第十七話:地竜王の試練
「ほう、良き咆哮だ……さあ、先手は譲ろう。どこからでも来るがいい」
「……いきます!」
イコナは飛翔し、ロンの腹を勢いそのままに殴りつけた。そしてーー
「痛ったああぁい!!?」
殴打の衝撃音を掻き消すほどのイコナの悲痛な叫び。
「か、硬すぎます……レストさんと同じくらい……いえ、もしかしたらそれ以上……?」
イコナは空中に留まり、殴り付けた拳を見つめていた。反動のダメージがよほど大きかったらしい。
「我の防御を侮ってもらっては困る。ダンジョンのゴーレムのように、容易く突破はできぬと思え」
「っ! イコナ、避けろ!」
ロンは空中に留まるイコナに対し、身体を大きく捻り太い尻尾をしならせ、イコナの横から叩きつけようとしていた。
「……えっ? っきゃあ!!」
「イコナっ!!」
自分の拳のダメージに気を取られていたイコナは、ロンの尻尾に気づくのが遅れ、いとも容易く吹き飛ばされてしまった。
そのまま見えない壁に叩きつけられ、力なく地面に堕ちていく……。
「……うっ、うう」
「どうした? まさかもう終わりだとは言うまい?」
……ダメだ。力の差があるとは思ってたけど、余りにも差がありすぎる。このままじゃイコナは何も出来ずにやられちまうんじゃ……クソっ!
「……ま、まだ……ですよ。たった一撃受けただけです。この程度で終わるほど……いえ、例えどんなに辛くても、終わるわけにはいかないんです!」
イコナは少しふらつきながらも二本の脚で立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて見せた。
「私を……侮ってもらっては、困りますね……ロンさん?」
「……ククッ、そうだな。正直、心のどこかでまだひ弱な仔竜だと思っていたが、どうやら間違っていたようだ。謝罪させてもらう」
イコナの笑みに対し、ロンは好敵手を見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「其方は誇り高き竜……だが、ここまでだ」
ロンはその場でゆっくりと右腕を上げ掌をイコナへと向けた。
そこに岩石が形成されていく。
「……クッ、うう、動いて……私の身体」
イコナは先ほど叩きつけられた影響がまだ残っているらしく、飛び立とうにも上手くいかない。
「……終わりだ」
ロンの手から、イコナへと岩石が放たれようとした、その瞬間
「ファイアーボール!!」
「っ……ほう?」」
ロンの顔へ小さな火の玉がぶつかる。ロンは岩石を放つのを止め、火の玉が飛んできた方へ注意を向けた。
そこには全身を微かに震わす小さな人の姿があった。
「我が本来の姿を見て怖気付いたか、レストよ?」
「……正直言うと、そうだな。実はイコナが吹っ飛ばされたあたりから、震えが止まんねぇんだ。でもな……」
その声もまた震えていた。だがレストは震える拳を握りしめ、一度歯を食いしばり、強く宣言した。
「さっきのイコナを見てたら……俺がビビってるわけにはいかない、そう思わされたんだよ!!」
レストは小さな火の玉をいくつも生み出しロンの顔へ向けて放ち続ける。
しかしロンはそれらを一切気に留めず、ただレストを見つめていた。
「……其方も良い眼をしているな。その表情から確かな覚悟が見て取れる」
ロンは一瞬だけ満足気な表情を浮かべた後、険しい目でレストを睨みつけた。
「だがそれ故に、力を供わぬ覚悟はただの無謀となりかねないことを……その若き身に教えようぞ」
「っ! マズい!」
ロンが掌を地につけた瞬間、レストは咄嗟に回避行動を取った。
僅かに遅れてレストがいた場所に、まるで剣のような形をした細い岩が飛び出した。
「……我の動きを見て、瞬時に避ける判断をするとは、その勘は称賛に値する。だが……そう何度も避けることができるか?」
いくつもの岩の剣がレストを襲う。辛うじてレストは避けていたがーー
「うっ……ぐあっ!?」
絶え間なく襲い来る岩の剣に、ついには突き上げられ宙に舞う。
そのまま地面に背中から落ちたレストは、ダメージこそ受けていないが、攻撃を避け続けた代償に息を荒げていた。
「レストさん!!」
打ち上げられたレストを見たイコナは、ロンへと飛びかかっていった。
「……甘いぞ」
「ぐっ、うう……」
ロンはその巨体に見合わず瞬時にイコナへと振り返ると、その両手を掴んだ。
組み合ったその手に互いに力を込めていく。
しかしその大きさも、込められた力も、ロンのほうが圧倒的に上だった。
「ううぅ……!」
イコナの手がミシミシと小さな音を立て、その顔は苦痛に歪んでいく。
「……ぬうん!!」
「きゃああぁ!!」
イコナはレストの方へ勢いよく投げられた。そしてまたしても見えない壁に叩きつけられ、ロンが生み出した岩の剣の上に堕ちていく。
岩の剣はイコナの体に潰され、小さな破片となって周囲に散らばった。
「……これで、我とお前達の力の差は理解したはず、時には一度退くのも賢い選択となるものだぞ?」
ロンは二人に諭すように語りかけた。
「……まだです! 私はまだ戦えます! このまま退きさがりたくは……ないんです!!」
イコナは立ち上がり、ロンへと強い眼差しを向けていた。
「……その心意気は買おう。だがイコナよ、忘れてはいけぬぞ。其方は一人で戦っているわけではない、ということをな」
「え? あっ……レスト、さん」
イコナは自分の横で寝そべったまま、息を整えようとするレストへと目を向け……呆気にとられていた。
「そうだ。其方にとっては大切な友であろう? ならばその友の事を考え、思いやるのも……また重要ではないか?」
「……そうですね。元々この旅は私のために、レストさんがついて来てくれた旅。なのに、これ以上は……」
イコナは俯き、悔しそうに肩を震わせていた。
「……なに、腑抜けたこと言ってんだよ……イコナ」
「レストさん……でも」
レストもまた立ち上がり、イコナへと語りかける。
「お前が考え無しに動くなんていつものことだろ? そんなのわかり切ったうえで俺はこの旅について来たんだ」
「……」
イコナは何か言いたげに、それでもただ黙ってレストの言葉に耳を傾けていた。
「お前が後先考えずに動くから、俺はそれを諫めて……そしてどうすれば良いかを考えて、最後には二人でこの旅を成功させる。そのために俺はここにいるんだ」
「……レストさん」
「だからお前は自分のしたいようにすれば良い。めんどくさいけど、後始末は俺がしてやるからさ」
「……わかりました。じゃあレストさん、私はまだロンさんと戦って、この試練を……乗り越えたいです!」
「わかった……ただし真正面から挑んだんじゃ勝ち目は無さそうだ。でもな、俺達はあくまでもロンに手痛い一撃を喰らわせれば良いんだ。たった一発で良い……ならどうすれば良いか、わかるか?」
「……ごめんなさい、わからないです」
イコナは申し訳なさそうに答えた。それに対しレストは淡々と話を続ける。
「だと思ったよ……でもな簡単な話だ。ゴーレムの時と同じように、弱点を狙えば良いのさ」
「……なるほど、さすがレストさんです!」
レストはイコナのキラキラと輝かんばかりの羨望の眼差しに、こそばゆいような、少し呆れたような思いで肩を竦めた。
「どうやら、其方達の意思は固まったようだな。ならば続きといこうか」
「ハイ、もう負ける気がしません! 覚悟してください、ロンさん!」
……威勢だけは良いよな、ホント。でもそのほうがイコナらしくて良いか。
さて、ここからだ。絶対に試練を突破してやる!




