酷い勘違いが起こってる」
「問答無用じゃ!!」
瞬間、俺の視界は紅蓮の炎に包まれた。
「あっつぁぁぁぁ!!」
俺は火達磨になって地面をのたうち回る。どうやら指輪の防御は熱には弱いらしい。
「ああ!レストさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃねぇぇ!!」
「安心せい、お主の指輪が炎そのものは防いでくれるわい。ただ熱や冷気はそのまま通すからのう。よく覚えておくのじゃぞ」
「わー! 早く、早く消火しないと! ど、どうすれば……そう言えば、土をかけたら消火できましたよね!?」
イコナは近くの地面を掘り返し、レストへと土をかけ始めた。
そのままレストが生き埋めになるまで。
「ふ〜これで消火完了、ですね!」
な〜にが消火完了ですね、だよ。
……まあいいや、ここまで来ればさすがにテラーノの怒りもおさまっただろ。
後は俺が脱出できれば全て解決……だよな?
レストは土の中で一通りの問題が解決したことに安心しながらも、自分が本当に土になってしまいそうなこの状況に落胆するのだった……




