第二十二話:竜少女の祈りの行方
「さあこれがお前達が求めていた物だ」
竜を象った豪華な台座、そこに置かれた光を放つ魔石をロンは指し示していた。
「……綺麗、ですね」
「……そう、だな」
俺達はロンの案内の元、祠の中に入っていた。
見た目からしてそんなに広くは無いだろうとは思ってたけど、入り口の扉から入ってすぐにソレは俺達の目に止まった。そして同時にその場で立ち止まってしまったんだ。その間にロンは台座へと近づき指し示したのがついさっきのことなのに、何分も経ったようにすら感じる。
俺達が求めてきた物がそこにあるから……今まで見たことないほど綺麗だったから……思っていたよりもかなり小さくて拍子抜けしたから……多くを語ろうにも語れないほどの存在感故にこんな感覚に陥っているのは間違いない気がする。
「怯むのも無理はない……この魔石には我の魔力を何百年と注ぎ込んできたからな。我が今この身に宿している魔力よりも遥かに多く、それでいて濃縮された魔力を秘めている……それがこの聖竜石だ」
「……よくわからないですけど、とりあえず凄いんですね!」
いや、そこはわかってやれよ。ロンが誇らしげに説明してくれたのに、なんかかわいそうだろ。
「……うむ。要するに普通ではありえないほどの魔力が込められた魔石、という解釈をしてくれていれば良い」
「なるほど!」
すまない、ロン。イコナも悪気は無いんだ。ただちょっと、ほんのちょーっと頭が弱いだけなんだ。少しでも話が長くなると途中から理解することを止める程度にな。
「さて、ここまで待たせたのだ。前置きはこの程度にして……イコナよ、目的を果たす時だ」
「は、はい!」
おっと、珍しく緊張してるのか声が上ずってるぞ。イコナにとってはただお祈りするだけだってのに。
……まあ本来の目的を知ってる俺も緊張、というか不安はあるんだけども。
イコナは体を強張らせながら竜を象った豪華な装飾の台座へと向かう。
台座に安置されている聖竜石へと真っ直ぐな視線を向けながら――そしていざ目の前に立った時、台座の横にいたロンが注意するようにイコナへと語りかけた。
「聖竜石へ捧げる祈りとは、お前達が思っているであろうソレとは違う形式で捧げることになる。とは言っても難しいものではないぞ。掌を聖竜石へと触れさせ、静かに黙祷を捧げる――それだけだ」
なんか不思議なお祈りの仕方だな。こういうのってほとんどはその前に立つなり、座るなりして触れることなく静かに黙祷するような感じだと思うんだけど。
「わかりました。では……始めさせてもらいます」
「うむ。我らは外で待っているからな。すぐに出られるようにはしておくから、終わったら外へ出てくるといい」
イコナはゆっくりと聖竜石へ掌を添えていく。完全に掌が触れると少しだけ俯き、静かに黙祷を捧げ始めた。
その間にロンと俺はそっと祠の外へと出る。そしてロンは入り口の扉を閉じ、小さな声で話し始めた。
「レストよ、もし本来の目的が達成されずにただ祈りを捧げただけになったら……その時はどうするか考えているのか?」
本来の目的……イコナが聖竜石に貯めてある竜王の魔力を分けてもらうことで、竜族としての魔力を体内に取り入れる。そうすることで魔族としての魔法を使えるようになる……かもしれない。
もしもそれが失敗した時……か。
「その前にイコナはただ祈りを捧げてるだけなのに、魔力を受け取ることなんてできるのか?」
「そこは心配せんでもよい。イコナは言い方を変えれば竜族としての魔力が不足しているとも言える、そんな状態なのだ。そして聖竜石に宿る魔力もまた我の……つまり竜族のソレだ。種族こそ違えど本質は似ているから、触れているだけでも足りない魔力を補おうと体が勝手に魔石の魔力を吸収するはず……無意識故に量は多くないだろうがな」
「そっか。元々多くはもらえないから量の多さはそれでいいだろうし、そういうことなら安心したよ」
「うむ。先に言っておくが、もしもイコナが竜族としての魔力を手に入れることに成功した場合、大気中の魔力を吸収した際に竜族としての魔力が自然と練られるようになるだろう」
「それってつまり、イコナの魔力が人のものから竜族のものに近づくってことか?」
「そうだ。だが、本質が似ているとはいえ地竜である我の魔力だけではイコナ本来の光竜としての魔力は手に入らない。要するに魔法が使えるようになっても最小限のものだけになってしまう」
「それでもイコナは喜ぶさ。きっと」
大はしゃぎで魔法を連発する姿が目に浮かぶぜ。とばっちりで俺に飛んでくる光景もな。
「そうだな、喜ぶだろう。だがもしも光竜が本来持っている魔力により一層近づこうとするなら、他の竜王達の魔力も分け与えてもらうべきだ。無論、聖竜石に貯蓄している凝縮された魔力をな」
似ているけど違うものだからこそ、より強力な魔力をもらうことで質を高めてどうにかしろってことかな。
光竜王とかいればいいけど……テラーノに聞いた話によると光竜は聖魔大戦が始まる前に誰も知らない秘境に隠れ里を作って世の中とは関わらないように暮らしてるらしいし……そりゃ光竜は希少な存在って言われるよな。そんな様子じゃ、もしも聖竜石みたいなのに魔力を貯め込んでたとしても分けてくれるとは思えないし。
「そういえば、聖竜石に魔力を貯めてる理由ってなんなんだ?テラーノは詳しく教えてくれなくってさ」
ロンは少し渋い顔をしていた。
「……そうだな。この際だ、お前には伝えておくとしよう」
「その様子からしてかなり重要なことなんだな……良いのか? 俺に教えても」
そんなに教えるのをためらう程なら、知らないほうがいい気がしてきたんだが?
