第二十六話:少年と不思議な夢
そこは薄暗い地下室のような場所だった。
辛うじて部屋全体が見渡せる程度の灯りの下に様々な実験器具とも、手術用の器具とも見て取れるような多くの物が所狭しと置かれていた。
『ようやくーーようやくだ。待ちに待ったこの瞬間が遂に、遂に訪れた!』
薄暗い部屋に初老の男性のような声が響き渡った。
声の主の顔はモヤのようなものがかかり見えないが、その視線が向いていると思しき方向には拷問に使うような二つの台があった。
『んー! んんー!』
『うるさいぞ。いや待て、そうか喜んでいるんだな? ああそうだな。君は我らに長く仕えてくれていた、正に忠義の塊のような男だった。だから我々の役に立てることが嬉しいんだろう? なら少しくらい騒ぐのも許そうではないか』
二つの台のうちの一つ、そこには猿ぐつわと目隠しをされ、手足も台に括り付けられ身動き一つ取れない様子の男性がいた。
その男性はもがいてどうにか脱出しようとしていたが、手足を台に繋ぐ器具は微塵も解ける様子が無い。
『なあ、我が息子よ。彼が騒がしいのはお前も許してくれるな? 彼はとてもとても嬉しいようだから』
初老の男性が向いた方向、そこにあるもう一つの台にはまるで死んでいるかのような子供が仰向けに寝ていた。見たところまだ十歳にも満たないほどの子どもだ。
しかしその顔には白い布が被せられていたため、様子を伺うことはできなかった。
『ふふふっ、思えば長いようで短かった気もする。運命を狂わされたあの日から、どれだけの月日が経ったかなど当に忘れたが、あの日の絶望は今でも鮮明に思い出せる!』
初老の男性は狂気すら感じる笑顔を浮かべたと思えば、怒りと悲しみを混ぜ合わせたような複雑な表情を浮かべながら一人語り続ける。
『忌々しきアイツらの力までも使わねばならないと知った時には筆舌に尽くす思いだったが、今思えばアイツらにとっては皮肉な話だな。なにせ同族の力で自分達に報復されるようなものなのだから!』
初老の男性は刃に小さな魔法陣の描かれたナイフを手に取り、台に括り付けられた男性へと近づいていく。
『君はそのための手助けができるのだ……これほど光栄な事は無いだろう?』
耳元で囁かれた台の上の男性は身震いし、より一層力を込めてもがいた。
『んんん! んー!!』
『落ち着きたまえ。嬉しいのはわかる、ああわかるとも……だが慌ててはいけない。間も無く、もう間も無く必要な魔力が集まる。その時に我が息子は産まれ直すのだ! 残念ながらその世紀の瞬間に君はもういないだろうが』
初老の男性は子どもと台の上の男性を一瞥し、高らかに宣言した。
『さあ時は満ちた! 今ここに我が息子をもう一度!』
瞬間、部屋の床一面に巨大な魔法陣が現れ部屋全体を眩く照らす光を放ち始める。
『んんんん!! んん!!』
『光栄に思いたまえ、偉大なる瞬間に立ち会えたこと、そして我らの役に立てることを』
初老の男性はナイフを大きく振りかぶり、台の上の男性に向けて振り下ろした。
♢♢♢
「……と……ん……」
声が聞こえる……?
「……トさ……レス……ん!」
誰だ? 何を……言っている?
「……トさん! レストさん!」
「はっ!?」
「あっ! 良かった〜やっと目を覚ましてくれましたんですね。もう、心配したんですよ」
俺はベッドから飛び起きていた。そして目に入ったのは、安心したのか胸を撫で下ろすイコナの姿だった。
「イコナ……? どうしたんだ?」
ダメだ。なんだか頭にモヤがかかってるみたいな、意識がハッキリしてないような。
「『どうしたんだ?』じゃないですよ。ついさっき気がついて、祠の中で魔法の練習してたはずなのに、いつの間にかロンさんのお城の部屋で横になってて、それでとりあえずお腹空いたな〜って思って食べ物を探しに行こうとしたら、レストさんが眠ったまま、ウンウン唸ってたんです」
「待ってくれ。そんなに一度に言われたら頭が追いつかない」
思い出せ……えっと、そうだ。部屋に戻った後、イコナに薬草を塗って、それから……ダメだ。良く思い出せない。確かそのまま俺も横になって、寝たような気がする。
「えっと……簡単に言うと、気付いたらレストさんがうなされてたから私が起こしたんです!」
「本当に簡単だな……」
イコナはドヤ顔で少し上体を逸らしていた。褒めて欲しそうにも見える。
にしてもうなされてたってことは、さっきのは夢……だったのか? 聖竜石の時といい、なんか変なことが起こりまくってるな。
でも一体なんだったんだよ、あの夢は。いやに現実味を帯びてハッキリしてるような、それでいて所々ボヤけて本当に夢のような……夢の中のあの声もなんだか聞き覚えがあった気が……そんな気がするだけか?
「レストさん?」
「ん? ああ悪い。ちょっと変な夢を見ちゃってな」
「あ〜わかります。なにこれーってなる夢ですよね。小さい頃、私も変な夢を見て怖くて起きたことがあるんです。その時はおじいちゃんが優しく撫でてくれてーーそうだ! レストさん、横になってください」
「なんだよ急に」
「良いから良いから! 普段助けてもらってるんですし、少しでもお礼がしたいので!」
なんか楽しそうにしてるな。まあここは従っておくか。
俺はそのままベッドに横になった。
「これでいいか?」
「ハイ、バッチリです! ではちょっと失礼しますね」
そう言うとイコナは腰を落とし、俺の顔の横にちょうどイコナの顔が来るくらいの姿勢になった。
そのまま俺の頭に手を添え、優しく撫で始めた。
「なっ! おい、イコナ」
「えへへ〜どうです? 気持ちいいでしょう? こんな感じでおじいちゃんに撫でてもらってたら、いつの間にかぐっすり寝ちゃってたんですよ。だからレストさんも」
少し恥ずかしいけど、なんだか安心するような。
確かにこれならゆっくり、寝られ……そう……だ……。
「……す〜、す〜」
「……あっ、もう寝ちゃったんですね。ちょっと残念ですが……でもレストさんの可愛らしい寝顔が見れたので良しとしましょうか」
少しの間、レストの寝顔を見つめイコナもまた自分のベッドへと戻った。
その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「なんだかお腹空いてたのが嘘みたいな感じですし、私も寝ましょうか。おやすみなさいレストさん、いつも……ありがとうございます」
そっと呟いたその声は夜の静けさに溶け込んでいき、夜は更けていくのだった。