「うむ、其方は信用できるからな。では、まず……過去の聖魔大戦における聖竜様の存在、それが我々魔族にとってどれほど大きかったか、なんとなくでも理解しているな?」
「そりゃあまあ……な?たくさんの傷ついた魔族が聖竜に助けられて、なんなら命の危機から救ってもらった魔族も多いって聞いたし」
そのうえバラバラだった魔族をまとめ上げて、人と魔族の長い長い戦争の歴史に区切りをつけた立役者なんだ。人が賢者様を神様みたいに崇めてるように、魔族にとっての聖竜もまた何者も届かない天上の存在……みたいな感じだと俺は思ってる。
「そうだ。聖竜様は我々魔族全員を救ってくださったと言っても過言ではない。聖魔大戦が終結し新しい国を興したあの日以来、我ら五大竜王は魔族のために使ってくださった聖竜様の魔力を、聖竜様がまたその御姿をお見せになられたその時に少しでも多く返すことで改めて忠誠の意を示す……そして聖竜様への感謝を忘れぬためにずっと聖竜石へ魔力を貯めているのだ」
「そうか……そんな理由があったのか」
「ああ。それに五大竜王は代替わりした者もいるが、初代は全員が何かしらの大恩を聖竜様から受けている。それ故に聖竜様への思いを込めたあの魔石はとても大切な物なのだ」
そう言うロンは昔を懐かしむように天を見上げていた。
そう言えばロンは聖竜に命を救ってもらってるんだもんな。だったらその聖竜へ本来捧げるはずだった大事な魔力をイコナに少しでも渡すってのは……思うところもあるんだろうな。
でもそう考えるとロンは本当に優しい。というか他の竜王にもお願いしに行くってなったら、話すら聞いてもらえないかもしれないのでは? どうすんだコレ……せっかく辿り着いても門前払いとか普通にありえそうだぞ。
「さて、お前の質問には答えたぞ。そろそろ我のーー」
「レストさーん! なんだか……なんだか、いけそうな気がします!!」
ロンの言葉を遮るように祠の扉を勢いよく開けてイコナが飛び出して来た。よほどテンションが高まっているのか残像が見えるほど勢いよく尻尾が振られている。
「いけそうって、何がだ?」
「魔法ですよ! ま・ほ・う!! 聖竜石に魔法が使えますように〜ってお祈りしてたらなんか……こう、体にみなぎってくるような感覚がして、これは間違いないですよ!」
「わかった、わかったからまず落ち着けって」
そんなに尻尾振ってたら千切れるんじゃないか? それと相変わらず顔が近い。鼻息かかりまくってるんですけど。
「落ち着けるわけないじゃないですか! だって待ちに待った魔法が使えるんですよ!?」
「おう、そうだな」
「なんでそんなに反応薄いんですかぁ!レストさんは喜んでくれないんですか!? ここまで頑張ってきたのに!」
「そりゃお前、使えそうってだけでそんなに喜んでたら、もしダメだった時すっごい落ち込むだろ?」
ついでに言うと、イコナのテンションが今までに見た中でも最高級に高まり過ぎててちょっと引いてるからっていうのもある。
「それでだな、一度後ろ見てみようかイコナさん?」
「後ろですか? 一体何があるって……ロンさん? 何をしてるんですか?」
「誰かさんが勢いよく扉を開けたせいで少し吹き飛ばされてしまってな」
イコナが振り向いた先には地面に横になってるロンの姿があった。
「え……? あっ、えっと〜もしかして私が扉をバーンって開けちゃったせい……ですか?」
「「その通り」」
「ご、ごめんなさ〜〜い!!」
ロンには悪いが片開きの扉で良かった。危うく俺まで飛ばされるところだったからな。
一度落ち着いたらイコナが魔法を本当に使えるようになったのか試してもらおう。
その結果次第ではイコナと一緒に目一杯喜ぼうじゃないか。




